松戸市八柱に都立八柱霊園という広大な墓地があります。

千葉にあるのに都営とは奇妙ですが、昭和10年に東京市営として造成されたそうです。その話はさておき、その八柱霊園には嘉納治五郎の墓があるというので訪ねてみました。
嘉納治五郎といえば講道館を作った人であり、「柔道の父」として知られています。
僕が訪ねたのはパリ五輪の柔道競技開幕の日です。ここは日本代表団の必勝祈願です。

墓前には立派な鳥居がでんと構えています。

嘉納は昭和13年5月に没したそうです。

1938年、日中戦争に突入した翌年です。
最近知ったのですが、嘉納治五郎は中国人留学生の育成にも力を注いだ人物だったそうです。
ときは1896年、西園寺公望の要請を受けて清国の留学生を受け入れ、神田三崎町で留学生教育を始めました。
1899年には亦楽書院を、1902年には規模拡大のため西五軒町に弘文学院を開設しました。
弘文学院で学んだ留学生の中にはかの魯迅や黄興、陳独秀などがいました。彼らも嘉納と交流があったはずです。
嘉納は日本における中国人留学生育成の祖でもありました。

灼熱の八柱霊園にはほとんど人の姿はなく、遠くから聞こえてくるセミの鳴き声が墓地全体を包み込みます。
嘉納は今年で没後86年です。
今や柔道は世界中で愛されるスポーツに成長し、日中も交流も途絶えることはありません。大変な貢献です。


嘉納さん、八柱の墓地から世界の若者がパリで奮闘する様子を見守ってください、と静かに祈って墓地を後にしました。
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