無駄無駄庵日記

釣って釣られて釣れ釣れ日和。
無駄を重ねて日が暮れる。

沖釣り一番・カワハギ研究会

2010年01月29日 | 無駄無駄庵日記

今回はクラブの行事のひとつ、研究会の報告です。毎月の例会の他に、年に一度か二度、予定より余分に釣りに出掛けるための名目的なものではありますが、れっきとしたクラブの行事なのです。研究の相手は、カワハギです。参加者13名がそれぞれの知恵と工夫を活かして、難敵カワハギを攻略しようということなのであります。

1月24日、お世話になったのは和歌山県美浜の福丸です。13名が2船に別れて船に乗り込みました。

         みんな準備に余念がありません。カワハギに熟達した人、熟達したつもりの人、付け焼刃的に、それでも攻略本を懸命に読み覚えた人、何とかなると無手勝流、はたまた無我の境地に近い人、誰がどうとかは言いませんが、それぞれを乗せて、午前6時、船が港を離れました。

目指すポイント、上野沖まで40分ほど。わずかにウネリが残る程度でこの時期にしては波立ちは穏やかなほうです。ただ、ボクラが乗った船は小型なので、けっこう揺れます。揺れるとカワハギの微妙な反応が判りづらいのです、と言えるほどのウデはしていませんが、、、、、だから、研究会なのです。

        矢田さんです。準備万端、ポイントに着いて、ピースピースで研究開始です。

                 彼の仕掛けはテンビン仕様。キス釣りと同じ要領でカワハギのアタリを取ろうというモノです。クラブ内でもこの仕掛けを使う人はけっこういてます。仕掛けが底を這うわけですから、従来の這わせ釣りに近い効果があるようです。エサはアサリ、マムシ、エビ、いろいろ使い分けています。とりあえず、一匹です。 

       吉田さん。彼もテンビン派です。いわく「叩き釣りとか言うて、竿をあんなに忙しげにシャカシャカ揺するのは性に合わん」とかで、テンビン一筋。エサもマムシ一筋で、2センチぐらいに切ってハリに刺してました。4匹釣りました。

この辺りの水深は40~50m。深いです。そしてアタリというか反応は極端に渋いです。船は懸命に潮上りを繰り返しますが、そのつど仕掛けにはエサが残ったままです。

ボクはアサリの剥き身とブラックタイガーの切り身に味の素を振りかけたモノを使いましたが、どちらも同じ反応です。仕掛けは胴突き仕掛け。ハリ数は4本。ハリは丸セイゴ、喰わせタイプの7,5号。ケミホタルをつけたり外したり、中オモリをつけたり外したり、叩いたり、弛ませたり、誘い上げたりしますが、カワハギの気配が伝わって来ません。なおもエサはそのままです。

   ミヨシに座っていた森崎さん、胴突きです。エサはアサリとマムシ。このときはどっちだったのかな。道中の釣り具屋で買い足した仕掛けは、ダイワのスピード。サイズは7,5号。研究のし過ぎか、気合いが漲っているのか、ともかく眼光鋭く、目が笑ってません。でも、23cmぐらい、いいサイズのカワハギです。

         ボクにもなんとか来ました。エサはアサリです。ゼロ匹と一匹の間には永遠の差が有るとか、ここからが数の始まりです。でも、ついにこの一匹でお終い。こんなことは滅多にあるものではありません。

僚船には今井相談役と釣りサンデーの田中さんが乗ってますが、いずれも苦戦を強いられているようです。カワハギに食い気がない、釣れないのはなぜなのでしょう。水温? 潮? 彼らの気まぐれ? こちらの未熟?、、、、ちなみに、このブログによく釣行記を寄せてくれるカワハギ釣りの名手、浅井さんでさえ6匹と惨敗。またもや研究の余地を大いに残したたままの研究会でありました。

            今井相談役と釣りサンデーの田中さん夫妻。キビシイ状況下、奥様はカワハギを3匹。旦那様は、、、、、でした。ともかく、この日は極端に釣れなかった、のです。笑顔ではありますが、、、、。


          で、これらは、当日の小さなゲストたち。左上から、エソ、その下が名高いキタマクラ。猛毒、触っただけで死ぬとか、、、、。そしてトラギス。右上はイトタマガシラ。初めて釣りました。イトヨリダイ科の魚。これで20cmほど。成魚のようです。下はサクラダイ。これが和名です。身体にサクラの花びらのような斑点があるのが雄で、だからこの名がついたのですが、写真のは雌雄が判りづらいです。一番大きいのは何でしょう。テンスモドキかなあ?

