大江戸散策徒然噺 Introducing Japanese culture and history

豊かな歴史に彩られた日本の文化と歴史を紹介

幕末三舟の一人「高橋泥舟」が眠る谷中大雄寺と周辺の趣きある建物

2011年07月01日 17時51分15秒 | 台東区・歴史散策
谷中全生庵から谷中霊園を左に見ながら東京芸術大学方面に道を下ると、まもなく上野桜木の交叉点にさしかかります。ちょうどこの交叉点の手前左手に幕末三舟の一人「高橋泥舟」が眠る大雄寺の山門が構えています。



当大雄寺はそもそも慶長9年に神田土手下に創建された日蓮宗の古刹で、万治元年に当谷中に移ってきた歴史在るお寺です。境内はそれほど広くはありませんが、参道を進むと境内を覆うように葉を茂らせているクスノキの大木がここ大雄寺のシンボルになっています。樹齢は推定で200年から300年と言われる巨木で都内では最大のクスノキだそうです。

このクスノキの大きな幹に守られるように置かれているのが泥舟の墓なのですが、自然石と思われるような墓石が置かれ、「これがあの泥舟のお墓?」と首を傾げたくなるような地味な佇まいが印象的です。

泥舟の墓

さてこの泥舟ですが、幕末に活躍した勝、山岡の二人に比してそれほどメジャーな人物として扱われていないのが現状です。しかも泥舟はさきの山岡鉄舟とは義理の兄弟なのですが、鉄舟が華々しい功を上げた反面、槍術の名手であった泥舟は最後の将軍である慶喜公の護衛役としてその責をまっとうし、維新後は新政府任官の誘いにものらず、栄達や叙爵を求めることなく後半生を過ごしたといいます。明治36年2月13日に69歳で亡くなっています。

ちなみに勝海舟は泥舟を表してこう言っています。「あれは大ばか者だよ。何しろ物凄い修行を積み、槍一本で伊勢守にまでなった男さ。あんな馬鹿は近頃見かけないね。」と勝流に泥舟を賛辞しています。

さて大雄寺の周辺には趣きのある古い建造物がいくつか点在しています。その一つが大雄寺の入口の脇にたつ豆大福の「谷中岡埜栄泉」です。ほんとうに古めかしい木造家屋で大きな硝子が入った木枠のガラス戸が懐かしい雰囲気を漂わせています。この岡埜栄泉は明治33年創業とのことです。

谷中岡埜栄泉

そして上野桜木の交叉点の両角にも古い木造の建造物が並んでいます。2階建ての可愛らしい建物で昭和13年から営業しているという「カヤバコーヒー」というコーヒーショップです。しばらく休業していたようですが、最近になって営業を再開したそうです。

カヤバコーヒー

このカヤバコーヒーの反対側の角に建つのがこれまた趣きのある商家で、「旧吉田屋酒店」です。現在は下町風俗資料館の付設展示場となっているのですが、酒店の店構えと店舗内部がディスプレイされ、過ぎ去った時代の店の風情を十分に感じ取ることができます。

旧吉田屋酒店
店舗内部
昔懐かしいポスター類

谷中にはこのほか古い建物が幾つも残っています。下町風情がただよう谷中は日本人だけでなく外国からやってくる多くの外国人の間でも人気のスポットになっています。

あの山岡鉄舟が建立発願した寺「谷中の全生庵」に幕末を偲ぶ~8月は円朝の幽霊画が公開~
お江戸元禄事件簿・そろそろ季節がやってくる!「忠臣蔵・赤穂浪士討入り」の裏話【本所吉良邸と谷中観音寺
お江戸谷中の水茶屋「鍵屋の看板娘・おせん」を探して~明和の三美人~【谷中感応寺・笠森稲荷】
お江戸の幕末探訪~最後の将軍「慶喜公」が眠る谷中墓地





日本史 ブログランキングへ

神社・仏閣 ブログランキングへ

お城・史跡 ブログランキングへ


最新の画像もっと見る

コメントを投稿