漢口の旧租界エリア・天津路でこんなレンガ造りの4階建ての洋館を見かけました。
交差点に面した一角が面取りしたように曲線になっているのが印象的です。
集合住宅だったのでしょうか。

目線よりだいぶ高い2階部分に文物のプレートが掛けてあるようです。

目を凝らすと、「中共中央領導人住居旧官邸旧址」と書いてあります。
調べてみると、ここは国共内戦時にかの周恩来や鄧小平が潜伏した場所のようです。
文献によると、1927年7月に第一次国共合作が決裂した際、共産党の組織と活動は地下に潜ったと。その際中央軍事委員会の書記だった周恩来、鄧穎超、瞿秋白、楊之華、李維漢、鄧小平がここに秘密裏に暮らしたのだと。
この間、彼らは党中央委員会の緊急会議を準備し、主宰し、秋の収穫暴動の開催を決め、幹部が地下に潜るための準備をしたと。
党の多くの重要な決議もこの住宅で行われたと紹介されています。
建物自体も1927年に建築されたようですが、最初から誰でも借りることができる集合住宅だったのでしょうか。
詳しい情報がわかりませんでした。
交差点に面した一角が面取りしたように曲線になっているのが印象的です。
集合住宅だったのでしょうか。

目線よりだいぶ高い2階部分に文物のプレートが掛けてあるようです。

目を凝らすと、「中共中央領導人住居旧官邸旧址」と書いてあります。
調べてみると、ここは国共内戦時にかの周恩来や鄧小平が潜伏した場所のようです。
文献によると、1927年7月に第一次国共合作が決裂した際、共産党の組織と活動は地下に潜ったと。その際中央軍事委員会の書記だった周恩来、鄧穎超、瞿秋白、楊之華、李維漢、鄧小平がここに秘密裏に暮らしたのだと。
この間、彼らは党中央委員会の緊急会議を準備し、主宰し、秋の収穫暴動の開催を決め、幹部が地下に潜るための準備をしたと。
党の多くの重要な決議もこの住宅で行われたと紹介されています。
建物自体も1927年に建築されたようですが、最初から誰でも借りることができる集合住宅だったのでしょうか。
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