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中国と日本のぶらぶら街歩き日記です。2024年5月からは東京から発信しています

旅順 旧関東都督府蚕業試験場

2020-06-05 | 旅順を歩く
今回も東東京うさぎのモヒーさんから提供してもらった旅順の老建築をご紹介します。

旅順新市街にある旧関東都督府蚕業試験場です。



正確な築年次は不明ですが、ロシア租借時代(1895-1904)と考えられます。

当時は屋上や窓枠部分にロシア風の装飾が施され、玄関のある丸み帯びた部分の2階と3階にはベランダが付いていたようです。

数年前まで住宅として利用されていたようですが、現在は廃墟になっています。



官報をたどっていくと、旅順の蚕業試験場は1917年2月6日付の関東都督府令で組織の規程が定められ、同年4月1日付で施行されています。

試験場は、蚕糸業に関する試験と調査、蚕種と桑苗の配付、蚕糸業に関する講習と講話を行うことが任務と記されています。

同日の告示で、蚕業試験場は旅順市鎮遠町に設置すると記されています。
それがまさにここです。

江戸末期以降、養蚕業は日本の近代化を後押しした基幹産業でした。

日露戦争で外国から大量の軍事物資を調達できたのも、絹糸の輸出によって外貨を獲得できたためと考えられます。

現代の皇室でも、伝統行事として皇后による養蚕が続けられています。これは明治期に養蚕業奨励のために始めたとされています。
先日、皇后雅子さまが「御養蚕始の儀」に臨んだというニュースがありました。

養蚕業はもともと中国が発祥の地ですが、当時の日本の先端技術を租借地に持ち込んで、養蚕業の拡大につなげていく計画だったのでしょうか。
おそらく、この施設で働いた日本人職員は、日本の蚕業試験場から派遣されたものと思います。

「支那蚕業視察報告書」(1916年、農商務省蚕業試験場編)によると、当時の中国の養蚕業の中心は、浙江省、江蘇省、湖北省であり、養蚕は農家の副業として営まれているため小規模であると紹介されています。

この試験場で行われた研究開発事業がどのような成果を生んだのか、文献が見つからないので定かではありませんが、現代の中国の養蚕業の発展に少しでも繋がっていることを祈りたいと思います。



モヒーさんは、2019年の訪問時にこの写真を撮影したそうです。
満洲ハンター、さすがの取材力です。

ところで、今回の投稿で、「旅順を歩く」編が記念すべき100本の大台に到達しました。

これまで、この日記は累計100万PVを超える閲覧をいただいていますが、中でも旅順編は多くのアクセスをいただいています。
旅順が日本人にとって特別な場所ということだと思います。
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1 コメント

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祝「旅順を歩く」記事100号到達 (東東京うさぎのモヒー)
2020-07-07 00:34:44
旅順記事100号到達おめでとうございます!
一つ前の記事を100号目と勘違いし,フライングでコメントを投稿してしまっておりました。大変失礼しました。
これまでいくつか写真提供できたのも,元を辿ればこちらのブログがきっかけですからね。これからもまだまだ満洲ハンターを続けていきたいと思います。
この旧蚕業試験場は建物の色というか素材で,すぐに当時の建物だなと気づきました。
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