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「日本プロ野球史上最強最高投手」鉄腕・稲尾和久氏を悼む

2007年11月13日 | Baseball/MLB

(Inao“Tetsuwan”Kazuhisa 1937~2007)



 稲尾和久さんに電話取材ではあったが、お話を伺うことができたのは、2001年の秋、ちょうど日本シリーズやワールドシリーズが終わった直後のことだったと思う。ベースボール・マガジン社からの原稿依頼で、稲尾さんのライバルだった杉浦忠投手についてのエピソードをお聞きするためだった。

 

 稲尾さんの話は杉浦投手のことだけにとどまらず、松坂大輔らプロ野球の現役主力投手、さらにはその年のワールドシリーズを制した、アリゾナ・ダイヤモンドバックスの両輪、ランディー・ジョンソンカート・シリングのことにまで及んだ。 私は、特にシリーズ第7戦で、前日先発して勝利投手になったあと、メジャーリーグでも日本のプロ野球でも最近はまずお目にかかれない連投でリリーフ登板し、MVPに選ばれたジョンソンの投球ぶりを見て感じた思いを、そのまま稲尾さんにぶつけてみた。
「私は真のエースというのは、単に勝ち星を挙げるだけでなく、強いチームにあっては真の『求心力』となる存在であると確信しました」


 

 稲尾さんがエースとして君臨した1950年代の西鉄ライオンズは、三原脩監督のもと、大下弘中西太豊田泰光仰木彬といった名選手を投打にずらりと揃えて日本シリーズ3連覇を達成するなど、日本プロ野球史上最強チームのひとつに数えられている。しかしその一方で、あまりにも選手の個性が強すぎるために、常に空中分解の危険もはらんでいた。それをまとめる「求心力」としての役割を果たしていたのが、「遠心力野球」をモットーに掲げて超個性派軍団の力を最大限に引き出した三原監督の選手育成・采配能力と、高卒1年目からエースとして大車輪の活躍を演じた稲尾さんの存在だった。そして私の目には、スケールは4連投4連勝でライオンズに逆転日本一をもたらした「神様・仏様・稲尾様」に比べれば小さいものの、ジョンソンの姿が、リアルタイムでは見ることのなかった鉄腕・稲尾投手にオーバーラップしていたのである。


 稲尾さんはそれに対し、わが意を得たりといった口調で、こう語ってくれた。
「時代の違いはあると思うけど、でも中6日も登板感覚を与えられていながら、10勝、15勝といった勝ち星で、しかも下手すりゃ同じ数だけ負けているのに、一流、エース扱いされている昨今の投手にはやはり違和感がある。私に言わせればああいうのは『エース』じゃなくて、ただの『主戦投手』に過ぎないんです」


 そのとき、稲尾さんはハッキリと名指ししたわけではなかったが、厳しい言葉の矛先は、おそらくこのシーズン、デビュー以来3年連続の最多勝となる15勝を挙げて沢村賞を受賞しながら、負けも同数の15敗で、被本塁打も27とリーグ最多だった松坂大輔に向けられていたと思う。個人成績もさることながら、松坂の所属する西武ライオンズは3年連続でリーグ優勝を逃しており、そのことも含めて、沢村賞の選考委員でもあった稲尾さんは、その実力を認めているからこそ、あえて厳しい評価を口にしたのだろう。ちなみに、当時の東尾修監督は西鉄ライオンズでの現役時代、稲尾監督の薫陶を受けており、言ってみれば松坂は「孫弟子」に当たる存在でもあった。

 

 殿堂入り野球人の豊田泰光さんは、西鉄ライオンズ時代に稲尾投手、国鉄スワローズ時代には金田正一投手とプレーした経験を持つが、二人の大投手について比較論をお聞きしたところ、「チームの勝利のために投げ続けた男と、自分の記録のためにのみマウンドに立っていた男、その違いだね」と豊田さんらしい一刀両断振りで評していた。のちに金田投手がB級14年選手の権利を行使して読売ジャイアンツに移籍したのも、決して口に出すことはないが、稲尾さんへのコンプレックスが背景としてあったのではないだろうか。

 

 稲尾さんの現役時代の姿をもっともリアルに伝えてくれるのは、ご自身が主演された東宝映画『鉄腕投手・稲尾物語』だろう。モノクロではあるが、1958年の日本シリーズのニュース映像がワイド画面で盛り込まれ(しかも実況・解説は志村正順、小西得郎の殿堂入りコンビ)、稲尾投手のほか、三原監督、中西、豊田など当時の現役選手が総出演し、稲尾投手の両親に志村喬、浪花千栄子が扮し、監督が本多猪四郎、脚本原案(構成)が菊島隆三、音楽が古関裕而というものすごい豪華な顔ぶれである。そのなかで島原キャンプでの稲尾さんの投球練習のシーンがあるのだが、ネット裏からのカメラアングルで、青田昇さんをして「本当のスライダーを投げたのは、(完全試合第1号の)藤本英雄、稲尾、伊藤智仁の3人だけ」と言わしめたスライダーの球道を(全力投球ではないにせよ)確かめることができる。



 