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ビッグフィシング収録・半夜のメバル

2010年01月26日 | 無駄無駄庵日記

半夜のメバル釣り、本来なら3月の初めごろにシーズンに入るのですが、この日1月22日はサンTV「ビッグフィッシング」の収録。船宿は須磨の純栄丸。前にこのブログで紹介した17日の釣行はいわば下見でした。で、今回は和田さん、久保さん、ボクの友人の坂本さんとの4人。他に常連さんが3名。

        真ん中の赤い建物は、和田岬灯台。地元の人たちには「赤灯」で親しまれています。この灯台は、1867年(慶応3年)幕府と英国の間で結んだ大坂条約に端を発し、初代の灯台は1871年(明治4年)の完成。2代目となるこの「赤灯」は現存する日本最古の鉄製灯台で、国の登録有形文化財。1964年(昭和39年)和田岬から、ここ須磨海浜公園に移設された、とのことです。写真は純栄丸の船着き場からのもの。

         純栄丸の船着き場。今日は凪です。メバル凪というやつです。

船着き場を出たのは午後4時過ぎ。仕掛けは胴突き3本バリ。ハリスは1号。ハリはメバルの6号。いつもは自分で作るのですが、時間がなく今日は既製品です。オモリが20号。須磨の魚釣り公園の沖が最初のポイント。水深は15mほど。エサはシラサエビ。ミヨシに座った常連さんの一人、中垣さんに船中一匹目が来ました。続けて2匹目、3匹目、おっ、おっという感じで5,3mの磯竿が綺麗に曲がっています。「あの人なあ、名人やで、どうしょうもないくらい上手いもん」と船長が呆れています。

                     鉢伏山です。神功皇后が朝鮮遠征の帰路この山の頂に兜の鉢を埋めた。あるいは、こんもりとした山の姿が鉢を伏せたようなので、この名が付いたといわれています。標高は240m。ちなみに、鉢伏という名の山は全国で20ほどあるようです。

       久保さん、メバルを釣ってカメラに向けポーズを取っています。 

  やがて日が暮れて魚釣り公園に灯りが点りだしました。いよいよ、本番なのですが、凪だったのはこのころまで。急に風が強く吹き出し、波が高くなって来ました。

メバルは凪の日がよいというのは、波立ちが激しくなると、泳ぐのがあまり上手くないメバルが岩場の穴に避難してしまうので釣り難くなる、そんなところから来ているようです。でも、中垣さんにはそんなことは当てはまらないようで、ね、、、、、、  

   中垣さん3連です。この後も勢いは止まらず、ぶっちぎりで15匹の釣果でした。

  和田さん、かなりの良型。25~6センチはあるでしょう。エサは青ムシです。

  南村。なんとかダブルで釣り上げましたが、それっきりで後は続かずでした。1000円で買った青ムシは300円分ぐらい使っただけで、ほとんど残りました。

さて、いつものことながら、ビッグフィッシングでは一足早いニュースを伝える、ということなでこの時期では充分な釣果というわけにはいきませんでした。でも、なんとか、番組の収録は無事に終わりました。 えっ、それぞれの釣果ですか?それは、まあ、そこそこというか、こんなもんというか、アカンやったというか、、、、ともかくそんな言葉でしか伝えようのない釣果でありました。              

 

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白石グリはハマチでしたあ~!

2010年01月23日 | 無駄無駄庵日記

「年が明けたらマダイを釣りに行こう」「寒さが極まったらタイがよう釣れるで」「行き先は日本海、丹後半島沖の白石グリ」「でもなあ、海が荒れるしなあ、、、、」「船が出るんかいな」とそんなこんなでハナシが纏まって、1月19日に白石グリへ行ってきました。この時期にしては滅多にない好天気。ベタ凪といっていいでしょう。お世話になったのは、西舞鶴の秀吉丸。メンバーは塚本さん、久保さん、とボクの3名で、今日は乗り合い船。全員で8名です。

   半島の山々には雪が積もっていますが、本当にいい天気です。右の写真。山の中腹に白く見えるのは経ヶ岬の灯台です。

ボクはすでに初釣りを済ませていますが、久保さんは船での釣りは今日が初釣り。正月の2日、3日と和歌山県白浜のイカダで竿をだしたようですが、とんでもない強風のなか、二日間ともなんのアタリもなく、おまけに竿袋やパイプ椅子を風に飛ばされ散々な目に。塚本さんは北海道から取り寄せたタラバガニを正月にたらふく食べて、ああ、旨かった、、、、でも、夜中に腹痛と下痢。そんな二人は「災難」を引きずっているのかどうか、船がイカリを降ろして、颯爽と釣り開始であります。

