旧英国租界泰安道を歩いていると、いかにも古そうなレンガ造りの教会が見えてきました。


これは英国国教会によって建てられた聖公会教会、別名アンリガン教会とよばれる教会でした。
創立したのは聖公会のスカーレットという宣教師で、1893年から10年をかけて建設したそうです。
それ以前から英国人居留民からは自らのための教会の建設を望む声があり、それに応える形で1893年にイギリス租界の工務局から寄贈されたのだとか。


しかし、当時、この一帯は湿地帯だったので、土地を譲り受けただけでは教会は建てられませんでした。
そこでスカーレット牧師は地元の英国企業や居留民から寄付を募り、まずは土地の埋め立てをするところから始めなければならなかったと。
その結果として、こんな小さな教会なのに完成まで10年の月日を要したというわけです。
旧日本租界もかつては湿地帯だったと言われますが、天津とはそのような場所だったのですね。
英国租界地らしく、英国風の雰囲気がある教会です。
まったく派手さや装飾性がなく、質素で素朴で、いかにも在留民のための祈りの場所といった風情をたたえています。
今は教会としての用途は終えており、人の気配がありません。単なる歴史建築として保存しているのでしょうか。

日本租界であれば天津神社に当たる施設です。
天津神社は早々に取り壊されて今や社務所の一部が残るのみですが、こうして教会がそのままの姿で残してもらえる旧列強の国々がうらやましいものだと思ったりもします。



これは英国国教会によって建てられた聖公会教会、別名アンリガン教会とよばれる教会でした。
創立したのは聖公会のスカーレットという宣教師で、1893年から10年をかけて建設したそうです。
それ以前から英国人居留民からは自らのための教会の建設を望む声があり、それに応える形で1893年にイギリス租界の工務局から寄贈されたのだとか。


しかし、当時、この一帯は湿地帯だったので、土地を譲り受けただけでは教会は建てられませんでした。
そこでスカーレット牧師は地元の英国企業や居留民から寄付を募り、まずは土地の埋め立てをするところから始めなければならなかったと。
その結果として、こんな小さな教会なのに完成まで10年の月日を要したというわけです。
旧日本租界もかつては湿地帯だったと言われますが、天津とはそのような場所だったのですね。
英国租界地らしく、英国風の雰囲気がある教会です。
まったく派手さや装飾性がなく、質素で素朴で、いかにも在留民のための祈りの場所といった風情をたたえています。
今は教会としての用途は終えており、人の気配がありません。単なる歴史建築として保存しているのでしょうか。

日本租界であれば天津神社に当たる施設です。
天津神社は早々に取り壊されて今や社務所の一部が残るのみですが、こうして教会がそのままの姿で残してもらえる旧列強の国々がうらやましいものだと思ったりもします。










この教会はクラシックのコンサートとか時々イベントで使われているようです。