無駄無駄庵日記

釣って釣られて釣れ釣れ日和。
無駄を重ねて日が暮れる。

大阪「平野町ぐるみ博物館」探訪その②

2010年10月29日 | 無駄無駄庵日記

平野町ぐるみ博物館探訪その②

前回は幽霊博物館のある大念仏寺から平野本通商店街を歩いていくつかの博物館を訪ねたのですが、今回はその白眉、ハイパーワンダーランドなお寺、全興寺のご紹介です。

        

        
全興寺は商店街の中ほどにあります。その門を潜ると、左右に西国三十三ヵ所石仏。正面に一願不動尊。本堂には本尊の薬師如来。境内には弘法大師像などが安置され、まあ普通のお寺と言う感じなのですが、なんとも不思議、、、、、チョットしたワンダーランドが待ち受けているのです。

       
ネッ、、、、、、

       
ネッ、、、、、、、、、、

       

ネッ、、、、、、、、、、、、っと

       
突然こんな光景に出会います。お寺の中に「駄菓子屋さん博物館」です。昭和20~30年代ごろの玩具や駄菓子の箱などが所狭しと展示され、今の子供らは興味深く、ボクラの年代はその懐かしさに童心に還ります。3枚目はラヂヲと手絞り型洗濯機です。

しばし童心に還り戸口を出ると、、、、、ここからがこのお寺のワンダーランド、いやハイパーワンダーランドへの幕明けであります。

            
小さな鬼が立っていて、矢印があります。一方は「ほとけのくに」。一方は「地獄堂」とあります。

うん?何度か来ているのですが「ほとけのくに」の存在は気が付きませんでした。案内の方向の歩いて行くことにしました。



左上が本堂。萩や桔梗などが咲いた小道の突きあたりに「ほとけのくに」がありました。

            
四国八十八ヵ所の砂入り手すりを
持ちながら階段を降りて行くと小さな池のようなものがあり、その真ん中に寝釈迦をイメージさせる横長のガラス像(石かと思った)が置いてあります。ひんやりとした空間。水琴窟の音色。中央のステンドグラスの曼陀羅図に座り瞑想するにはうってつけの空間であります。ただ、写真を撮るのが憚れるような気持ちになり、結局、よう写しませんでした。

では、地獄堂はというと、、、、、、、、そのお堂の前にこんな物があります。

        
くり抜いた石の中へ頭を入れると地獄の釜の音が聞こえるらしいのです。来るたびに試しますが、果たして、、、、、です。まあ、地獄堂を訪ねる前の肩慣らしです。

      
地獄堂です。写真の右下の四角いのは貴方の地獄度テストのモンダイ一覧。設問に答えながら順にボタンをを押してゆきます。感心するのはここの設備は、あれ、壊れてるやんとか、動かへんというのがないことです。先の鬼の案内板にしても片腕がないとかペンキが剥げてみすぼらしい様になっていないのがスゴイです。手入れが行き届いているのです。

ちなみに、テストの結果ボクは極楽行き決定の引導を渡されたました。でも、折角ですから余裕で地獄堂を覗いてみました。

           

        
正面に閻魔大王。左に裁判官。右に鬼。そんな配置で死者ならぬ来場者を迎えてくれます。

家内が閻魔大王の足元にあるドラを鳴らし黄泉の国へ来たことを知らせました。すると、地獄のあれこれが鏡に写し出され、前世で悪行をしないことを諭されます。しかしながら、これ以後も平然として悪行(この場合は例えば夫をぞんざいに扱うかどうか)を重ねると、死後本当に地獄に落とされるよ、、、、というもの。つまりこの地獄堂は改心を諭す役割をしているのです。果たして家内は、、、、、

、、、、、、いわんや「平野町ぐるみ博物館」は波乱含みの一日であったのであります。

 

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大阪「平野町ぐるみ博物館」探訪その①

2010年10月27日 | 無駄無駄庵日記

大阪市の東南に位置する平野区。その歴史は古くは平安時代にまで遡り、戦国時代には平野郷と呼ばれ環濠と土居で自衛し町民が町を運営する自治都市として、堺とともに栄えたところです。

少し前ですが、そんな町並みを利用した「平野町ぐるみ博物館」を巡ってきました。博物館といっても大々的なものではなく、商店や民家のチョットした一角に歴史を物語る品々をまあ、陳列したという感じで、でもそれが町のあちこちに点在しているわけですから、小さな歴史探訪としてはうってつけの地域です。