釣り方はテンビンフカセ。エサはオキアミ。ハリスは夢と希望を託した、8号。長さは15m。ハリはマダイの12号。大ダイの口は大きいのです。水深は90mほど。オモリは60号。潮は少し早いですが、東の方向に流れる、本潮。うん、いい潮です。

  3~4回仕掛けを打ち返して、ゴンッとしたアタリ。塚本さんにも同時にアタリ。よっしゃあ~、と声を上げたのですが、引きがマダイのそれではありません。ハマチです。しかも、ダブル。チョット不穏な出だしです。

 トモの久保さんもハマチ。これもダブルですが、すでに何回目かのダブル。写真の顔がなぜかはじけていません。

 やっと、マダイが釣れて、ね、どう、見て、という感じの顔です。でも、、、、

マダイのタナはハマチより下。でも、釣れるのはハマチ。誰かが取り込んだハマチが足元に転がってきて、「これ誰のハマチ?」と聞いても返事がありません。自分のと違う、という顔をして、3人ともまたもやハマチを釣り上げ、そろそろ夕まずめ。いつもなら、ここでマダイモードに突入するのですが、あきません、だめです。

 久保さんとボクのクーラー。調子の出なかった人達にハマチをお裾分けしてもこれだけ残りました。燦然と輝いたマダイは久保さんが釣ったモノです。

日が完全に沈んで、タイムアップ。本命のマダイが釣れなかったのは今日が初めて。ハマチばかりが釣れて、結局これって、「災難」を引きずった、ということになるのでしょうか?

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半夜のメバル釣り

2010年01月21日 | 無駄無駄庵日記

そう、早くもメバルの半夜釣りのニュースです。情報と写真を送ってくれたのはクラブの森崎さんです。船宿は須磨の純栄丸。昨年ボクが出掛けたのが3月の初めでしたから、ほぼ2カ月ほど早い半夜釣り。以下がその様子です。

1月17日、須磨(兵庫県)の純栄丸で半夜のメバル釣りに行って来ました。メンバーは植田さんと和田さんの孫の龍之介君です。龍之介君は小学2年生。最近お爺ちゃんに竿とリールを買って貰ったとかで、魚釣りが大好きとのことです。

出船は午後4時。最初のポイントは海釣公園沖の水深20mほどの浅場。エサはシラサエビ。仕掛けは、胴突き3~4本バリ仕様。昼間の釣りならハリスが0,8号が一般的ですが、夜は1~1,2号でも喰いに変わりはありません。

船が潮に乗って2~3度流し始めたころからポツポツ喰い出して来ました。龍之介君にもグッドなメバルが釣れ、お爺ちゃん(和田さんです)にも釣れ一安心?です。

 龍之介君、なかなかやりますね。魚を持ったポーズも決まってます。右が龍之介君のお爺ちゃんの和田さんです。二人であちこちへ釣りに出かけているようです。

日が沈み薄暗くなってきて船が須磨の赤灯台の沖に転進しました。エサは青虫と併用で仕掛けを入れます。船長が「底から3m上げて」と指示があり、何度か流しているといいポイントに入ったのか入れ喰いです。ここでは植田さんも次々竿を曲げ、あっと言う間に納竿となってしまいました。

 森崎さん、ダブルです。この時間帯はまだシラサエビで喰います。

 植田さん、いいサイズですね。そろそろ日が暮れて、青ムシにチェンジという頃でしょうか。

 植田さんと森崎さんの釣果です。シラサエビと青ムシとではハリ掛かり(合わせ)のタイミングがちがうようで、そこが半夜釣りの面白さでもあります。

この日のメバルのサイズは20センチ前後が多く、釣果は私が18匹。植田さんが6匹。和田さんが9匹。龍之介君は惜しくも1匹でしたが、スジの良さはお爺ちゃん譲りのようであります。  by 森崎正義

 

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神戸・南京町

2010年01月18日 | 無駄無駄庵日記

少し前、お正月明けの4日ですが、阪神電車を元町で降りて南京町へ行って来ました。家内が目指すのは昭和26年創業の「元祖ぎょうざ苑」のじゃじゃ麺と餃子です。餃子は秘伝の味噌ダレを酢と醤油で溶いて食べます。ピリ辛ラー油と違い甘味があって美味しいのです。じゃじゃ麺はきし麺のような平打ち麺にピリ辛の肉味噌がのっていて、これもいうことなしに美味しいのです。