 引退後は西鉄ライオンズ、ロッテ・オリオンズで監督を歴任し、中日ドラゴンズの投手コーチも務めた。監督としては「黒い霧」の後遺症や親会社の無理解などもあり、優勝こそならなかったが、それでもライオンズでは東尾修加藤初、ドラゴンズでは小松辰雄牛島和彦の指導にあたり、またオリオンズでは村田兆冶のカムバックや落合博満の三冠王を後押しした。93年の殿堂入りはむしろ遅すぎるくらいだったといえるだろう。
 そんな経歴もあってか、どんな名選手、名監督でも毀誉褒貶がつきまとう(ONでさえその例外ではない)野球界にあって、稲尾さんが悪く言われたり書かれたりしたのを目にしたことはなかった。むしろ、ライオンズの同僚や周辺にいた人たちだけでなく、青田さんのように対戦相手の立場にあった人でも、喜んで話をしたがる、そんな稀有な野球人だった。野村監督が追悼コメントの中でのべた「一流が一流を育てる」も、稲尾さんの人柄が語らせた言葉と言えるだろう。そういう意味でも稲尾さんはまさに「神様、仏様、稲尾様」だった。

 

   稲尾さんへの電話取材は、報知新聞の担当記者時代から親交の深かった田村大五さん(ベースボール・マガジン社顧問)を通じて教えていただいた携帯電話にかけて行なったものだったので、翌月の電話代は正直、いつもよりも相当高くついていた。しかし、それだけ長い時間、稲尾さんが熱心に取材に答えてくださった何よりのあかしであり、生涯でもっとも惜しくない電話料金であった。いつかまた、直接お目にかかってお話をうかがいたかったのだが、それは永遠に叶わぬ夢になってしまった。

 その稲尾さんの訃報に今日突然接し、呆然としながらも、いま必死にこのエントリーを書き込んでいる。稲尾さん、できればこのBlogであなたを追悼するエントリーは書きたくはありませんでした。あなたが愛した西鉄ライオンズの球団歌をせめてもの手向けとさせてください。


西鉄ライオンズの歌(作詞:サトウハチロー/作曲:藤山一郎)

1.起てリ 起ちたり ライオンズ ライオンズ
  ゆするたてがみ 光りに照りて
  金色(こんじき)まばゆき 王者の姿
  九州全土の声援うけて  空を仰ぎて 勝利を誓う
  ライオンズ ライオンズ  おお西鉄ライオンズ

 

2.打てリ 打ちたり ライオンズ ライオンズ
  威風堂々 正しく強く 
  常に忘れぬ 王者の微笑
  春の霞も 真夏の雲も 秋の夕日も こぞりて讃う
  ライオンズ ライオンズ  おお西鉄ライオンズ

 

3.勝てリ 勝ちたり ライオンズ ライオンズ  
  凱歌とどろき あふれる涙
 
 いさをかおれる 王者の冠
  阿蘇のけむりも 筑紫の海も 薩摩日向の草木も祝う
  ライオンズ ライオンズ  おお西鉄ライオンズ
 

 

 

(稲尾和久公式サイト)
http://tetsuwan-inao.com/top-inao.html

 

 

 

  

稲尾和久―鉄腕!ミラクル伝説
江本 正記,関谷 ひさし
ぎょうせい

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3 コメント

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素晴らしい追悼文 (中河甲子園)
2007-11-13 16:52:23
 どこかの新聞に掲載したいぐらいです。
 私も映画を昔のテアトル池袋の野球映画特集(他には、男ありて、沢村栄治物語、川上哲治物語、巨人軍物語)で見ました。
 稲尾さんとの接点はありませんが、生まれて初めて一生懸命に巨人を応援(本当は長嶋の応援)していた1963年の日本シリーズで、西鉄のエースだった稲尾さんを第7戦でKOして大喜びをした思い出があります。1959年と61年は完投と交代完了がともにリーグ1位という破天荒な”怪記録”も作っています。改めて”記録の神様”宇佐美徹也さんが、登板記録に関して近年の小刻み継投での記録達成に憤慨したのもわかります。
 今後もエントリー楽しみにしています。それでは。
「鉄腕投手・稲尾物語」 (mlbcrazy)
2007-11-14 01:40:02
稲尾さんのご冥福を心からお祈り申し上げます。

往年のプロ野球OBがお亡くなりになる度に、
かつての雄姿をこの目で見てみたかったと思ってしまいます。

35歳の私にとっては、稲尾さんの現役時代の雄姿には、当然、縁遠く、時折放送される記録映像で少し垣間見ただけです。
それ以外は、子供の頃、某民放で、稲尾さんがホストを務めるトーク番組で「稲尾Q談」なるものがありましたが、そのときのお姿と、その後、ロッテで指揮を執られていたときのイメージしか残っていません。

「鉄腕投手・稲尾物語」は、VHSビデオにもDVDにもなっていないようですが、なんとか見る方法はないのでしょうか?

東宝さん、どうにかなりませんか?って陳情したいところです。
鉄腕稲尾 (藤川)
2007-11-16 09:55:33
小生57歳
父親の代からの西鉄ファンです
特に稲尾さんが好きで、映画を見に連れていって貰った記憶があります。
未だに、稲尾、中西、豊田と聞くと体がゾクゾクします。
早い時期からTVがあったので、昔のパリーグ・アワーで
西鉄戦で稲尾さんが投げるのを楽しみにしていました。

人柄もすばらしい人だったのですね
ご冥福をお祈りします

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