上田龍公式サイトRyo's Baseball Cafe Americain  「店主日記」

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「ノムラへの」教へ

2006年01月12日 | Baseball/MLB
野村克也という人は、現役時代から球界でも世間でも毀誉褒貶相半ばする人だったが、私は嫌いではない。少なくとも、この人のベースボールに対する考え方を頭に入れておくと、試合が何倍も楽しくなる(ただ、彼が采配を振るっていたチームの試合がすべて面白かったかというと、そういうわけではないが)。
昨年小学館から出版された「野村ノート」は、とにかくその内容が抜群に面白く、あっという間に読み終えてしまった。閉口するような人生訓(正論なんだけど説得力がないのはなぜ=笑)もあるが、95%は納得できるものばかり。ルールを熟知することの大切さなど、野球を仕事としている人間の端くれとして大いに参考になる
特に、清原和博に関する記述にはうなずけることが多かった。野村氏によれば、清原はバッターボックスに立っているとき「バッティングはしていても『勝負』はしていない」とのこと。これは本当に納得できる。正直なところ(オリックスで成功できるかは別問題として)、楽天イーグルスが彼を獲得しなかったのは正解だろう。

ただ、これはご本人も認めていることなのだが、野村氏がいろいろな人を批判する際、どうも言葉遣いというか、表現方法に首を傾げたくなることがあるのも事実だ。
清原に関していえば、獲得が取りざたされていたとき、盛んにそのピアスや茶髪にクレームをつけ、さらには人間性をも貶めているのではないかと誤解されるような言動をメディアでしていたが、これはよろしくない。実のところ、野村監督が清原に対して言っていることの多くは正論なのである。しかし、彼にも親兄弟や妻子がいる。そのことを思えば、正論に基づいた批判であればこそ、正しい言葉を選ぶべきだろう。ピアスや人間性がどうのとぼやかれれば「またか」と耳を背けられてしまうが、「彼は打席でバッティングをしていても勝負をしていない」と言われれば、誰もが耳を傾けるのである。

野村監督はしばしば、言葉遣いの間違いで誤解を招いている。ただ、ベースボールに関する限り、彼が唱える理論、方法論などのほとんどは間違っておらず、特にベースボールを仕事にしている人間はたとえそれに賛成であれ反対の立場であれ、「必修科目」として頭に入れておく必要があると思う。それだけに、言葉の修辞法を間違えて、世間にあらぬ誤解を招くのはもうやめるべきだろう。以前にもこのBlogに書いたが、イーグルスで指揮する選手のなかには、70歳の野村監督にとってもう「孫」と同じくらいの世代もいる。一般企業や役所では、老齢の取締役や首長などは別として、20代の社員と70代の上司が同じフロアで机を並べて仕事をする光景は極めてまれである。若者に媚びろとは言っていない。小言を言うのは見込みがあるからというのもわかっている。ただ、相手の人格や人間性を頭から否定するような言動だけは、どうか謹んで欲しいのである。古田が年賀状を寄越さないなんてこと、立派な内容の本なんだから、わざわざ愚痴って書きなさんな!(そもそもあなたが古田に出してるのかな?私はそれが知りたい)。


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