北杜幸一インフォメーション

北杜幸一公式ブログ。演歌歌手 北杜幸一(ほくとこういち)のプロフィール、活動内容、スケジュールなど、北杜幸一の紹介。

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岩手県・蓮乗寺で、追善供養を行いました

2018年05月08日 | 北杜幸一からのお知らせ

山梨県北杜市の実相寺に続いて、4月18日は、大槌町の蓮乗寺で供養を行い希望のさくらを披露しました。たくさんご来場いただき、取材の方にもたくさん来ていたいただき、ありがとうございました。

ここにいたった経緯などはこちらをご覧ください。

 

▼大槌湾

▼ひょっこりひょうたん島


 

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北杜幸一のyoutubeチャンネルはこちらです。オリジナル曲を全曲歌詞付きで公開中。

 

 

 


北杜市・実相寺で追善供養を行いました_2

2018年05月08日 | 北杜幸一からのお知らせ

4月7日に、実相寺の神代桜の前で行われた、東日本大震災の犠牲者に対する追善供養『花まつり』に参加しました。この様子が、朝日新聞の山梨版・岩手版にも、版画修復や桜の苗木のことなど共に掲載されました。

ここにいたった経緯などはこちらをご覧ください。

▼4/17朝日新聞 山梨版

 

▼4/18朝日新聞 岩手版


北杜市・実相寺で追善供養を行いました

2018年05月08日 | 北杜幸一からのお知らせ

4月7日に、実相寺の神代桜の前で行われた、東日本大震災の犠牲者に対する追善供養『花まつり』に参加しました。この様子が、山梨日日新聞、八ヶ岳ジャーナルなどに掲載されました。

ここにいたった経緯などはこちらをご覧ください。

 

▼4/8 山梨日日新聞

 

▼4/16 八ヶ岳ジャーナル


「希望のさくら」誕生秘話~愛と真心のリレー 小林是綱・記

2018年05月05日 | 北杜幸一からのお知らせ

このたびリリースした『希望のさくら』は、岩手県大槌町と私の地元の山高神代桜が、桜でつながったことによる曲です。この曲の創作についてや誕生の経緯などが、小林是綱さんが記した手記にまとめられていますので、以下に紹介致します。

▼▼▼

 愛と真心が欲しい

 『希望のさくら』の作詞・作曲者の北杜幸一(本名・堀込一幸)さんとは、20年以上も前から、プロゴルファー中澤幸次氏が会長をつとめる<ボランティアグループ孝進会>のメンバーとしてお互いに旧知の仲ではあったが、この度の大槌町とのかかわりで更に親交を深めることとなり、当事者の1人として歌詞の1部を補作させていただくことにもなった。

 忘れもしない平成23年3月11日、私は、仙台駅構内で東日本大震災に遭遇した。5日間、おにぎり3個、ペットボトル2本の避難者生活をおくり、ようやく徒歩や夜行バスを乗り継ぎ、勤務地である岩手県の県立図書館(指定管理者・総括責任者)にもどった。同月31日、3年間の任期を辞したが、被災地の図書館への想いは募り、4月8日、宮古市田老図書館から山田町、大槌町、陸前高田市とタクシーに乗って訪ねた。任期中に所属していた図書館流通センターと、私が理事長を務めるNPO地域資料デジタル化研究会とによって何らかの支援が出来ないかの行動だった。津波後の火災によって町並みが一面焼け焦げていた大槌町に車が入った時、その悲惨さに、津波で家族を失ったという運転手さんとの会話もしばらく途絶えてしまった。
 幸い、教育委員会の避難場所であった城山で、佐々木健図書館長(当時)に出会うことが出来た。憔悴の色を隠せない、髭も伸び放題の佐々木館長に、「私たちに、何かできることがありますか・・・今、欲しいものはありませんか」の問いに、唐突に「愛と真心が欲しい」と、真面目な顔で、初対面の私に答えた。私は、一瞬戸惑ったが「わかりました」と、返事しながら、よし、体力と気力が尽きるまで、大槌町に係わろうと心に誓った。

 

瓦礫の中に学生たちが発見した1枚の画

 その年の8月、都留文科大学で図書館学を学ぶ学生たちのボランティアという愛が図書館資料のレスキューに向かわせた。本会副理事長・丸山高広も同行して、被災した図書館の地域資料をデジタル化して利用できるようにと、壊れたままの図書館の内部に入った。したたる汗を拭いながら作業の手を休めて、ふと見上げた壁面に、破れた和紙片が貼りついていた。『・・高神代桜 寄贈 兼澤美保(大町)』と書いてある。その上には、額が掛かっていただろう影もうっすらとあった。

 「佐々木さん、ここにはどんな絵が・・・」

 「桜だったかな・・・」

 山梨県人で、しかも日蓮宗の僧侶である私は、欠けていた文字が山であると確信した。つまり『山高神代桜』である。震災前のこの壁に日本三大桜の1つ、山梨の山高神代桜の画が掛けてあったはずだ。急遽、学生たちの手を地域資料の収集から画の発見に向けさせた。30分ほどたった頃、瓦礫と一緒に積まれていた砂まみれの書籍の中から、遂に1枚の画を発見した。額に入ってはいたものの砂とカビに覆われていたその画は、まさしく現代日本画家の第一人者・中島千波画伯(東京芸術大学名誉教授)のリトグラフであった。


大日本印刷株式会社の協力と中島画伯の愛

 震災以前に利用者の多くが眺めて心を癒し、また、樹齢二千年の老木でありながら、中島画伯の気迫の筆で描かれたこの画に勇気をもらった町民が数多くいただろうことに思いを巡らすと、この画を何とか修復し、復興後の図書館の壁に戻してあげたいと思った。砂まみれの議会議事録や幼稚園・小学校の文集などと一緒に山梨に持ち帰り、NPOの仲間と共に修復作業を行ったが、この1枚の画だけは思うように綺麗にはならなかった。その夏、すがる思いでリトグラフを作製した東京の大日本印刷株式会社に持ち込み相談したところ、担当してくださった梅津某氏が関係者に連絡、数日後、このリトグラフの製作に係わったという方の照会で中島画伯に伝わり、この話しに感動した画伯は、アトリエに1枚だけ残しておいた同じ画を、他の貴重な作品8点と共に多数の著作物も合わせて大槌町に寄贈してくださることになったのだ。画家としての真心であろう。


真心は実相寺住職と若手僧侶へとつながり・・・

 翌年、私は大槌への中島画伯のご厚意を山梨県民の多くに知って欲しく、神代桜の咲く山高実相寺でこの贈呈式を行おうと考え、住職の松永直樹師に相談、さらには所在地の北杜市の白倉市長も協力してくださり4月13日に開催することとなった。大槌町からは当時の佐々木彰副町長、佐々木健図書館長、ボランティアの阿部智子さんが来県することになった。これを知った私の友人である笛吹市の鵜飼山遠妙寺(世阿弥の「謡曲鵜飼」発祥の地として知られる寺)の長沢宏昌師が、山梨県日蓮宗第四部宗務所の青年僧侶に声をかけ、大槌町の殉難者のために雅楽による追善音楽法要を行なおうと有志に諮ってくれた。

 幸い、多くの人々の思いが通じたか、天は晴れ、澄み切った青空に神代桜は満開となった。中島画伯も奥様を伴って来寺し、雅楽・越天楽の厳かな演奏終了後、画伯の手から大槌町佐々木副町長に贈呈された。


鎮魂の法要から、励ましの歌へとつながれた

 一周忌追善音楽法要の後、神代桜をこよなく愛する北杜幸一さんの作詞・編曲、中澤孝次作曲の『神代桜』が歌われた。その後、北杜さんからコンサート収益金20万円が支援金として阿部さんに手渡された。

 さらに前述の中澤孝次氏作詞・作曲のスマトラ沖地震で犠牲になった人々と、遺族を励ます『愛と勇気』が歌われた。以来、毎年、桜の花の咲く4月に山梨の実相寺では大槌町の津波殉難者音楽法要と、北杜さんの楽曲や地元の婦人たちの舞踊が披露されてきた。


砂にまみれた1枚の画が、子桜の苗木となり歌となる

 この日、神代桜の<桜守>三枝基治氏が大切に育ててきた子桜の苗木3本を大槌に寄贈してくださることになった。後日、私は画伯の寄贈された絵画と共に、この苗木を妻と共に車で12時間をかけて大槌町に運んだ。現地で待っていてくれたのは、ボランティアの阿部智子さんとその仲間たち。蓮乗寺の檀家様と一緒に境内に植樹した。

 この日も、北杜さんは、植樹が了わった蓮乗寺の境内から見える何もない大槌の街の方向に向かって声を絞って歌ってくれた。


蓮乗寺で七回忌音楽法要

 それから4年の歳月が過ぎ、28年4月8日(仏縁だろうか、この日はお釈迦様の誕生日)、「子桜に花が咲いた」と蓮乗寺・木藤養顕師から弾んだ声で電話が来た。私は、来年の4月には、その子桜のもとで七回忌法要を行おうと、ここまで係わってくれた関係者に声を掛けた。来年も神代桜の子桜は、必ず花を咲かせるに違いない。「北杜さん、三枝さん、青年僧侶たちと一緒に大槌に行きましょう。大槌を思う山梨の人々の声を届けましょう」

 そして平成29年4月、大型バス1台に雅楽演奏のための貴重な楽器を積み込んで蓮乗寺に向かった。蓮乗寺は震災時、本堂・客殿・山門等すべてを津波により発生した火災で全伽藍を失っていたが、平成28年の秋、見事に復興した寺である。

 山梨県からの法要参加者は40名(僧侶13名、実相寺と常徳寺の檀徒22名、NPO法人地域資料デジタル化研究会5名)。4月17日早朝に山梨を出発、遠野に1泊。翌朝、午前11時から蓮乗寺の檀家様も参列して木藤住職の大導師(脇導師・松永直樹実相寺住職、小林是綱常徳寺院首)のもと津波殉難者1200余名の第七回忌追善音楽大法要となった。

