以前から是非登りたいと思っていた、丹波・丹後国境尾根にある三国岳と
養老山に向けて、大阪から東舞鶴に向けてやってきました。 (2012.8.22)
しかし、残念なことに黒部から胡麻峠に至る道は、今年の豪雪の被害を受け
しかし、残念なことに黒部から胡麻峠に至る道は、今年の豪雪の被害を受け
胡麻峠撤退
JR東舞鶴駅からタクシーに乗り、ここ黒部BSで下車
右はコミュニティーバス「多門院バス」、バス待合所
登山道はこのすぐ右、向こうに舞鶴若狭自動車道が見えます。
右はコミュニティーバス「多門院バス」、バス待合所
登山道はこのすぐ右、向こうに舞鶴若狭自動車道が見えます。
獣除けの柵、きれいな道が展開しており期待に胸が膨らみます。
しかし……少し進むと期待は無残に砕かれました。
しかし……少し進むと期待は無残に砕かれました。
これが登山道です。40分ほどかけて胡麻峠までの1/3ほど登りましたが、
倒木・土砂崩れにより道が崩れ危険な状態であるため撤退しました。
登り直した建部山
そのまま帰阪するわけにもゆかないので、JR西舞鶴駅に移動して建部山に
舞鶴港とれとれセンターから喜多登山口に、登山口から少し入ったところに、
舞鶴港とれとれセンターから喜多登山口に、登山口から少し入ったところに、
毘沙門堂がありました。近くには安寿と厨子王の名跡もあり、早春には安寿
の化身といわれるニオイコブシが、建部山を白く染めるそうです。
登山道は頂上に至るまで、軽自動車が通れるような幅1.5m位の緩やかな道が
頂上にある砲台の建設と弾薬など資材の運搬用に作られたようです。
距離は 3kmで1時間で登れます。
頂上にある砲台の建設と弾薬など資材の運搬用に作られたようです。
距離は 3kmで1時間で登れます。
中間点の分岐、右に下ると近畿自然歩道に出会います。
頂上にある地下弾薬庫跡
明治時代に建造され舞鶴湾の防衛に当たり、第二次世界大戦では高射砲陣地が
明治時代に建造され舞鶴湾の防衛に当たり、第二次世界大戦では高射砲陣地が
設置されたようですが、共に使用されなかったそうです。
全般的に展望はなく、頂上直下の展望台からは綾部の弥仙山の尖峰と、
頂上西側からは梢の間から、これも丹後富士の由良ヶ岳が望めました。
分岐の少し上から見た舞鶴湾です。
右がスカイタワーのある五老山、左の双耳峰が若狭富士の青葉山です。
入江を挟んでその左側には、自衛隊のレーダーのある砲台跡の槙山がした。
右がスカイタワーのある五老山、左の双耳峰が若狭富士の青葉山です。
入江を挟んでその左側には、自衛隊のレーダーのある砲台跡の槙山がした。
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