和平区の解放北路165号にあるこの格調高い2階建ての古い洋館は、かつてかのスワイヤー商会の社屋でした。

キャセイパシフィック航空やコカ・コーラの、あのコングロマリットのスワイヤー・パシフィックです。
この建物は古いです。なんと1886年の竣工と伝わります。
半円形のアーチ状になった窓がロマネスク風で、イオニア式の小さな柱を窓と窓の間に置いたり、遊び心を感じる作りです。のびのび自由に設計したのかな、という印象を受けます。
全体的に灰色ですが、これは後に塗装されたもので、元々は赤レンガづくりのようです。
ただ、本当に自由に遊んで作ったのかといえば、違うかもしれません。
なにしろ1880年代です。
この一帯の周りの近代洋風建築の中では最長老の存在です。
設計者は、このアジアの港町に西洋建築を持ち込むにあたって、どういう建築が相応しいのか試行錯誤の中のデザインだったのではないでしょうか。
スワイヤー商会はは天津にかなり早くから進出していた外資系企業の一つで、英国のジャーディン・マセソン社(2022年2月10日の日記)に次ぐ規模を誇りました。
1816年、リバプールで誕生したスワイヤー商会は羊毛や製糖、海運業など生業にして成長しました。天津支店は上海、香港などに続いて1881年に設立し、ジャーディン・マセソンとともに中国での海運業の市場を独占しました。
その後、製糖、塗装、保険、輸送船事業などを手掛けました。
天津支店は当初、別の場所で営業していましたが、急成長で集めた資金で1886年にこの場所にこのレンガ造りの自社ビルを建設しました。
1930年代初めには79隻、総トン数150万トン以上の船を保有していたといいます。
会社のすぐ西側が海河なので、船着き場として活用したのだと思います。
日本にも支店がありました。横浜の山下公園の向かいには、当時の横浜支店の建物が現存しています。旧英国七番館(戸田平和記念館)です。
19世紀からほぼそのままの形で残る、貴重な老建築です。

キャセイパシフィック航空やコカ・コーラの、あのコングロマリットのスワイヤー・パシフィックです。
この建物は古いです。なんと1886年の竣工と伝わります。
半円形のアーチ状になった窓がロマネスク風で、イオニア式の小さな柱を窓と窓の間に置いたり、遊び心を感じる作りです。のびのび自由に設計したのかな、という印象を受けます。
全体的に灰色ですが、これは後に塗装されたもので、元々は赤レンガづくりのようです。
ただ、本当に自由に遊んで作ったのかといえば、違うかもしれません。
なにしろ1880年代です。
この一帯の周りの近代洋風建築の中では最長老の存在です。
設計者は、このアジアの港町に西洋建築を持ち込むにあたって、どういう建築が相応しいのか試行錯誤の中のデザインだったのではないでしょうか。
スワイヤー商会はは天津にかなり早くから進出していた外資系企業の一つで、英国のジャーディン・マセソン社(2022年2月10日の日記)に次ぐ規模を誇りました。
1816年、リバプールで誕生したスワイヤー商会は羊毛や製糖、海運業など生業にして成長しました。天津支店は上海、香港などに続いて1881年に設立し、ジャーディン・マセソンとともに中国での海運業の市場を独占しました。
その後、製糖、塗装、保険、輸送船事業などを手掛けました。
天津支店は当初、別の場所で営業していましたが、急成長で集めた資金で1886年にこの場所にこのレンガ造りの自社ビルを建設しました。
1930年代初めには79隻、総トン数150万トン以上の船を保有していたといいます。
会社のすぐ西側が海河なので、船着き場として活用したのだと思います。
日本にも支店がありました。横浜の山下公園の向かいには、当時の横浜支店の建物が現存しています。旧英国七番館(戸田平和記念館)です。
19世紀からほぼそのままの形で残る、貴重な老建築です。









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