JR大和路線、天王寺駅から2駅目の平野駅が最寄りの駅です。家内が小学生の頃、両親兄弟と共に大分の臼杵から大阪に出て最初に住んだのがこの平野。そんなこともあってときどき平野郷を散策しています。いつも最初に寄るのは大念仏寺。「幽霊博物館」としてガイドマップに載っています。(マップは平野駅にあります)


探訪の出発点はいつもこの大念仏寺。1127年、鳥羽上皇の勅願によって聖応大師が新しく建立。寺に残された幽霊の掛け軸12点と「亡女の片袖と香合」を毎年8月の第4日曜のみ一般公開しています。故に「幽霊博物館」。その日は門前市をなすごとく多くの人で賑わうとか、、、、、。

今回その掛け軸が印刷された幽霊図を手に入れることが出来ました。「累怨霊の図」(かさねおんりょうのず)「姑獲鳥図」(うぶめず)「皿屋敷お菊亡霊図」などがその恨めしさをはらさんとこちらを見つめてきます。家内が目をつむって素早くその図をボクに手渡してきました。

さて、そこからぶらぶらと「町ぐるみ博物館」の中心地、平野本通商店街を目指して歩いてゆきます。



古い街並みが所々に残って、平野郷と記された提灯が民家や商店の軒に吊るされています。

この商店街の途中にチョット変わったお寺「全興寺」があります。聖徳太子によって薬師堂が建てられ、そこから町が造られたと伝えられるお寺。変わっているというのは、、、、、、いえそこは次回のこととしてこの商店街をぶらついてみましょう。

         
ひと際目を引くのがこの小林新聞配達所「新聞屋さん博物館」です。創業は明治22年。大阪市内で一番古い朝日新聞配達所。アーチ型の窓が歴史を物語っていて、明治からの新聞や号外などの資料を見ることができます。

            

        
ここは梅月堂の店先にある「和菓子屋さん博物館」。奈良街道にあった老舗、太子堂の分家。梅月堂としては3代目。代々受け継がれた菓子型が展示されています。中央にはやはり目出度さの象徴マダイの菓子型が置いてあります。

        
博物館ではありません。商店街の東の出入口近くにある正源という魚屋さん。関西では縦に、関東では横にと魚の並べ方が違うとか言いますが、その理由はともかく、この地で60年、親の代からの倣いでこんな風に並べているとか。ちなみに、厚岸のサンマ一匹700円。加太の黒メバル1900円。長崎のタチウオ半身が4000円などなど、、、、下町の魚屋さんにしては目を見張る値付けであります。

そんなこんなの「町ぐるみ博物館」ですがまだまだこんなものでは終わりません。

「自転車屋さん博物館」「平野栄蔵資料館」「かたなの博物館」「ゆうびん局博物館」「珈琲屋さん博物館」「へっついさん博物館」、、、、ほかにも名所名物を町ぐるみで応援しているのがこの平野郷なのであります。そうそう、「ちっこいだんじり館」というのもあって、7月13日におこなわれる杭全神社の夏祭りは江戸時代から300年を超える歴史があると聞きます。


杭全神社。夏祭りにはこの参道に屋台が並び、地車(だんじり)がその屋台の屋根を跳ね退けるように本殿まで勇壮に宮入りをします。また、日本最古の連歌場があることでも知られた神社です。

さて、とりあえずこの杭全神社でこの日の散策は終わり。次回は平野本通商店街の途中にあるハイパーなお寺、全興寺を紹介することにしましょう。

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沖釣り一番~~10月例会はタチウオ大漁

2010年10月24日 | 無駄無駄庵日記

10月17日、タチウオを狙ってクラブの例会がありました。潮周りは長潮。深場が狙える潮です。午前6時、お世話になった河合釣り船に24名の参加者が乗り込んでいきます。

       
波のない穏やかな日和になりそうです。  

       
タチウオはいまのところ神戸沖が最高の漁場のようで、各地の遊漁船がすでに多く集まってきています。やがて、
我々の船もその仲間入り。果たしてどのような一日になるのでしょうか。

エサのイワシが各人に配られ、テンヤに括りつけます。左手に竿。右手にテンヤを持って、そう、気持ちの昂ぶりを押さえられないのです。船が大きく旋回して潮に乗ります。船長の合図があって、水深は90m。いつものように底から20~30mの間をリールのスロー巻きで探っていきます、、、、、アタリが出たのが70~65mライン。

