天津旧フランス租界、大連道の旧首善堂ビルです。


首善堂とはフランスカトリックヴィンセンシオの宣教会が中国北方に設立した教会の財産を管理する組織でした。
不動産経営を主業として天津に大量の不動産を所有したそうです。当時の天津では指折りとの経済力を誇りり、その収入家賃と投資で得られた利益で天津、北京、保定、正定の4つの教区及び北京神学院に必要な経費をまかなった、とあります。
当初、首善堂は営口道に設置された紫竹林教会の中に置かれました。
1900年にここに移転し、1919年にこのビルを建てたそうです。


赤レンガと黒レンガの組み合わせが独特の風合いを感じさせます。
戦後は、中国の神父が接収し、その後もしばらくはカトリックの修道施設として利用されたそうです。


首善堂とはフランスカトリックヴィンセンシオの宣教会が中国北方に設立した教会の財産を管理する組織でした。
不動産経営を主業として天津に大量の不動産を所有したそうです。当時の天津では指折りとの経済力を誇りり、その収入家賃と投資で得られた利益で天津、北京、保定、正定の4つの教区及び北京神学院に必要な経費をまかなった、とあります。
当初、首善堂は営口道に設置された紫竹林教会の中に置かれました。
1900年にここに移転し、1919年にこのビルを建てたそうです。


赤レンガと黒レンガの組み合わせが独特の風合いを感じさせます。
戦後は、中国の神父が接収し、その後もしばらくはカトリックの修道施設として利用されたそうです。









※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます