旅順師範学校の学生寮「素行塾」として使われていたと思われる建物です。

黄色い建物がそれです。
旅順太陽溝の文明街から小径を南側に20メートルほど入った斜面にあります。
2階建てですが、どこが玄関で、どこに階段があるのかよく分かりません。
築年次も分かりません。
同校の卒業生による記念誌に掲載されていた地図によると、この建物で間違いないと思います。
寮名になった「素行」とは、江戸時代前期の儒学者で古学派の祖だった山鹿素行(1622-1685年)から取ったのでしょうか。
これに隣接しているこの黒レンガづくりの小さい平屋建て2軒は、記念誌によると「塾頭」と紹介されています。

すなわち寮長用の宿舎だったのだと思いますが、寮長なのに寮ではないところに住むとは、何か不思議な気もします。当時はそういうものだったのでしょうか。
塾頭用の宿舎は、ロシア時代の建築であることがわかります。

黄色い建物がそれです。
旅順太陽溝の文明街から小径を南側に20メートルほど入った斜面にあります。
2階建てですが、どこが玄関で、どこに階段があるのかよく分かりません。
築年次も分かりません。
同校の卒業生による記念誌に掲載されていた地図によると、この建物で間違いないと思います。
寮名になった「素行」とは、江戸時代前期の儒学者で古学派の祖だった山鹿素行(1622-1685年)から取ったのでしょうか。
これに隣接しているこの黒レンガづくりの小さい平屋建て2軒は、記念誌によると「塾頭」と紹介されています。

すなわち寮長用の宿舎だったのだと思いますが、寮長なのに寮ではないところに住むとは、何か不思議な気もします。当時はそういうものだったのでしょうか。
塾頭用の宿舎は、ロシア時代の建築であることがわかります。









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