            
一投目から船内のあちこちでタチウオが上がり始めました。素バリなしで6連ちゃんの人。一つのテンヤに2匹喰いついた人。いきなりのビッグアワーの到来です。

            
吉田さん。1m10cm。長さのわりに腹が膨れて実に旨そうなタチウオです。テンヤのヘッドはパープル。へえ~、こんな色があるんやねェ。

            
植田さん。サーベルサイズが続いていたのですが、納得のサイズ。なかなかいい表情をしています。この日、彼の釣果はメーターサイズを4~5匹入れて、32匹。

             
ケミホタルのセッティングに工夫を凝らす、河合さん。蛍光色とレッドを組み合わせてタチウオへ猛烈アピールです。

             
釣り上げるたびに「小さい、小さい」と言ってなかなか写真を撮らせてくれなかった、宮野さん。やっとOKが
出て、うん、なるほどいいサイズです。

             
森崎さん。蛍光色のテンヤですが色が強烈に冴えています。やはり光り物はタチウオへのアピールとなるのでしょうか。そういえば以前彼はゴールドカラーのテンヤヘッドを使っていたことを思い出しました。

             
ついに出た、ドラゴン。121cm。岡部さんです。クラブでは120cmを超えるタチウオを釣ると賞金がでます。ボクは写真を撮りながら120cmは超えてない、と断言したのですが、岡部さんおめでとうございます。

果たして、納竿の13時までアタリが遠のくということがありませんでした。いつもならコンッとしたアタリがあっても竿先を引っ張り込むまで、早巻きをしたり、止めてみたり、しゃくってみたりと、あれこれ誘いに変化をつけて、ということがあるのですがこの日はコツッ、ゴッッ、ゴッツンとしたリズムで竿先が引きこまれ、あまり苦労をせずにタチウオ釣りの醍醐味を堪能することが出来ました。釣果は30匹を超える人が多数出て、鮮やかな秋空の下、タチウオ大漁の一日でありました。

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秋晴れの斑鳩の里へ

2010年10月21日 | 無駄無駄庵日記

今年も斑鳩の里を歩いて来ました。法隆寺から法輪寺、法起寺へのいわゆる斑鳩三塔を巡る行程は何度か歩いていますので、今回は法隆寺より西の西里の町並み(縄文時代の土器や石器が発見され、法隆寺創建時はそれに従事した大工などが住んでいた地域とか)や藤の木古墳をと思って出掛けました。

JR大和路線法隆寺駅で降りて法隆寺へ。車の通行の多い国道を避けて横道へ横道へと入って行きます。洋風の建物があったり、田圃が広がっていたり、バランスが悪いと言うか時代を物語るというかそんな光景を抜けて畦道を歩いてゆきます、、、、、と、こんもりと盛り上がった緑の茂りに出会いました。

         
こんな感じです。近付いてみると、古墳。斑鳩大塚古墳と標識が建っています。ああ、ここがそうなのか。五世紀前半に造られた斑鳩では最古の古墳(円墳)とか聞きます。

         
円墳の正面です。真ん中の石碑は忠魂碑のようです。古墳に戦没者忠魂碑。へえ~と言う感じです。

         
傍らに沢山の地蔵尊。なかに人差し指ほどのお地蔵さんが二体。小さな紅い前垂れをかけて、秋の日差しを浴びて眩しそうにしておられました。

、、、、ここでお昼を取ってしばらく散策することにしました、、、、うん、田圃の傍らにチョット変わった赤い花が咲いています。家内が見つけました。

         
これです。花、、、ですか、、、?  いえ、どうやらタニシの卵。紅色の小さな丸い粒がいくつも集まって、ね、花みたいでしょ。側溝の壁にへばり付いているのはよく見ますが草に産み付けて、遠目には花です。

         
これはコスモス。迷路になったコスモス苑も楽しいですが一羣風に揺れるコスモスのほうが素敵です。

               
綺麗な模様のムシ、、、カメムシかなあ。家内は目の衰えがあまりなく、こんな見つけ難い虫や、草むらを這う尺取り虫などを見つけては気味悪がらずに触ろうとします。

うろうろしていると方向を誤ります。「たぶんあっちやで」とか言いながら小さな通りに出ました。そして、やがて法隆寺の松並木が見え、その先に五重の塔が見えて来ました。

         
こんな感じの小さな通り、戦前から続く並松商店街です。ここには「たむら」というみたらし団子屋さんがあって、知る人ぞ知る美味しいお店だそうです。後で知りました。ボクラ二人はその前をへえ~っと思いながら通っただけでした。残念、、、。

         
法隆寺の松並木を抜けて、西大門を潜ると西院伽藍と五重の塔が見えます。観光記念写真を撮る一大スポット、この日も次々と記念写真を写していました。

正面の階段を上がって西へ(向かって左へ)歩くと西大門を潜ったところが西里の町並み、そして藤の木古墳へと繋がるのですが、東大門から夢殿や中宮寺も行っとこか、ということで向かって右へ、、、、途中、鏡池の際に正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」の句碑が建っています。