 法要後、それぞれの参加団体の代表からボランティアの阿部さんや、木藤住職に支援金が渡されたが、なかでも一段と拍手が堂内に大きく鳴り響いたのは、桜守・三枝氏から大槌の皆さんにと、八弁の花びらが開く宇宙桜(2008年、国際宇宙ステーション「きぼう」に乗せられ8か月後に帰還した神代桜の種子から発芽した桜のこと)の苗木の目録がボランティアの阿部さんに渡され、さらに、北杜さんからデビュー10周年記念コンサートの収益金の一部が、これらの桜を大事に育ててくださいと木藤住職に渡されたときである。もちろん、この後、北杜さんの『神代桜』の熱唱があり、参列者の涙を誘った。


愛と真心から誕生した『希望のさくら』

 この日の朝、北杜さんは、はるばる山梨・実相寺から岩手・蓮乗寺に根を下ろし、けなげに咲いた神代桜の子桜に「もっと立派になって、この地の平安を祈って欲しいと」感動の涙と共に語りかけたという。

 そして『神代桜』のワンコーラス目の歌詞≪風雪に耐えて2000年 今なお佳麗な 花咲かす 生きる姿の たくましさ≫に重ねるように、北杜さんの心の中には≪津波が結んだ山高の 子桜咲いた神代桜 この地を照らせ 希望のさくら≫の歌詞が楽曲と共に駆け巡っていたという。1年後には、この歌を大槌の皆さんに、いや、全国の皆さんに届けたいと創作活動に入ったのだ。

 多くの人々の愛と真心に繋がれて生まれた歌、『希望のさくら』が、あの日から永遠の大槌町民となった1200余名の殉難者への鎮魂歌となり、さらには今を生きる人々への応援歌になって歌い継がれて行くことを、北杜幸一さんは願っている。

平成30年3月11日記す

(以上 小林是綱さん記)

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▼左)山高神代桜(中島千波画伯寄贈)  右)大槌町立図書館に飾られていた神代桜

 

▼2018年(平成30年)4月、神代桜の子桜(岩手県大槌町・連乗寺)

 

※山梨県 国指定天然記念物・山高神代桜(やまたかじんだいざくら)について
ほくとナビ

 

 

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希望のさくら(山高神代桜の子桜)リリースしました。

2018年05月04日 | 北杜幸一からのお知らせ

神代桜の子桜を岩手県大槌町に植樹し、その経緯を『希望の桜』の歌詞にしました。詳細は、次の投稿の、小林是綱さんによる『希望のさくら』誕生秘話~愛と真心のリレー~を参照ください。

■希望のさくら(山高神代桜の子桜)~岩手県大槌町に~

作詞:北杜幸一
作曲:北杜幸一
補詩:小林是綱
歌:北杜幸一


登る朝日の 大槌湾を
臨むこの地に 根を下ろし
風雪に耐えて 幾年過ぎて
花を咲かせた 神代の
子桜生きるたくましさ
この地を照らせ 希望の桜


陸奥春の おとずれ祝い
輝く光 鮮やかに
今年も咲いた 見事な桜
皆の笑顔が 輝いた
子桜清く神代の
栄華を放つ 希望の桜


蓬莱島に 夕日がかかり
苦難乗り越え 前向きに
皆の幸せ 眺めつつ
願いはいつも 泰平を
子桜思う神代の
蓮乗寺に 希望の桜

 

 


youtube更新しました。

2018年05月04日 | 北杜幸一からのお知らせ

youtube北杜幸一チャンネルに、
・富岡音頭
・大沼ワルツ
・振り向けば男の人生
を追加しました。

 


JMU新年歌謡大会

2017年12月26日 | 北杜幸一からのお知らせ

2月4日(日)にJMU新年歌謡大会が開催されます。

(ゲスト 山口ひろみ)

応援参加希望の方はお問合せください。


JAPANミュージックユニオンの活動

2017年12月25日 | 北杜幸一からのお知らせ

今年も残すところ、あとわずかとなりました。

2017年度JAPANミュージックユニオン行事として以下の活動を行いました。

 

1月29日(日) 第8回JMU新年歌謡大会 第一ホテル両国

4月23日(日) 静岡県富士支部段位認定大会 富士市農協会館ホワイトパレス

5月28日(日) 東京多摩本部準グランプリ 日野市七生公会堂

8月27日(日) 平成29年JMUサマーコンテスト 第一ホテル両国

9月24日(日) 第4回山梨・長野合同甲府段位認定大会 ジットプラザ甲府

12月3日(日) 第25回沼津準グランプリ ザ・グランドティアラ沼津

 

来年もさらにがんばってまいります。


チャリティー紅白歌合戦

2017年12月16日 | 北杜幸一からのお知らせ

ボランティアグループ孝進会のチャリティー紅白歌合戦に出演します。


峡北舞踏連合会

2017年11月22日 | 北杜幸一からのお知らせ

11/23(木)峡北舞踏連合会の発表会に出演します。