青島旧市街の博山路を歩いていると、2階建てのレトロなレンガ建築が目に入ってきました。
質素ですが、よく見ると黒レンガの中に一部だけ赤レンガ使われていたり、窓枠などには気品のあるデザインが施されています。

ただならぬ雰囲気です。
手入れがされておらず、廃墟のように見えますが、これはなんだったのでしょうか。
調べてみると、これは戦前の青島カトリック医院だったそうです。
1898年の竣工で、青島では初めての大型医療施設だったのだとか。
病院業務はマリアの宣教者フランシスコ修道会が担ったそうです。
マリアの宣教者フランシスコ修道会とは1877年にフランスで創設されたローマカトリック教会の教団です。1886年に中国に伝来して、煙台で布教活動を開始したとされています。
カトリック医院は内科、外科、産婦人科、小児科があり、12床の病床があったそうです。
院長はドイツ人医師が、副院長はイタリア人修道女が担ったそうです。医薬機器はドイツから輸入されたのだとか。
戦後は市衛生局が接収し、青島市立医院として使われ続けたようです。
120年前の素朴なビザンチンっぽいスタイルで、周囲に残る租借時代の洋館とは一線を画すデザインです。青島に残るドイツ建築の中でも古い部類ですから、文化財としての価値が高そうです。
おそらく、この後修復が施されるのだと思います。写真の右手前に積まれている黒レンガは、補修のために用意された資材なのではないでしょうか。
どんな用途で使われることになるでしょうか。
質素ですが、よく見ると黒レンガの中に一部だけ赤レンガ使われていたり、窓枠などには気品のあるデザインが施されています。

ただならぬ雰囲気です。
手入れがされておらず、廃墟のように見えますが、これはなんだったのでしょうか。
調べてみると、これは戦前の青島カトリック医院だったそうです。
1898年の竣工で、青島では初めての大型医療施設だったのだとか。
病院業務はマリアの宣教者フランシスコ修道会が担ったそうです。
マリアの宣教者フランシスコ修道会とは1877年にフランスで創設されたローマカトリック教会の教団です。1886年に中国に伝来して、煙台で布教活動を開始したとされています。
カトリック医院は内科、外科、産婦人科、小児科があり、12床の病床があったそうです。
院長はドイツ人医師が、副院長はイタリア人修道女が担ったそうです。医薬機器はドイツから輸入されたのだとか。
戦後は市衛生局が接収し、青島市立医院として使われ続けたようです。
120年前の素朴なビザンチンっぽいスタイルで、周囲に残る租借時代の洋館とは一線を画すデザインです。青島に残るドイツ建築の中でも古い部類ですから、文化財としての価値が高そうです。
おそらく、この後修復が施されるのだと思います。写真の右手前に積まれている黒レンガは、補修のために用意された資材なのではないでしょうか。
どんな用途で使われることになるでしょうか。









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