             
この句、子規が柿を喰いながら聞いた鐘の音は法隆寺の鐘ではなく、その日(明治28年10月末)泊まった東大寺際の角貞という旅篭でのことのようです。

さて、そばまで行ったのですが、修学旅行生で混雑した夢殿、中宮寺は敬遠して、振りかえりますと西大門は遥か彼方。明日は魚釣り。体力温存政策というか行きあたりばったりです。そのまま法隆寺駅の方向へと歩いて行くことにしました。横道に逸れながらです。

           
柔らかな土の感触を楽しみながら畦道を歩いて行きます。棄てられたような畑の際に立っていた、鶏頭です。少し長けていますが素朴でなかなかいい風情です。

           
奈良、法隆寺といえばやはり柿です。帰路の道沿い、手に触れられるように実っていますが、まだ青味が勝っています。

そんなこんなの秋の一日でしたが、やはり、今回もそうでした。目的地に真っ直ぐ行くのではなく、帰り道も真っ直ぐ駅には向かわずに横道、逸れ道、気まま道ということで、予定通りに歩いたことがないのは何故なのでありましょうや、、、、、、、?

 

 

 

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魚のあぶく~~金木犀

2010年10月18日 | 無駄無駄庵日記

   

 

金木犀が咲いています。一つ一つは小さな十字の花。その花冠は白ワインに漬けた桂花陳酒、お茶に混ぜて桂花茶とよばれる花茶などにして香りを楽しむようです。花言葉は「謙虚」「真実」「陶酔」「初恋」。

       木犀の風をまといて逢ひにゆく   管野 奈都子

待ち合わせ場所に金木犀の香りと共に彼女がやってくる、、、、まるでこの木の精霊のような彼女、、、、、と、まあ、木犀の香りの甘さに引きつられて儚くも甘い想像に浸ってしまいました。

魚の話に切り替えましよう。

魚に嗅覚はあるのでしょうか。(以下の一部は釣りエサの「マルキュー」のHPを参照して書いています)

人間は空気中に拡散した匂い物質を「匂い」と感じるのに対して、魚は水に溶けている匂い物質を「匂い」として感じています。

では、どんな匂いが魚を魅了する、つまりエサとして有効なのでしょうか。彼らがよく食べているエサにはタンパク質が多く含まれており、このたんぱく質の原料になっているのが20種のアミノ酸です。ただ、どんなアミノ酸でもいいのかということではなく、クロダイ、メジナ、マダイなどはアラニンやグリシンというアミノ酸を好むということです。

単純発想でこれらを撒餌に混ぜ込み、あるいは刺しエサに沁み込ませて使えばパンパカパ~ンと大漁になるかといえば、そこは微妙な配合が必要で、濃すぎては魚がそっぽを向き逆効果となるようです。

過ぎたるは及ばざるごとしとか、、、、、強すぎる香水の匂いには辟易とします。先の句のように「風をまとう」ぐらいがいいのでしょう。

ちなみに、カワハギを釣るのにブラックタイガーやアサリの剥き身にアミノ酸のひとつである、グルタミン酸ナトリュウムを主成分とする味の素をふりかけたことがあります。その効果の保障は別として、アラニンを含む食品は大豆類、枝豆、きな粉、豆腐など。グリシンはエビ、ホタテ、かじきまぐろなどに多く含まれています。ご参考までに、、、、、by 歩く魚

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アオリイカの半夜~~偶然が三度

2010年10月16日 | 無駄無駄庵日記

10月6日、今シーズン初めてのアオリイカ釣りに行って来ました。いえ、正確には2シーズンぶりのアオリイカ釣りです。事前の情報では型が大きくなり、そのかわり数が上がっていない、ということでした。大きくて数が少ない。痛し痒しとはこのことです。

須磨の純栄丸の船着き場に着いたのが午後4時。平日なのにほぼ満杯の14名です。人気のある釣りですし、釣る期間が短いとなれば仕方がありません。5時に船着き場を離れて軸先が西へ、塩屋から垂水辺りを流すようです。

   
明石海峡大橋の向こうに日が沈みかけて、いい時間帯です。

仕掛けは中オモリ20号でハリス3号を3m。その先にエギを、となるのですが、やはり色はオレンジ系かな、などと坂本さんと相談し合っていると船長の合図。水深は25mほど。

