サキ・コレクション「トバモリー」その3.

その3.
 全員が、文字通りのパニックに陥っていた。この屋敷にあるほとんどの寝室の窓には、幅の狭い飾り手すりがついているのだが、ここがトバモリーの昼夜を問わないお気に入りの散歩コースになっているのを、不意に思い出したのである。トバモリーにしてみればハトを見張るのに格好の場所なのだが、そのほかに一体何を見ているか、神のみぞ知るところだ。これから先も、思いつくまま洗いざらいぶちまけることが続いたら、いったいどうなることか。気まずいぐらいではすまないだろう。

ミセス・コーネットは、きれいに化粧しているというより、刻々と変化し続ける顔のもちぬしなのだが、それも実は暇さえあれば化粧室に坐っているからだった。そのため、少佐と同じくらい憂鬱そうな顔をしている。ミス・スクロウェンはたいそう官能的な詩を書いているが、ほんとうは非の打ち所もない生活を送っていたために、かえっていらだたしげな表情をうかべていた。みながみな、まっとうで貞潔な私生活を告知したいわけではない。

バーティ・ヴァン・ターンは十七歳のときから腐敗した生活を続け、ずいぶん前に、これ以上堕落しようのないところまで墜ちに墜ちた男だったが、そんな彼でさえクチナシのような蒼白な色になっていた。とはいえ、部屋からあわてて逃げ出したオドゥ・フィンズベリほど、無様なまねはしなかったが。フィンズベリはキリスト教学の勉強をしている若い男で、おそらく人びとが関わっているスキャンダルを聞かされて、心の平安が乱されるのを望まなかったのだろう。クローヴィスは落ち着き払ってはいたが、頭のなかでは、口止め料として、エクスチェンジマートの代理店を通して、めずらしいハツカネズミを手に入れるには、何日ぐらいかかるだろう、と計算していた。

 このように厄介な状況であっても、アグネス・レスカーときたら、人の前にしゃしゃり出て一言、言い出さずにはおれない女だった。

「どうしてこんなところに来ちゃったのかしら」なんとも芝居がかった調子である。

 打てば響くようにトバモリーが答えた。

「あんたは食い物が目当てだったんだろう? 昨日、クローケーの芝のところでミセス・コーネットに話してたじゃないか。滞在するにしてもブレムリー夫妻ほど退屈な夫婦はいないが、一流のコックを抱えるぐらいの頭はある。そうでなきゃ、いったい誰がこんなとこに二度と遊びに来るもんか、って」

「そんな話、最初から最後まで全部大嘘よ! コーネットさん、わたしが言ったのは……」アグネスは困惑して叫んだ。

「ミセス・コーネットはそのあと、あんたが言ったことをそのまんま、バーティ・ヴァン・ターンに伝えた」とトバモリーは続けた。「それから『あの女、ほんとに意地汚いったらありゃしない。一日に四回ご飯を食べさせてくれるところならどこにだって顔を出すのよ』とのことだ。バーティ・ヴァン・ターンはそれに答えて……」

 そう言ったところで、時の神の配剤により、トバモリーは口をつぐんだ。牧師館の黄色い大きなネコが植え込みを抜けて、馬小屋の方へ行くのが、視野に入ったのである。彼は弾かれたように立ちあがり、開いたままのフランス窓から出ていった。

 このすばらしく優秀な生徒がいなくなると、コーネリアス・アピンは手ひどい叱責を喰らうやら、不安そうに問いつめられるやら、おびえながら哀願されるやらの暴風にさらされた。こういうことになったからには、全部あなたに責任があるんですよ、これ以上事態を悪くしないように、何か防御策を採ってください、というのである。トバモリーはあの危険な才能を、ほかのネコにも伝えることができるのですか? との問いに答えることが、さしあたっての任務だった。親しくしている馬小屋のネコに伝えた可能性はあるだろうが、そのネコを超えて、技術が伝播している可能性はまずない、というのがアピンの回答だった。

「だったら」ミセス・コーネットは言った。「トバモリーはそりゃ貴重なネコだし、大切なペットでしょうよ。だけど、あなたもわかってるわよね、アデレイド、馬小屋のネコと一緒に、いますぐ処分しなきゃダメよ」

「わたしがいまの十五分間を楽しんだとでも思って?」レディ・ブレムリーは苦々しげに言った。「主人もわたしもトバモリーをそりゃかわいがってきましたよ――少なくとも、あんな恐ろしい力を身につける前まではね。だけど今となったら、もちろん、あの子にしてやらなきゃいけないことはたったひとつしかありません。それもできるだけ早くね」

「やつのいつもの晩飯の中にストリキニーネを入れてやればいい」とサー・ウィルフリッドが言った。「馬小屋へは私が出向いて、そっちは川に沈めて始末するとしよう。馬丁は飼いネコがいなくなれば悲しむだろうが、二匹とも、伝染性のひどい疥癬にやられて、猟犬に伝染すると大変だから手を打った、と伝えておくよ」

「ですが、私の大発見なんですよ!」ミスター・アピンが訴えた。「何年にも及ぶ研究と実験の成果が……」

「農場でも行って、牛相手に実験すりゃいいんです。それならちゃんと管理されてますからね」とミセス・コーネットは言った。「そうでなきゃ動物園のゾウとかね。ゾウなら知能が高いって話だし、なによりすばらしいのは、寝室に入り込んだり、椅子の下なんかにこっそりもぐりこんだりしないってとこね」



(この項つづく)


コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
翻訳助かりました (random)
2010-04-28 21:09:56
翻訳助かりました
これで授業の予習ができそうです
感謝!
有料でお願いできるのかな?
 
 
 
語学の先生、ゴメンナサイ (陰陽師)
2010-05-01 09:56:18
randomさん、書き込みありがとうございます。
こういうふうに几帳面にお礼を言ってくださる学生の方は、好きです(笑)。
おそらく授業態度も良い方なんでしょう。

お金をとってもいいんですが(笑)、残念ながら、いまのところ、わたしの訳に対して、うなぎを食べさせてくれる人はいても、お金を払ってやろうといってくださる人がいないので、いまのところ有料化計画はございません。

それでも、何か対価を払わなくては心苦しい、という律儀な心根をお持ちでしたら、サイトにアマゾンのアフィリエイトを張ってありますので、そこで何か買ってください(笑)。
なかなかアフィリエイトを利用してくださる方は多くはないんですが(たまに買ってくださるお得意さまの方々、ありがとうございます)、そのうち、アフィでうなぎの特上とまではいかなくても、「梅」くらいなら食べられるかもしれません。

わたしにうなぎを食べさせてやってください。

書き込み、どうもありがとうございました。
訳、ちがってたら、教えてね。
 
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