   南京町の楽しさは買い食いにあります。じゃじゃ麺の後はカラアゲ、ブタマン、チマキなどなど食べ歩きです。でも、、、、

南京町の東の端にある長安門をくぐり、混雑した人通りを抜け、中央の広場を右に見て、あっ、そうそう、この広場に豚饅で有名な「老祥記」があるなと思いつつ、なおも人混みを避け、いざ「ぎょうざ苑」へ、、、、、と、だれも並んでません。シャッターが下りて、本日定休日の張り紙が貼ってあります。

  これ、このとおり、「ぎょうざ苑」(左)は閉まっています。ここと「老祥記」は南京町に行くと必ず立ち寄る店です。

「え、ええ、えええ!」を何回言ったでしょう。「なんでやねん」「なんでやねん」の連続でしばし店の前で佇み、茫然、、、、。こうなれば豚饅です。「老祥記」です。でも、ここも不穏な気配、店頭に張り紙があり、広場の向かいのなんたら云う店で販売しています、とのことです。振り向くと、長蛇の列。豚饅に辿り着くには40分はかかるでしょう。

何処の店も列ができていますが、何処でいうこともなく比較的空いた列を見つけ並んでいると若いお兄さんが素早くオーダーを取りに来ました。「小籠包とフカヒレラーメンがおススメヨ」、「じゃあ、それください」と言うと、前払いでお金を受け取って行きます。並ぶこと数分、小籠包がパックに入って手元に渡され、それを食べながら並び、食べ終わった頃は列の先頭、そこでフカヒレラーメンが手渡され、なんとも流れ作業のよう、段取り良く両方がお腹におさまって、ああ、美味しかった、いえいえ、ホンマに美味しかったのです。

  左の写真「世界チャンピオン」のブタマン、手のひらの窪みに収まるサイズで1個90円。旨いけど、小さいでぇ~~。

カラアゲを買って、ゴマ団子を喰って、ソフトクリームをぺロリと食べて、う~ん、なんだかなあ、神戸はクラブの人がぎょうさん居るし。誰か知ってる人に出会うんちゃうか。ときに、ひょっこり出会う宮野さんがうろついてへんか、と、嫌な予感に振り向くと、おっ、おおう、、、、、、

                やあ、どうも。てな感じでご挨拶。

宮野さん、と見まちがうこれは南京町の人気人形、、、。 と、まあ、今回はこのオチを目指してここまで書いてきたのでありました。

今年の南京町の春節祭は2月14日~21日。また、でかけますよ、宮野さん。

 

 

 

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どんど焼

2010年01月15日 | 無駄無駄庵日記

1月15日は1日の大正月に対して、小正月。どんど焼の日です。歳神さまを迎えるための注連飾や正月の歳時に使った物々を火にかける日です。我が家は大層な飾り付けはしませんでしたが、注連飾(今年も雀が啄ばんだアレです)と、隣に住む姉の家の諸々を住まいの近くの姫島神社(大阪西淀川区)で焼いてもらうことにしています。

朝早く、仕事に行く前、姉のところの飾り物と一緒に紙袋に詰め自転車で出掛けました。「寒ッ、無ッ茶苦茶 、寒ッ」。冷た(冷た過ぎます)い風に晒されるとなぜか涙が出ます。涙が出ると鼻水もでます。ハンドルを持つ手がすぐに悴んで、指先の感覚が麻痺してきます。神社の脇に自転車を止め、大鳥居を潜って正面が本殿。その横の、ちょっとした地所に笹竹を4本立て、注連縄で囲った真ん中にどんど場が設えてあります。

                                どんど焼、地方によって言い方が異なりますが、左義長のことです。14日の夜から15日の朝に行われる小正月の火祭りのことです。門松や注連飾り、書き初めなどを家々が持ち寄って火にかけ、その年に迎えた歳神さまを高く上がる炎とともに見送るとされています。

囲いの中は神域です。一礼をして、つまりそれはどんどの炎に一礼をして、飾り物や歳時に使った物を投げ込む人。神主に託して燃やしてもらう人。母親に手をひかれた園児や、大きな袋からはみ出さんばかりの飾り物を引きずりながらやってくる人。それぞれが無事に正月を迎えられたことへの感謝と、この一年の無事を願って集まってきます。

  一つのお飾りが投げ込まれると、直ぐに炎に包まれ、また一つ入れられると同じように炎に包まれます。一つの物が全てとなって一つの大きな炎となり、燃え盛っていきます。注連飾に付いてある橙もそのまま入れます。橙には、代々家が続きますようにという願いが込められているとのことです。 

                                