ボクは3,5号の黒、坂本さんはオレンジで、う~ん、周りの人もオレンジが多いみたいですがともかく仕掛けを入れて底を取ります。オモリが底に着いたらハリスの長さぶん巻き取ります。船長は30秒に一回ぐらいシャクリあげて、エギが海底から50cm~1mぐらいの間にあるようにといいます。これはムツカシイです

一投目、早くも同船者の声が上がって、「小さいけど」と言いながらタモで掬っています。うん、ビフテキサイズでした。実はボクにも底を取ったときにそれらしき反応があったのですが、竿先がフワリと軽くなりそれっきりでした。     

    
以後、一時間余り、シャクッてもシャクッても反応がありません。中オモリ式でアオリイカを狙ったことがほとんどありませんので要領が悪いのでしょう。周りでは2杯、3杯、4杯と数を伸ばし、ようやく竿先がグンッとしなって取り込んだのが写真のアオリイカです。エギは黒、、、、ですがここまで紆余曲折の道程、オレンジに変え、茶色に変え、白に変え、グリーンに変え、黒に戻ったところでこの一匹です。

     
根掛かりかと思ったと言いながら、アオリイカ初チャレンジの坂本さにもようやく一杯目がきました。いいサイズです。この日はおおかたが同長20~26cmありました。

世の中上手くゆくときは上手くゆくのですね。この後二人ともリズムよくポンポンと釣り上げ、でも、挫折が多いのも世の中の習いで、潮が緩み始め、結果、坂本さんが4杯、ボクは3杯で9時過ぎに納竿となってしまいました。

竿頭はたぶん10杯ほど。中オモリ仕掛けはエギのタナの取り方にウデの差がはっきりとでます。そう、ボクはシャクッていたら3杯釣れた。偶然が3度。そんな感じの釣りでありました。

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魚のあぶく~~鰯雲

2010年10月13日 | 無駄無駄庵日記



鰯雲。この雲を仰ぎ見ていると遠い昔を思い出すような、遥か未来へ連れて行かれるような不思議な気持ちになります。

            鰯雲記憶は母にはじまれり     伊藤 通明

記憶を辿れば、その記憶が自身を地平のかなたへと運んで行きます。過去にしても未来にしても。

さて、テレビのリモコンを握りながらエアコンのスイッチを入れようとします。電話の子機をとり、そこで行動がとまり誰に電話をかけるんだったかと空白が生まれます。風呂に入り、頭を洗い、体を洗い、うんっ、頭は洗ったかなと思い悩むことがあります。先日は昼食にうどんを食べながらテレビに向かってフウフウと息をかけ、うどんを冷まそうとしました。さすがにこのときは我に返りました。

いったい、何物が自分をそうさせるのでしょう。ボクを何処へ連れて行こうと云うのでしょうか。 by 歩く魚 

注:「魚のあぶく」はシリーズというほどのものではなく、俳人であり釣り仲間の「歩く魚」さんがツイッター的に書き始めてくれたものです。

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波太神社の秋祭り

2010年10月11日 | 無駄無駄庵日記

大阪府阪南市にある波太(はた)神社。正確な創建は分かりませんが927年に完成した「延喜式」には鳥取郷の総社としてその名が記載されているということのようです。その神社の秋祭りの様子をクラブの村上さんが伝えてくれました。所在地は阪南市石田。大阪からだと第二阪和国道、石田ランプから鳥取ノ荘方面への途中に位置します。以下がその内容です。


10月10日、雨上がり。家族で波太神社の秋祭りを見物してきました。この日は近郊の町々から13のやぐら(地車)が五穀豊穣を願って波太神社へ宮入りのため集まってきているとのことです。

         
本殿前はすでに大勢の見物客。

        
豪華な彫り物、垂れで衣装されたやぐら(地車)が曳航されて行きます。

        
やぐら(地車)の宮入りですが、五穀豊穣の成就ためには最後の難関、本殿前の石段登りが待ち構えています。

        

            
ここのやぐら(地車)の特徴は御所車のような大きな二輪であること。これで本殿前の上がり口の五段(落差1m)の石段を一気に駆け上がるのです。

このお祭りの最大の見せ場は石段登り。一気呵成に一度で駆け上がれば来年の豊作への吉兆。それを成し遂げた若い衆らの顔は涙でぐしゃぐしゃ。見物客も彼らと、そしてやぐらと一体になって歓喜の声をあげています。

この波太神社の勇壮な祭礼を最後にこの地域一帯の主な秋祭りも終焉となります。 by 村上 正志

 

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ハゼ釣り~~えっ、これがエサ!

