2015年にハルビンの街歩きをした時に撮影した写真です。

場所は道里区尚志大街と西十道街の交差点です。
ハルビン市歴史保護建築を示すプレートには旧ヨーロッパホテル(元欧羅巴旅館)と紹介されていますが、今もヨーロッパホテル(欧羅巴賓館)と名乗っているようです。

1934年竣工のロシア人による5階建てのホテルです。
建築当初は3階建てだったという記録がありますので、4階と5階部分は後の増築です。
エントランスは円弧状になった角に設けられています。
豪華な装飾が特徴のロシア建築にしてはシンプルですが、最初からこのような容姿だったのでしょうか。
満洲国時代の中国の左翼文学者だった簫紅(1911-1942)は一時ここで暮らしたそうです。
調べてみると、簫紅は1932年に数か月、ここで過ごしたようです。この建物が竣工する前だったと思われます。
別の文献によると、簫紅は日本から帰国した1937年にもここで1か月ほど暮らしたようです。

簫紅はこの滞在の印象を散文で残しています。

場所は道里区尚志大街と西十道街の交差点です。
ハルビン市歴史保護建築を示すプレートには旧ヨーロッパホテル(元欧羅巴旅館)と紹介されていますが、今もヨーロッパホテル(欧羅巴賓館)と名乗っているようです。

1934年竣工のロシア人による5階建てのホテルです。
建築当初は3階建てだったという記録がありますので、4階と5階部分は後の増築です。
エントランスは円弧状になった角に設けられています。
豪華な装飾が特徴のロシア建築にしてはシンプルですが、最初からこのような容姿だったのでしょうか。
満洲国時代の中国の左翼文学者だった簫紅(1911-1942)は一時ここで暮らしたそうです。
調べてみると、簫紅は1932年に数か月、ここで過ごしたようです。この建物が竣工する前だったと思われます。
別の文献によると、簫紅は日本から帰国した1937年にもここで1か月ほど暮らしたようです。

簫紅はこの滞在の印象を散文で残しています。