14日付けの朝日新聞の「天声人語」に「古代人にとってオレンジ色は特別な意味を持っていた。それは、恐ろしい闇を追い払ってくれる朝日の輝きであり、暖をとり、獲物の肉を焼くたき火の色だった。喜びと幸せの色だ」とありました。この日のどんど焼のオレンジ色の炎も然り。歳時に訪れた人たちは、アニミズム的な心持を素朴に蘇らせたかもしれません。

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華やいで、初釣り

2010年01月13日 | 無駄無駄庵日記

1月10日、初釣りに行って来ました。例年より平均で4日遅く、昨年より3日遅い、などという統計があるわけではありませんが、年ごとに出かける日が遅くなり、それが歳のせいなのか、今年の寒さが特別なのか、ともあれ、以下がその顛末であります。

行き先は和歌山県新宮の三輪崎港。大阪から片道約250キロ。じゃあ、行ってきまぁ~す、という距離ではありませんが、この辺りは熊野台地が北西の風を遮り、波立ちを抑えてくれ、年明け早々の停船の憂き目を避け、地の利をいかしたハッピーな釣りが高確率で出来るという、そのための辛抱の距離なのです。

  この日のメンバーは和田さん、森崎さん、浅井さんとボクの4名。以外にも風がなく、穏やか。外海も穏やか。まさに初釣りハッピーって感じです。

港を出たのが午前7時。狙う魚は、アマダイとイズカサゴ。ワイルドキャット号の服部キャプテンは「年末から年明けにかけ、北西の風が強く吹くにつれて喰いが上向いてきましたよ」と、言いながら船の軸先を浦上沖へと向け、まずはアマダイ釣りです。

キャプテンが舳先からシーアンカーを入れて、いよいよ釣り開始。仕掛けはテンビンの先に5号ハリスを3m取って、ハリ数は3本。ハリはマダイの10号。エサはオキアミ。オモリが80号。水深は90m。仕掛けが底に着いたら、出来るだけ高く竿を振りあげて、ハリスをヒラヒラとさせ、それが誘い。

 和田さんの一投目はカナガシラ。子供の食べ初めの儀式にも使われる縁起物、めでたい魚です。

 続けて、チカメキントキと本命アマダイのダブル。アマダイは38cm。立派なサイズです。

和田さんがぶっちぎりの出だしですが、仕掛けバッグをふと見ると和田さんにしては見慣れないモノが入っています。バナナです。3本あります。パンも、それも甘系のカスタードクリームパンです。チョコレートだってあります。ブルーの箱には横文字が書かれていて、高級品。う~ん、なんだか遠足のオヤツです。普段の釣りと違いますが、違うのは初釣りの嬉しさというか、華やいだ気分のせいかもしれません。実はボクもこの日は普段にない物、グリコのプリッツ(サラダ味です)と明治のきのこの山を持ってきています。プリッツポリポリ、きのこきのきの。なんのこっちゃで嬉しいのですよ、初釣りが。

 森崎さん。アマダイ釣りは初挑戦。44cmのビッグサイズを釣り上げました。で、彼もニコニコとバッグから取り出したのが、トロピカルフルーツキャンディーの大きな袋。いつもはコンビニのおにぎりだけやで、と言いますからやはり華やいでいるのですね~。この後、森崎さんはトロピカルパワーでアマダイ35cmも釣り上げました。

 浅井さんも負けてはいません。チョコチップメロンパンに薄皮アンパン。ベーコンチーズマヨネーズパンにブルボンのガトーレーズン。モグモグ喰って仕掛けを入れ、モグモグ喰ってアタリを取り、33センチほどのアマダイです。

この浦上沖で2時間ほどやりましたが、アマダイの姿を見ていないのはボクだけです。ただ、30cmほどのイズカサゴを釣りあげ、まっ、良しと言う感じでポイント移動。キャプテンが用意してくれた生きアジで根魚を狙いましたが残念ながら音沙汰はナシ。それではというので今度は井田沖に転進し、再びアマダイ狙いです。

 魚見聞録④に書いた、念願のイズカサゴです。どう、見て見てという感じでパチリと撮ってもらいました。

 ここにきて、やっとアマダイが釣れました。ああ、嬉し。42cmありました。時間は午後2時。プリッツもきのこの山も食べつくし、貰った薄皮アンパンも高級チョコレートも食べてしまい、トロピカルフルーツキャンディを口に入れながら、なんとか納竿間際のアマダイでした。もう一回言います。ああ~嬉し。