2010年10月08日 | 無駄無駄庵日記

新淀川の河口近くで育った子供のころ、ハゼ釣りのエサは自分らで調達していました。近所の畑の土を掘り起こしミミズを引っ張りだしたり、引き潮には川原の石をひっくり返しゴカイを掘り、充分にエサを確保したころに潮が満ちてきて竹竿を振るという具合でした。

それが手近なエサの手に入れかたでしたし、大人になってもハゼのエサはミミズやゴカイというのが定番。いまでも出掛けるときはゴカイを買って、他に何が良いのかということを考える余地のないエサ選びでした。

あるサイトで、ハゼのエサには「ブラックタイガーの剥き身」「喰いはゴカイの3段上を行く」という文言に目から鱗、思わずフリーズしてしまいました。カワハギ釣りではよく使いますが、サイト全体の雰囲気、ハゼに対する諸々の説明など信用に足るサイトだと判断して、早速ブラックタイガーを買いに走りました。

         
この日竿を出したのも新淀川の右岸、阪神電車の鉄橋下辺り。少し前に夕方の込み潮を狙い、2時間で30匹ほど釣ったポイントです。

         
ブラックタイガーです。ハゼ釣りのエサをスーパーで買うなんてのはなかなかの経験です。ワンパック280円。いつも買う青ムシより20円安いですが、家内が訝るのも当然です。

斯く斯く然然であることを説明して実績のあるポイントに仕掛けを放り込みます。赤い浮きがピコンと立って、なんとなくいい感じ。エビはサイトの解説通り小指の先の半分くらいに切り、ハリ先を覗かせるように刺してあります。ただ、「氷水で〆る」とありましたが、スーパーの冷蔵棚から河原へ即移動ですから問題なしと判断しました。

         
午後4時、潮が込み始めて来ました。喰いの立つときは直ぐにアタリが出ますが、、、、、

5分、、、10分、、、と経過してもアタリが出ません。近くに居るオッチャン達は「アカン、喰わんワ」と言いながらでもポツポツと釣りあげています。家内が何か言いたげにこちらをちらちらと見ています。

仕方ありません。300円で青ムシを買って家内はそれで、ボクはブラックタイガーで、またもや10分、15分と経過して、その間に家内は12cmほどのハゼを2匹と手のひらサイズのキビレチヌを一匹。これは由々しき事態になってきました。

    
うちの家内です。

と、ボクのウキがスーッと沈んで、チョット横走りして、来ました来ました、ハゼがブラックタイガーに食いついて上がってきました。

     
待ちに待った、そして記念すべきハゼ君です。口のあたりの白いのがブラックタイガーの切り身です。

しかし後が続きません。同じポイントに青ムシで攻めてみました。少ししてアタリ。ククっと竿をしならせて同じサイズのハゼです。今度はブラックタイガーで、、、、、しかしアタリがでません。青ムシに変えて、アタリ。そんなことを幾度も繰り返しましたが、この日ブラックタイガーで喰ったのは一匹だけでした。

釣りに100%はありません。たとえハゼといえども同じです。初めて使うエサならなおさらのこと。チョットしたエサのつけ方、大きさ、身質の状態、そんなことの不慣れがあったのでしょうが、少なくとも「ブラックタイガー」で「喰う」ということを一匹のハゼが証明してくれたのであります。

 



 

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須磨沖でドラゴン連発

2010年10月06日 | 無駄無駄庵日記

仕事場仲間の坂本さんと「また行こう、今度はドラゴン」と固い約束をしていたタチウオ釣りに入ってきました。

9月27日。大潮から3日後の中潮です。深場は無理かなと思いながら須磨の純栄丸で船着き場を離れたのが空が明るんで来た午前6時。乗り合わせたのはボクラ2人以外に4名。まあ、好きなところにどうぞということで、ボクラはトモに座りました。


少し空が明るくなって出船。胸躍る時間帯です。

          
平日ですからお客さんは少ないです。全部で6人。いつもはくじ引きなのですが、この日はフリーに座りました。

                   
少し風があります。

ポイントの須磨沖まで20分ほど。水深は50m。やはり少し浅いです。テンヤは40号。鰯の尻尾を余すように針金を巻いて、いつものように底から20~30m上へとタナを探っていきます。コンと来たのが40m辺り。でもそれっきり。再び底へ落とし、また40m辺りでココンときてそれっきり。「追いが悪いなあ」と独り言を言っていると、30m辺りでゴゴンと竿先が入り、85cmほどのを取り込むことが出来ました。

