退職女のアメリカ便り

オーストラリアンシェパード、ジュンタのマミーのアメリカ、セントルイス生活

#1301:私の1日

2019-10-21 08:14:15 | アメリカ便り

まずは、 日本ラグビーよく頑張りました。

興奮、そして、日本人であることに誇りを持たせてくれてありがとう!!

昨日は帰国してから初めて一人で街に買い物へ行きました。

まず、どこもかしこも中国人が多い。

それも札幌の街にちゃんと収まっている感じ。

観光客も多いのだろうけど、こういう人達って住んでいるのでしょうかね。

“北海道は中国の何番目かの省”になるということを聞いたことがありますが、信じられる。

苫小牧の大型リゾート施設開発も中国が絡んでいます。

この土地を購入した中国人投資家は、“ここに中国人の集落を作りたい”、と述べていたそうな。

日本の政治家ども、何やってんの?!

日本の土地を守らんかい!!

昨日は北大の銀杏並木を大多数の中国人に混じって見てきました。

落ち葉がまだ本格的ではなく、道路は”黄色のカーペット“には程遠くまだ路面が剥き出しでした。

入り口近くにあった居候的存在であった我が母校(当時は付属だったので)は、“あれま〜”、と驚くほどの立派な建物とかしていました。

懐かしいな〜、楽しい時を過ごすことができましたよ、そして、45年経った今でもみんなと一緒に旅行したり、我が家でバーベキューが出来ることを幸せに思っています。

そのあと歩いて、街に繰り出しました。

紀伊國屋で、本をたっぷり買いました。

百田さんの“錨を上げよ、1、2、3、4“を買おうかな〜と思ったけど、ちょっとこれは読まんだろうな〜(単に長いからという理由で)と思いやめました。

昔、五木寛之さんの“青春の門“をかじったことがあるけど、脱落したことがあるので。

私の年代の人は、ほぼみんなこのシリーズを読もうとしたのではないでしょうか。

紀伊國屋の後は近くにある私の大好きな服屋さん。

ちゃんと私の顔を覚えていました。

”あら〜、帰ってらしたのですか?“

私はどういうわけか覚えられる。

インパクトが強いというか、個性が滲み出ているからなのでしょうか。

6800円で、服を1つ使いました。

その後、”この人何人?”と絶対思われておりな〜という視線を稀に感じながら三越、セントラルに行ってきました。

セントラルでは、探していたお土産用の干支のネズミ(みんなこれを待っているのです)の置き物を6個買いました。

ジュディーなんかは、これで12全部の干支が揃ったのでは。

その後団子を買ってススキのの地下鉄まで歩いて帰りました。

1万歩あるいたかな?!

今日は“りんご、りんご”と騒ぐレイちゃんを余市に連れて行きます。

毎年この時期、余市方面にりんごを買いに連れて行ってるのです。

ちょっと昨日のコメントで考えたことを一言二言。

究極の日本人のこだわり“ウオッシュレット“。

アメリカや他の国で開発されなかったのは、“別になくても良いし“てな感じで“考えもしなかった“のでは。

つまりそのようなものを必要としないので。

消しゴムも別に寿司の形やクッキーの形をしていなくても、“消せれば良い“なんです。

こう言ったものに工夫を要求しないのが、アメリカ人なのです。

つまり、実践的、機能的、安さを追求するのがNONーJapaneseなのでは。

別にどちらの考えが良いとか悪いとかいうのではなく。

でも、もっと考えなければいけないことがあるのだは、、、

ハブグレジュンタノマミー

 

 

これでまた