HBD in Liaodong Peninsula

遼東半島での街歩き日記です。
駐在を終えて帰国した今は、東京から発信しています。

東京 マンホール蓋「東京府」

2017-12-25 | 東京を歩く
東京では戦前の古いマンホール蓋を見かけることは滅多にないのですが、先日、墨田区八広の歩道でこんな蓋を見かけました。


これは、東京府の紋章です。

東京府は1943年まで存在した自治体で、東京都の前身です。
調べたところ、この「東」の文字をデザイン化した意匠は、1931年に制定されたそうです。

この蓋の設置時期は不明ですが、戦中の日本の経済状況から推測すると、1930年代でしょうか。

この辺りは空襲も激しかった場所ですが、よく今まで生き延びてきたものです。

日本では珍しいお宝です。
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東京 東郷寺 – 東郷平八郎ゆかりの寺 

2017-12-15 | 東京を歩く
府中市に東郷寺と呼ばれる日蓮宗の寺があります。


ここも東郷平八郎ゆかりの施設です。

ここは東郷の別荘があった場所で、東郷の死から5年後の1939年、東郷を慕う人々によって寺が建立されたそうです。

正式には「聖将山東郷寺」と呼ばれています。

一帯は武蔵野台地の崖線に当たる場所で、急勾配の高低差があります。

この崖線の縁に、一際目を引く雄大で荘厳な山門が建っています。




この山門は1940年、伊東忠太の設計によって建設されたそうで、東京都の歴史的建造物に指定されています。


東側の坂下から見ると、この高低差も手伝って一層風格を備えた姿に映ります。






東郷が住んだ別荘の家屋も残っているという情報があるので探してみましたが、これという表記がありません。


外観から、寺務所に隣接しているこの建物と推測しました。

手入れの行き届いた庭と広々とした縁側があり、いかにも大正・昭和初期の別荘の雰囲気です。

それにしても、東郷平八郎ゆかりの施設は、東郷神社や東郷公園、東郷通り、東郷記念館にとどまらず、東郷寺もあったのですね。

山門の門前に並ぶ枝垂桜は府中を代表する名木として知られ、満開となる3月下旬には多くの見物客で賑わうそうです。

次回はその時期に再訪してみようと思います。
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「水師営の会見所」1930年代の土産物

2017-12-05 | その他
この置物は、昨年、大連で手に入れた骨董品です。



「水師営の会見所」の方位磁針付きキーホルダーです。
水師営の会見所は、1905年1月5日、乃木希典とステッセルによる停戦の署名式が行われた歴史的な場所です。

日本租借時代の旅順の観光地で販売されていた土産物と思われます。
水師営会見所で売られていたのかもかもしれません。




当時の写真が残っています。




キーホルダーは金属製なのでずっしりとした重量感があります。

紐を通す穴がありますし、方位磁針が付いているので持ち歩くことを想定して作られたのだと思いますが、キーホルダーとしては些か大きすぎるサイズです。

下側が平らになっているので、置物にもなります。

日本租借時代の旅順は「聖地」と呼ばれた一大観光地でしたので、訪れた日本人向けにこのような土産物がたくさん製造されたのでしょう。

このキーホルダーを模っている末広がりの石碑は、満州戦績保存会により1916年に建てられたものです。

旅順の戦績を巡るバスツアーが整備され、観光客で賑わったのは1930年代ですので、この土産物の製造もその頃でしょう。

裏面には、こんな文字が刻印されています。


昨日の敵は 今日の友
語る言葉も うちとけて

これは戦前、小学校で広く歌われた文部省唱歌「水師営の会見」のフレーズです。
今も戦前生まれの高齢者であれば歌える方が多いと思います。

この歌が初めて掲載された教科書は、1910年(明治43年)発行の尋常小学読本唱歌(十巻)です。
読本は東京の乃木神社の宝物殿に展示されています。


小学生にこんな国威発揚のメッセージが強い歌を教え込み、こうした土産物にまで刻み込むのですから、当時の日本の特異な雰囲気が伝わってきます。

きっと、今も日本国内のどこかの家に同じものが眠っていると思います。

水師営の会見

作詩 佐々木信綱  作曲 岡野貞一
尋常小学読本唱歌(十巻) 明治43年7月

旅順開城 約成りて
敵の将軍 ステッセル
乃木大将と 会見に
所はいずこ 水師営
庭に一本 棗の木
弾丸あとも いちじるく
くずれ残れる 民家に
今ぞ相見る 二将軍

乃木大将は おごそかに
御めぐみ深き 大君の
大みことのり 伝うれば
彼かしこみて 謝しまつる

昨日の敵は 今日の友
語る言葉も うちとけて
我はたたえつ 彼の防備
彼はたたえつ 我が武勇

かたち正して 言いいでぬ
「此の方面の 戦闘に
二子を失い 給いつる
閣下の心 如何にぞ」と

「二人の我が子 それぞれに
死所を得たるを 喜べり
これぞ武門の面目」と
大将答え 力あり

両将昼食 共にして
なおも尽きせぬ 物語
「我に愛する 良馬あり
今日の記念に 献ずべし」

「厚意謝するに 余りあり
軍のおきてに したがいて
他日我が手に 受領せば
ながくいたわり 養わん」

「さらば」と握手 ねんごろに
別れて行くや 右左
砲音絶えし 砲台に
ひらめき立てり 日の御旗
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