無駄無駄庵日記

釣って釣られて釣れ釣れ日和。
無駄を重ねて日が暮れる。

花人

2010年04月07日 | 無駄無駄庵日記

桜の語源は動詞「咲く」に複数を意味する接尾語「ら」が付き、名詞になったもの、と云われていますが、これではなんともあっけないないですね、、、、

桜は奈良時代から植えられはじめ、桜の「さ」は田の神を表す「さ」、あるいは耕作を意味する「さ」で、「くら」は「座」を表す、つまり、田の神の依代としての花ということで、「さくら」となったという説。また、記紀に登場する「さくら」のように美しい姫、「木花之開耶姫(このはなのさくやひめ)」に由来していると云う説などもあるようです。

さて、その真意はともかく、心情的には後の二つの説に肩入れしたくなるのが桜を愛でる人、花人としての在り様かと思うのですが、、、、4月3日、家内と二人でお花見に行ってきました。行き先は京都府天王山の裾野を流れる水瀬川の堤。JRの山崎駅を降りたのがお昼頃。ここから西国街道を経て水瀬川の堤に向かうのですが、なんと愛媛県松山市から「けんか神輿」が来ているというのです。

        

      このぶつかり合いは赤い方の神輿が勝利。ガシッとぶつかり合った途端、相手方の神輿の担ぎ手がどうっとよろけ、その危うさと激しさに見物客から歓声があがりました。  
   
写真左。山崎の離宮八幡宮は、平安から室町時代にかけて神仏に供える灯明に使う荏油(えのあぶら)の製法に優れ、油座の本所として隆盛を極めたとのことです。そして、荏胡麻の買い付け地のひとつとして松山があり、その縁で分社を設けたとか。で、今年が離宮八幡宮創建1150年にあたるのでそれを記念して松山からけんか神輿がこの山崎へやってきたとのこと。分社である松山の朝日八幡宮では毎年10月に地域の繁栄を願ってけんか神輿のお祭りがおこなわれているようです。写真右は西国街道。

さて、極めて珍しいというか、ラッキーというのか、松山のけんか神輿の余韻に興奮しながら、離宮八幡宮の横手から西国街道に入り、花人となるべく、水瀬川の堤を目指します。

    
水瀬川の源流は川久保渓谷。桂川へと合流するあたりのこの花堤はいわゆる観光名所ではないようで、地元の人たちがジョギングしたり親子で散策しながら桜を楽しむといった様子。カメラを持っていかにも他所から来ましてん、と物珍しそうにしていると、「どこから来はったん」と声を掛けられます。

  
左の写真。水瀬川はこの先で桂川と合流し、桂川は宇治川と木津川の合流地点を下ったところで合流し、淀川へと流れを変えてゆきます。右の写真はあの天王山です。頂上からは合流の様子が遠望できます。
            
      
             
      
上流に向かって歩き続け、堤の桜が少し途切れたところで引き返すことにしました。家内の万歩計は1万2439歩。そろそろ限界ですが、再びJR山崎駅まで歩かなければなりません。釣り人としてなら少々のことではへこたれませんが、あぁ、、、花人となるのも考えものであります。

  

 


 

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