マエストロ・ダイスギです(^^).
最近忙しいダイスギですが音楽だけは
きっちりと時間を割いています。
主には作曲とアレンジですが本当に楽しい時間です。
≪最新の話題≫
本通りネットメンバーのライブ告知や
その他有意義と思われる催し物をご紹介します。
5月21日(土)こちら鳳本通り商店街で行ないましたが
第1回おおとり、福・福寄席に関するお話を
6回シリーズで書いていますが本日は
桂福団治師匠について書かせていただくことにします。
ダイスギは大の落語ファン。
今回のことで福団治師匠と
これほどまでにお近づきいただく関係にならせていただいたとは
何とまあこれこそがダイスギの役得ということですなあ。
ということで本日はこの福団治師匠につきまして
僭越ながらも少し書かせていただきます、
以下は師匠と何と、3度もごいっしょにお酒をいただきながら
直接お聴きしたお話と、ウイキペディアから引用しますが
こんなお話が書けること事態が、もうダイスギは幸せですなあ。
今の福団治(ふくだんじ)師匠は4代目です。
この名は実は東西の落語会でも実に大きな名前の一つです。
桂福團治(かつらふくだんじ)さんは
1940年10月26日生まれ。
本名は: 黒川亮さんとおっしゃいます。
なんだか売れない歌手みたいなお名前ですな(失礼)。
三重県四日市市ご出身で、所属芸能事務所は
松竹芸能です。
また師匠は関西演芸協会会長としてもご活躍。
上方落語協会理事。
ライフワークでもある日本手話落語会会長もされています。
妻は声帯模写で吉本興業所属の
翠みち代さんです。
美空ひばりの物まねをされていますね。
師匠は結構、人情話がお得意というのが
やはりウイキペディアにも書かれています。
第1回目の福・福寄席でも親子の情愛をしみじみとした
薮入りというすばらしい人情話をご披露いただきました。
上方落語でも独演会などぐらいしかめったに聴けないのではと思います。
子どもを持つ親ならもういけません。
不覚にもダイスギは涙を・・
1975年に師匠は
あの映画『鬼の詩(おにのうた)』で主演されます。
以降、手話落語に取り組むとウイキにもあります。
手話落語を考案されるのが何とこの映画がきっかけだったとおっしゃいます。
撮影中師匠は声をやられます。
話家にとりまして声は命。
半年間その声が出なかったとのことですが
このときに師匠は手話と出会います。
そして耳のご不自由な皆さんのために
この手話落語を考えたとおっしゃいます。
芸にも陰陽がありますが師匠の芸は
ダイスギはどちらかというと陰の芸ではないかと思っています。
師匠、偉そうなことを言いましてすんません。
ただただ笑わせる芸。
落語が、それだけの浅い芸ならダイスギは
落語ファンにはなっていなかったと思います。
次回のおおとり、福・福寄席は8月20日(土)です。
前回チケットを手に入れることができなかった皆さん。
もうお多福寿司では仮予約が入っているとか。
お電話でお申し込みいただいておいたほうがよろしいかも?
≪編集後記≫
徒然草という古い書物を通して
現代人の私たちの生き方を考えています。
出典は 徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋先生訳)を
引用させていただきますが第6段です。
偉い人は家族を持たないほうがよろしいという彼の持論の続きです-
「前の天皇の息子や政府長官、花園の長官は
自分の一族が滅びてしまうことを望んでいた。
染殿の長官にいたっては「子孫などはない方がよい。
後々の子孫がグレて不良や暴走族になったら困るではないか」と
言っていたと、世継ぎ物語の『大鏡』に書いてあった。」
ダイスギ
最近忙しいダイスギですが音楽だけは
きっちりと時間を割いています。
主には作曲とアレンジですが本当に楽しい時間です。
≪最新の話題≫
本通りネットメンバーのライブ告知や
その他有意義と思われる催し物をご紹介します。
5月21日(土)こちら鳳本通り商店街で行ないましたが
第1回おおとり、福・福寄席に関するお話を
6回シリーズで書いていますが本日は
桂福団治師匠について書かせていただくことにします。
ダイスギは大の落語ファン。
今回のことで福団治師匠と
これほどまでにお近づきいただく関係にならせていただいたとは
何とまあこれこそがダイスギの役得ということですなあ。
ということで本日はこの福団治師匠につきまして
僭越ながらも少し書かせていただきます、
以下は師匠と何と、3度もごいっしょにお酒をいただきながら
直接お聴きしたお話と、ウイキペディアから引用しますが
こんなお話が書けること事態が、もうダイスギは幸せですなあ。
今の福団治(ふくだんじ)師匠は4代目です。
この名は実は東西の落語会でも実に大きな名前の一つです。
桂福團治(かつらふくだんじ)さんは
1940年10月26日生まれ。
本名は: 黒川亮さんとおっしゃいます。
なんだか売れない歌手みたいなお名前ですな(失礼)。
三重県四日市市ご出身で、所属芸能事務所は
松竹芸能です。
また師匠は関西演芸協会会長としてもご活躍。
上方落語協会理事。
ライフワークでもある日本手話落語会会長もされています。
妻は声帯模写で吉本興業所属の
翠みち代さんです。
美空ひばりの物まねをされていますね。
師匠は結構、人情話がお得意というのが
やはりウイキペディアにも書かれています。
第1回目の福・福寄席でも親子の情愛をしみじみとした
薮入りというすばらしい人情話をご披露いただきました。
上方落語でも独演会などぐらいしかめったに聴けないのではと思います。
子どもを持つ親ならもういけません。
不覚にもダイスギは涙を・・
1975年に師匠は
あの映画『鬼の詩(おにのうた)』で主演されます。
以降、手話落語に取り組むとウイキにもあります。
手話落語を考案されるのが何とこの映画がきっかけだったとおっしゃいます。
撮影中師匠は声をやられます。
話家にとりまして声は命。
半年間その声が出なかったとのことですが
このときに師匠は手話と出会います。
そして耳のご不自由な皆さんのために
この手話落語を考えたとおっしゃいます。
芸にも陰陽がありますが師匠の芸は
ダイスギはどちらかというと陰の芸ではないかと思っています。
師匠、偉そうなことを言いましてすんません。
ただただ笑わせる芸。
落語が、それだけの浅い芸ならダイスギは
落語ファンにはなっていなかったと思います。
次回のおおとり、福・福寄席は8月20日(土)です。
前回チケットを手に入れることができなかった皆さん。
もうお多福寿司では仮予約が入っているとか。
お電話でお申し込みいただいておいたほうがよろしいかも?
≪編集後記≫
徒然草という古い書物を通して
現代人の私たちの生き方を考えています。
出典は 徒然草 (吉田兼好著・吾妻利秋先生訳)を
引用させていただきますが第6段です。
偉い人は家族を持たないほうがよろしいという彼の持論の続きです-
「前の天皇の息子や政府長官、花園の長官は
自分の一族が滅びてしまうことを望んでいた。
染殿の長官にいたっては「子孫などはない方がよい。
後々の子孫がグレて不良や暴走族になったら困るではないか」と
言っていたと、世継ぎ物語の『大鏡』に書いてあった。」
ダイスギ