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HBD in Liaodong Peninsula

中国と日本のぶらぶら街歩き日記です。2024年5月からは東京から発信しています

旅順 冬の二龍山

2013-12-30 | 旅順を歩く
昨日、旅順にある日露戦争の激戦地・二龍山の堡塁跡地を再訪してきました。

9月に訪問して以来です(9月20日の日記)。

この日に訪問したのは理由があります。

1904年、4カ月半にわたって展開された日露戦争・旅順攻囲戦のクライマックスは、極寒のこの時期です。
第3回総攻撃に挑んだ大日本帝国陸軍は、12月5日に二〇三高地の占領に成功した後、18日に東鶏冠山、31日に松樹山を占領します。
そして1月1日、帝国ロシア軍が降伏します。

同じ厳しい寒さに身を置いてみて、当時の兵士たちの気持ちに近づいてみたいと思いました。

帝国陸軍がここ二龍山堡塁の占領に成功するのは、12月29日です。

つまり、109年前の今日です。

二龍山には、2週間前に降った雪が残っていました。


(要塞の山頂付近です)

乾いた冷たい風が木々の間を通り抜け、枯葉や木の枝を揺らし、ヒューヒュー、カサカサという音が四方から押し寄せてきます。
雪を踏みしめながら歩きます。雪に足跡がほとんど見られないのは、ここを訪問してくる観光客が少ないということを物語っています。

9月の訪問時でさえ人の姿がなかったぐらいですから、今はなおのことでしょう。

気温はマイナス1度を指しています。

この時期にしては比較的暖かいほうですが、足下からしんしんと寒さが伝わってきます。

日露両軍の兵士はこの寒さの中を全力で戦ったのです。
気持ちが萎えてきそうです。彼らはどのようにモチベーションを維持したのでしょうか。


(堡塁の外観です。堡塁は観光地としての整備が最小限にとどめられており、ほとんど当時のままの姿をとどめています)


(堡塁の内部です。総延長200メートルほどありました)


(堡塁内部から外を見ると、雪景色が目に入ってきます。ロシア兵はここで日本兵を待ち構えました)

寒くて暗い要塞の中に1人でポツンと佇んでいると、厳粛な気持ちになる一方で、心細さが募ってきます。
しかし、109年前の今日、ここは両軍の兵士が相塗れ、生死を賭けた戦いが繰り広げられた修羅場だったのです。
今の僕のように、暖を取る方法を考えたり、この後市街地に移動して昼食を食べることを考えている余裕はなかったでしょう。

同じ場所でも、夏と冬ではまったく受け止め方が違っていました。
改めて、歴史を振り返り、戦争というものを考えさせられた一日でした。

寒かったですが、足を運んでよかったと思います。
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