では、最後に竿先をプルプルと震わせた小さなゲスト達の紹介です。

 左の列上から地元ではヒメコダイ、ヒメ、オキトラギス、ヒメジ、イソベラ。右列の下からキダイ、アヤメカサゴが2匹。で、その上の魚は???タマガシラ?。ボクは初めて釣りました。

いずれも10数センチ。エサ取りだと言えばそれまでですが、こんな魚がやあやあと顔を出し、初釣りを賑やかにしてくれました。

と、まあ、そんなこんなで初釣りが終わりました。この日いちばん華やいだのは浅井さん、アマダイ4匹。和田さんが3匹。森崎さんは2匹。ボクは1匹。釣果の如何にかかわらず、初釣りらしく普段にない楽しい一日でありました。ちなみに、バナナは食べてません。昔々、モンキーバナナを食べて船酔いしたことがあります。

 

 

 

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魚見聞録④イズカサゴ

2010年01月10日 | 無駄無駄庵日記

読者諸兄は写真の魚をなんと呼んでおられるのだろうか。体色は緋色というかオレンジ。口は大きく、ガシラにそっくり。鰭に強い毒棘を持つといわれ、水深100~200mの根が点在する砂泥地にいる。

            43cm。08年3月に紀伊水道クロゼで南村が釣った一匹。堂々としている、、、。この正月からPCのトップ画面(壁紙)にしています。

え、オコゼ、と呼んでいるのですか。いや、オニカサゴ。いやいや、オコゼガシラ。ふ~ん、オニオコゼとも言うのですか。オキオコゼ。そちらのかたはアカオコゼですか。いろいろなんですねぇ。この魚の和名は、イズカサゴ。カサゴ目フサカサゴ科フサカサゴ属のイズカサゴ。漢字を充てると「伊豆笠子」。伊豆半島に多く棲むから「伊豆」。「笠子」は「瘡子」とも充て、笠を被ったように頭部が大きく、また表面のざらつきが瘡蓋のようでなので、「瘡」の字を充てる。(「子」は接尾語として、小さいモノ、劣ったモノという意味もある)

カサゴの仲間は見分けが付きにくいが、イズカサゴは背鰭、胸鰭、尾鰭に小さな丸い黒点が多数あり、その周囲が赤く滲んだようになっているので比較的によくわかる。先のように呼び名がいろいろあって、ボクラもオニカサゴとかオニ、ときにはアカオニと呼び、人気の高い魚。

               和田さん、09年4月、新宮の沖で釣ったイズカサゴ。35センチほど。今年も出掛ける予定とのこと。

人気のわけはなかなか釣れないこと。すこぶる美味なこと。風貌が厳ついこと。そして、この後は個人的な感想だが、その紋様というか、身体の色が鮮やかでありながら、美醜をいうなら、醜であること。胸鰭を張り、背鰭を付き立てた風貌はその面構えとともに威厳に満ち、なおかつ臆することなく醜である。これは畏敬に値する存在。釣りあげる度にその思いが強くなる魚だ。

      これも08年3月の釣行。仕掛けはテンビン仕様。エサはサバの切り身、イワシ、キビナゴ、イカの短冊、ワカサギ(これはウッカリカサゴがよく釣れた)などを試した。なかでもヒイカでイズカサゴを3匹釣った。

伊勢神宮の禰宜を務めた矢野憲一の著書「魚の文化史」(講談社刊)にオコゼと山の神について触れた項がある。それによると、古人の山の神の祀り方は農民、山民、漁民など信仰する人々によってさまざまだが、山の神にオコゼを供え、山の神の機嫌を伺い取り、災いが起こるのを防いでもらう地がある、と書いている。

機嫌を伺うというのは、山の神自身がひどい醜女で、オコゼをみると「ああ、我よりなほ醜い生き物が居るのか」と安寧の境地に達し、それを供えた者達に施しを下されるとされているから。

そんなの信仰だよ、といえばそうだが、そしてこのオコゼはイズカサゴかどうかは不明だが、いずれオコゼは醜さを越す醜さ。イズカサゴもまた然り。神様を納得させるほどの威厳に満ちた風貌ではある。

さて、1月、怖いほど青々と空が澄み渡る日、そんな日にこの魚を狙って船を出してみたい。

     冬の日の単線に棲む魚赤し

これはボクの俳句。「単線に棲む」とは鄙びた地に棲むということ。その地から見渡す沖の海底に緋の色の魚、オコゼが暮らしているのだ。海底の岩陰に身を置き、近付いてくる獲物を一瞬に咥えこむ。そしてまた、辺りを睥睨するように悠然と棲みかに戻って行く。

         毒棘に注意。魚バサミは必携品。08年3月。クロゼにて。これも40cmを超えていた。

ところで、小西英人の「遊魚漫筆」によると、イズカサゴは長寿の魚。耳石による測定では、10歳ぐらいまでは成長が早く、30歳以上になると成長がとまり、測定個体では34cmになるのに42年もかかっているとか。この写真のイズカサゴは08年に紀伊水道クロゼで釣ったもの。大きさは43cm。この大きさ、果たして何歳になるのだろう。50年、いや60年。だとしたらボクとほぼ同い歳。60歳にしてこの風貌。ふやけ切ったボクの人生とは実力が違う。釣りの対象というより、存在そのものが凄い。ますます好きになった。

注:この「魚見聞録」は南村が2008年4月より「週刊釣場速報」に月一回連載したものです。同じペースでこのブログでも紹介してゆきます。

 

 

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七草粥って

2010年01月07日 | 無駄無駄庵日記

1月7日、今朝は七草粥を食べ、無病息災を願う日です。せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ、が七草ですが、処によっては必ずしもそうではないようです。要は、初春の野山から摘んできた瑞々しい野草の生命力を身体の中に取り込み邪気を払うということのようで、この歳時は平安朝の貴族たちに始まったようです。

            俎板の上の七草。左から、せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずしろ・すずな。

邪気を払うにはただ食べるだけでは効果がうすいようで、古来、七草を刻む時は俎板に乗せ「七草なずな、唐土の鳥が日本の土地に、渡らぬさきに、合わせて、バタクサバタクサ、、、」と囃しながら包丁で叩くといわれています。ボクは子供のころ、婆さんが叩きながら唱えていた記憶がかすかに残っています。   

囃しながら何かを作る、料理を作るなどは日ごろのことではありません。かつては多くの家々で家族が集まり、笑い声を上げながら大声で、そして神妙に囃し立てていたのでしょうか。そう思えば愉快ですね。佳き昔、という感じです。

      せりなずなごぎょうはこべら母縮む  坪内稔典
      ほとけのざすずなすずしろ父ちびる   〃 〃

で、こんな俳句はどうでしょう。ね、愉快ですね。囃し歌の気分で唱えてみるとなおさらです。でも、母は年老いて縮み、父はすり減ってちびた存在になるのです。そこが切なくもあり、七草といえばこの句を思い出してしんみりしています。

ちなみに、今日は人日(じんじつ)でもあります。古来中国では正月の一日は鶏を、二日は狗を、三日は羊、四日は猪、五日は牛、六日は馬、七日は人、八日は穀を日毎の天候で占い、皆が清明温和なら蕃息安泰の兆し。陰寒惨烈ならば疾病衰耗の兆しとしたようです。で、七日は、人の日で「人日」。この日は人形(ひとがた)を作ってまじないにしたり、屋内にいては凶事に合う、と丘に登ったりしたとか。そんな厄払いの一つに七種の野菜を入れた熱い吸い物を食べる習慣があり、それが日本に伝わり七草粥になったとのことです。

ともあれ、七草はスーパーでパックに入って売られています。写真の七草は一パック290円。仮にこれを野山に摘みに行くとすれば、根性をいくら入れても手にすることは不可能です。ましてや290円だなんて、、、、。たまさか、これが七種の魚だとしても、そして釣り人といえども時期に合わせて揃えるのは無理です。やはりスーパーで「春の七魚切り身セット」なんて~えモノを買うということになるのでしょう。簡便にそして形骸化したからと言ってこの歳時を遠ざけなくてもいいのでは。七草粥を食べて(七魚切り身セットでも)、歳時そのものの神妙さとか楽しさを味わえば良しなのではありますまいか。お正月、過ぎた酒で弱った腹臓を休ませるためにも、、、、。

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すみよっさんへ初詣

2010年01月04日 | 無駄無駄庵日記

今年の初詣は2日に大阪住吉区にある住吉大社へ行って来ました。家内と娘と三人。大阪の人は「すみよっさん」と親しみをこめて呼んでいますが、全国約2300社の住吉神社の総本宮なのです。祭神は海の神としての底筒男命(そこつつのをのみこと)、中筒男命(なかつつをのみこと)、表筒男命(うはつつをのみこと)の三神と神功皇后です。

クラブの行事としての初詣、という言い方はへんですが、毎年二月の総会終了後に神戸の生田神社へ出掛けます。そこは縁結びの神さんとして名高いのですが、神功皇后が新羅の国へ遠征されたとき、その吉兆を占うのに釣りをされ鮎がかかった釣り竿、神功皇后釣竿の竹というのがあります。

ともあれ、日ごろの不精を棚上げにしての神頼みです。海の神々に礼を尽くして大漁願いです。南海電車の住吉駅を降りてすみよっさんまで、普通なら10分ぐらいで本宮に着くのですが、この日は30分以上かかりました。太鼓橋を無事渡り、人また人の参拝客。家内と娘が賽銭を投げるのですが、遠く届きません。あれよあれよと人波に押されていると、、、、「すみよ~しさまのぉ~」という唄声に合わせて「イヤ~ホエ」という掛け声が聞こえてきました。

住吉踊りです。五穀豊穣、民の栄を願って中古以来住吉神宮寺の社僧によって伝えられた歌と踊りです。

  前口上。住吉大社や住吉踊りの縁起を話しています。僧ですから着ているのはあの一休さんと同じ装束です。踊り手の前座は童女、小学生です。

  「すみよ~しさまのイヤホエ、、、あらおもしろの神踊り、、、」と唄い出し、手足を高々と上げ、リズムに合わせて踊ります。この写真の踊り手は真打。童女の初々しさに比べてかなりの熟女。冗談ではなくその所作は見応えのあるものでした。

 これは船玉神社。船霊とも書きます。天鳥船命(あめのとりふねのみこと)、猿田彦神が祀られ、海の民が航海の安全を願う神。当然、見過ごすことはなく、挨拶をしておきました。ちなみに、船霊は女の神さん。女性が一人で船に乗ったりすると憑かれたり、天候が荒れたりすると謂われています。

あちこちの社に参拝し柏手も充分に打ち終わり、腹も減ってきました。屋台での楽しい買い食いです、が、ここは屋台ではなく名物の大判焼を食べることにしました。知る人ぞ知る、という大判焼屋さんです。

  店の名は「ハット屋パン」。大社の東側、住吉街道と熊野街道の交差点にあります。はす向かいには有名な住之江味噌の池田屋があります。行列には滅多に並ばないのですが、メチャ旨の大判焼、1個110円。真ん中辺りに娘と家内が並んでいます。10個買いました。

そうそう、ここも行っておかないとアキません。拝むところではありませんが、建設が確認されている日本最古の灯台、鎌倉時代に建てられた「高灯籠」(たかとうろう)が復元されて大社の西側、住吉公園の際に建っています。

  高灯籠です。冬の一日、名残りの夕日が白壁に映えて、西洋式とは違った趣があります。資料館になっていて入館できるそうですので今度じっくりと行ってみます。

さて、今年は我が家にとって、どんな一年になるのでしょう。もちろん、クラブも然り。先の読めないご時世とはいえ、船の軸先を沖に向けしっかりと針路を見極めたいものです。

 

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不思議な雀

2010年01月03日 | 無駄無駄庵日記

大晦日、年用意の最後、歳神さまを迎えるため注連飾を玄関の扉に取りつけるのですが、その注連飾を買うとき、我が家ではちょっとした条件があります。それは、値段もさることながら、飾りのなかの一つの稲穂の実りのよいのを選ぶことです。農耕民族の末裔、五穀豊穣に感謝してというのもチラリとあるのですが、実は雀のためのものなのです。

  玄関です。お釜は郵便受けに使ってます。その上の魚は塚本さんに作ってもらった表札です。

31日の夕方に飾り、明けてお正月、歳神さまがその飾りを目印にやってこられるのですが、5~6年前から我が家へは稲穂を啄ばみに数羽の雀がやって来るようになりました。それも、元旦いきなりではなく、2日の朝に限ってチュンチュンやってきます。不思議です。稲穂を雀が啄ばむのは当たり前なのですが、その日が2日に限るというのが、不思議なのです。ひょっとしたら、一日遅れの歳神さまかもしれません。

  元日の朝、見にくいかもしれませんが、稲穂はまだあります。

   2日の朝の稲穂。かなり啄ばまれています。扉の前には稲穂が食べ散らかっていますが、よく見ると、散らかっているのは籾殻だけです。

毎年お正月の数日間は雀がやってくるのが楽しみです。そういえば、この気分、公園で鳩にエサをばらまく、「エサやりオジサン」と同じなのかもしれません。殺伐としたご時世、ひとときの幸せというか、和みの時間なのであります。平穏な一年を願うばかりです。

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元旦

2010年01月01日 | 無駄無駄庵日記

             新年明けましておめでとうございます  皆さまにとって良い年でありますように

          

                            平成22年 元旦

                            よい釣り よい友 よい笑顔

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