坂本さんも同船者もほぼ同じラインで喰いつき、同じようなサイズのタチウオを取り込んでいます。ただ、そんなに喰いが立つということではなく、まあまあという感じです。

             
水深40mの所に船が移動して、坂本さんにメータークラスが来ました。まあ、小ドラゴンです。

その後、まあまあだった喰いが突然遠のき、アタリが途絶えました。船は幾度もポイント変え、そのたびに本当にポツポツと喰いつくという程度です。船同士の無線は「アカン、アカン」ばかりのやり取りです。ここまでボクの釣果はなんとか5匹。坂本さんは7匹です。

  
底の方で喰わせたという、メーターオーバーの中ドラゴン。指幅は4本ぐらいです。

          
これもメーター越え。長さの割に腹が膨れています。「こんなタチウオが旨いねん」と船長。

お昼前、風が凪いできて釣りやすくなってきました。水深55m。今日一番の深場です。テンヤを底に落として3mほどあげ、探りにかかったとき、クッと竿先に軽い反応が出て、ゴゴ、ゴンと竿ごと引っ張りこまれそうになりました。「お、お、デカイやん、さっきより」と声を上げて体制を整えます。「さっきよりデカイ」というのは指幅5本サイズかもというのを水面でバラしていたことを指します。
           
タモで掬って貰いました。1m20cm。ドラゴンです。腹幅は指5本を軽く余します。

    
横に持ってみました。このぐらいのサイズのタチウオになると獰猛さを増し、恐い顔つきをしています。

大きいサイズの群れにあたったのかも知れません。坂本さんも同時にメーター超えを上げ、ボクも続けてこれぐらいのサイズのをかけたのですが、口の皮一枚にテンヤが掛かっていて、タモで掬う前に残念ながらバラしてしまいました。

午後一時に竿終い。この日は同船者でもメーター越えをはじめ、1m10cmがあがり、数は思ったほど伸びませんでしたが、ドラゴン連発の一日でありました。

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関門海峡のアコウ&アラカブの旅~~走行1400キロ

2010年10月03日 | 無駄無駄庵日記

行って来ました、大阪から片道600キロ、往復1200キロの行程をものともせず愛車に鞭打ち(本当は鞭を打つと傷が付きますので鞭打ってませんが)、ちょっと寄り道もしましたので全部で1400キロほどを3日間で走行しました。まだまだ若いなあと感じてます。

そんな書き出しで、ガッチョこと酒井さんから釣行記が届きました。酒井さんは仕事の関係で東奔西走、その合間を縫って少し前は仙台の七夕祭りの様子を送ってくれましたが、今回は九州の表玄関、門司港から船を出したとのことです。ではその続きをどうぞ、、、、、

ずいぶんと以前から福岡の支店長から船釣りに連れて行って欲しいといわれていたのですが、何しろ距離があるのと福岡の様子がわからないので二の足を踏んでいたのですがついこの暑さに頭が浮かされて「よっしゃあ」と了解をしてしまったのです。

インターネットであちこち調べて良かろうと決めたのが門司港の「関門フィッシング」でした。さっそく電話を入れると奥さんが出て「うん?初心者二人?いまあんまり釣れてないんよ」とつれない返事、というか釣れない返事。まあ、我々が普段行く釣り船で予約のときに「釣れてない」という言葉はあんまり聞いたことがないのもので意気消沈です。

      

さて、9月25日朝6時に関門フィッシングのお店に到着しました。天気はちょっと曇り。まあ、暑くもなく寒くもなくまあ良いかなってかんじです。エサ(鳥羽あたりで使うウタセエビに似てます)と仕掛けで4500円。船の代金は一人5000円。それは船長に支払ってくれとのこと。うん?随分とシステムが違います。それに名前をいうとガッチョさんは元祥丸に乗ってくれと言われ船着き場に行くと客4人で満員の小さな船。その船に3人。本当に乗り合い船?と乗り合わせたもう一人の人に聞くと「そうですよ」と教えてくれます。ふうん、、、、?。

      
仕掛けです。よく見ると「夏用 アコウもOK!」と書いてあります。なんだか微妙な言い回しで、冬用のもあってもっと太仕掛けなのかもしれません。メーカーはハリミツ。兵庫県丹波にある会社です。

6時半過ぎに出港、エンジンがフルスロットルになる前にエンジンスロー。うん?故障か?とおもう間もなく船長から「はいやってみてえ」の合図。場所は関門大橋のほぼ下。言われて早速エビをつけて放り込みます。オモリは30号。仕掛けは全長2,5m。オモリの20cm上に1,2mの枝ハリス。ハリは丸海津17号の1本バリ。幹糸5号、枝4号とかなり大ぶりです。 

      
関門大橋。この橋の下がこの日のポイントです。釣れるかなあ、、、、

まもなく同船者の方にチャリコが釣れました。あの大きなハリにしかも5cmはありそうな大きなエビに手のひらに収まるようなチャリコが?なんで?どうやって?と疑問が湧いてきましたが黙っていました。私にはアタリさえなかったからです。それにしても、今日の狙いはなんやったかな?確かマダイとかアコウと言うてたな。そやからこの大きな仕掛けは理解できますが、出船から5分。釣れるのはチャリコ。ちょっとこれは手強いなあと感じ始めたところで場所移動。しかし関門大橋を潜りぬけて直ぐに船長の「はあい、やってみてえ」。今度も同船者の方にちょっとましなカスゴです。そこでふっと気が付きました。そうかここではチャリコもカスゴもマダイというんやってね。 

       
同船者の方にアコウが来ました。釣った魚を嬉しそうに眺めています。とても良い表情ですね。こちらも嬉しくなってきます。 

      
支店長の神田さんです。これはアラカブ。関西ではガシラ。

      
酒井さん。アコウを釣って一息ついた感じです。

8時半ごろから風が吹き出して少し釣り辛くなってきましたが船長は気を遣ってか盛んに場所移動を繰り返します。どこへ移動しても水深は20~25mくらいです。それでも3人にアコウは1匹づつ。ほかにアラカブ(ガシラ)、チャリコ、キス、と釣れてまあまあ半日を楽しく過ごせたとは思います。大した釣果ではなかったけれど、ふっとこんな詩を思い出しました。

           朝焼け小焼けだ 大漁だ
           大羽いわしの大漁だ
           浜は祭りのようだけど
           海の中では何万の
           いわしの弔いだすだろう

金子みすずの詩ですね。

他の生物の命を奪って自分の生命を維持するという悲しい宿命を感じながら、だからこの程度の釣果が一番いいのかな。これからも大切に釣った魚は大切に頂こう、などと考えながらやがて600キロの道程を走行して大阪へと帰りました、、、、、。ああ、しんどかった。  by ガッチョ

注:緑文字、写真のキャプションは南村が付けました。

 

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桂川の河川敷を散策~~秋です

2010年10月01日 | 無駄無駄庵日記

月に数回、阪急電車京都線で四条河原町まで行くことがあります。途中、桂川を渡るのですが、左の車窓から川を眺めると小さなワンドがあり、そこに釣り台がいくつか設えてあるのが見えます。

いつも平日なので滅多に釣り人を見ませんが時に一人二人が竿を出していることがあります。カメラを持っておれば散策を兼ねて途中下車でもと思うのですが、、、、、。

で、先日、カメラを抱えて行ってきました。西京極駅で降りて、川の堤を登ってワンドへの草道を踏み分けて、、、、でも、だれもいません。


実はここのワンドは4~5年前に一度来たことがるのです。その時はヘラブナ狙いの釣り人、バス狙いの若い衆でけっこう賑わっていました。

フナ釣りはまったくの素人です。でも、ごたぶんにもれず竿を出している人と話をしたりするのはオモシロイし、その魚がなんであれ、オッオッと竿が曲がるのを見ると気持ちが昂ぶります。

う~ん、この時期、フナはシーズンオフなのでしょうか。

このあたりは河川敷になっていて川に添って菜園が続いています。下の写真は堤に咲いていた花。ハギに似た感じがしないでもありませんが、何という花なのでしょう。

                          
堤に添って先乱れていました。

                          
紫の花に紫の茄子。「親の意見と茄子の花は千に一つの仇はない」.。茄子は花が咲けば必ず実が成ります。親の意見には無駄がない、という至言。いまとなっては身に沁みる言葉です。

                          
ツユクサ。秋には紫や青の花がよく似合います。

                         
なんでしょうか?????

                         
ああ、これはヒッツキムシです。子供の頃はそう呼んでましたがオナモミ(オオオナモミかも)ですね。この植物をヒントにマジックテープが発明されたとのことです。

            
トウガラシ、、、、?

            
オクラの花。実はすでに収穫されていました。

            
里芋畑。向こうに見えるのはたぶん、嵐山。

            
木の実が枝に引っかかって、爆ぜています。

            
ヨウシュウヤマゴボウ。図鑑を見て初めてその名を知りました。すり潰した実はかつて赤インクに使われたとか。

そんなこんな、結局釣り人とは出遭いませんでしたが河川敷を吹き抜ける風は意外と冷たく、爽やかな秋の到来を実感したひと時でありました。

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