承徳の避暑山荘の中にある永祐寺舎利塔です。

1754年に乾隆帝が作らせた仏舎利塔です。
六和塔ともよばれているようです。
1751年、南巡した乾隆帝は、杭州の六和塔と南京の報恩寺の秀麗さに感銘を受け、母恩に報いるために、北京に二塔を、翌年にはここに永祐寺を建てました。この仏舎利塔は1754年から10年をかけて建てられました。
材料になったレンガはわざわざ北京から運んできたそうですが、大変な労働だったと思います。
北京の二塔は後に焼失しましたが、この永祐寺の塔は補強されながら姿を残したそうです。


古写真があります。
一時は寺が荒廃したことがよく伝わってきます。
仏舎利塔は八角形の9階建てで、66メートルの高さがあるそうです。高台の上に建てられています。

1754年に乾隆帝が作らせた仏舎利塔です。
六和塔ともよばれているようです。
1751年、南巡した乾隆帝は、杭州の六和塔と南京の報恩寺の秀麗さに感銘を受け、母恩に報いるために、北京に二塔を、翌年にはここに永祐寺を建てました。この仏舎利塔は1754年から10年をかけて建てられました。
材料になったレンガはわざわざ北京から運んできたそうですが、大変な労働だったと思います。
北京の二塔は後に焼失しましたが、この永祐寺の塔は補強されながら姿を残したそうです。


古写真があります。
一時は寺が荒廃したことがよく伝わってきます。
仏舎利塔は八角形の9階建てで、66メートルの高さがあるそうです。高台の上に建てられています。









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