CAHIER カイエ

忘れないように備忘録。めもめもしないと、お金と一緒、たまりませんね。

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2013

2013-01-08 23:24:53 | Weblog
だいぶご無沙汰のこのブログ。デザインが変わっていて少々驚いた。60日間アクセスがないと変わってしまうとのこと。
2012の記事がないのはひどいと思いつつも、とりあえず再開してみる。Facebook, Mixi, Line, Twitter....いろいろある世の中となり、ブログも疎遠となっていました。また気長にはじめます。
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フランス パリ 8/11

2011-09-25 22:26:23 | Weblog
1年ほどこのブログもご無沙汰していた。
いろいろないようでいろいろなことがあったが、私にとってまだ記憶に新しいことを記そうと思う。
2011/8/11-17フランス一人旅をしてきた。まとまった休みが与えられたが、家人とも日程があわず、あまりこれと言ってしたいこともなかったので、10年来行っていなかったパリを訪れようと思い立ったのだった。ヨーロッパは行って帰るのに3日はかかるため、航空券も値が張ることから長期の休みでないともったいないような気がしていたのだった。
以下、旅の時のメモなどをもとに旅行を回想してみようと思う。

* * *

8/10 旅行前
この夏は、長期の休みだが、一人きりとなってしまったので、思いついて、パリへ行くことにした。一ヶ月半前からの準備で、海外旅行としては遅い準備のようで、安いチケットはあまりなかった。HISに頑張ってもらって、思いの外安価にでき、なんとか旅行にこぎつけた。
旅行前日。準備は先週の休み中にほぼ終えてある。5年前に海外は行ったきりで、いまは、成田の空港使用料は、チケット代に含まれており、またテロ対策のため、1リットルの透明袋に、100ml以下のケースに液体を入れなければ機内持ち込みができなくなっていた。また新調したパスポートはICチップが入っており、出入国カードは廃止されていた。微細ながら、なれない手続きに隔世の感を強くした。パリは、25℃ほど。5月位の陽気のつもりで行った方が良いと聞いた。日中は暑いこともあるかもしれないが、夜は13℃等冷え込みが予想される。ドレスコードのある店にも行くので、ジャケット、革靴をカバンにしのばせる。電子機器は手荷物に入れておく。パリは13年前に行ったが、そのときは、デジカメでなく、フィルムカメラであった。荷物チェックのX線に感光しないような、フィルム専用の鉛の袋が必須であった。いまはもちろんデジカメなので、不要である。パソコンもCULVと言われたちょっと前に流行ったDVDレスの1kgほどのPCを持参することにした。海外対応のプラグ(ほぼすべての形状を網羅するタイプ)も購入した。Ipod, スマートフォン(auはヨーロッパでは弱く、そのままでは使えない。GSMとしてチップを入れれば使えるようだが、レンタル電話をかりたほうがよさそうな気がする。)、これは目覚ましや、電卓がわりにつかう。
電源コードを入れると、肩掛けカバンはいっぱいになった。常に何か足らないような気がしながら、パッキングを終えた

8/11 出発
朝7時前に自宅を出、駅へと向かった。
旅行カバンをハンドルをもって引きずりながら、坂を上り、下りして、駅近くの信号をわたる。
ふと腰に手をやると、なんと財布がない。定期もだ。いつも入れておくカゴのなかに残しっぱなしだったのを思い出した。会社に行くときは必須と思っていたが、私服で、すでにユーロの世界しか考えていなかった自分は、うかつにも日本での現金、パスモをわすれたのだった。。じきに出社する、かみさんに連絡をとり、出社ついでに持ってきてもらうことにした。なさけない。。
これで20分のロスであるが、余裕を持ってくんだ行程なのでまだ間に合う。

新宿から日暮里へ、スカイライナーで成田空港へ。Tシャツ一枚だったが夏の半ば、温暖化の地球ではとっても暑い日真っ盛りである。空調の聞いたスカイライナーの待合室は人でいっぱいだった。反応しすぎる自動ドアを誰かが手でしめたら、壊れたのか、手で開け閉めしないと動かなくなった。まあ冷気が逃げなくてよかったが。。新型のスカイライナーは快適で、飛行機のシートよりいいのではないかと思えた。
これから乗るのはアエロフロート。20年前、安かろう、悪かろうで聞いていたロシアの航空会社のため、少々不安を抱えていた。まあ、これは旅程を終えるころには杞憂であったことが判明したが。かつては旧式のロシアの飛行機で、プロペラ機もあったと聞く。現在はエアバスになったが、古かったり、整備は。。とやや気になる。値段が他より、安く設定してあるのは嬉しいが、それゆえにちょっと心配だったりもする。
アエロフロートのカウンターに伸びる、長蛇の列に並んだ。日本人も結構多い。モスクワ経由なので、モスクワ止まりもいるのであろうが、近くの女性4人組は、フランスのガイドを手にしていたので、目的地はそこではない。トランジットでモスクワ、パリと4時間のフライトがある。
eチケット、というのも初めてだ。古くは、複写式のチケット、最近はそうではなかったが、今回は、プリントに2次元バーコード、番号、旅程があるものだけだった。最悪なくてもパスポートでよいと聞いていたが、もちろん大事にもっていった。係員にようやくたどり着き、言われるままにパスポートをだすと、それで全てが完了した。eチケットの出番は結局なかった。(ただ、あとで予想しないことが発生、必須のものとなった。)モスクワでのゲート番号は現地で聞いてください、といわれ、そこはブランクのままであった。

ちょっと戦々兢々としていた飛行機であったが、A330の大きな機体は安心感があった。行きは、時差ボケ解消のため、なるべく寝て、疲れを取ろうと決め込んでいたので、あまり映画はみなかったが、インド映画と思われるものを一本みた。セレブな女性が、多くの男性との恋路を楽しみながら、友人立ちが彼らと幸せになり、一人最後は冷静な視点をもって新たに始める、というたわいもないものだったが、ダンスや、華やかな映像は、派手で楽しめた。ただ3時間もあったのはどうだろう。。他にロシアの映画など、プログラムがアメリカの航空会社とかとは違うようだ。10時間のフライトでは、食事も楽しみだ。ライスにビーフがのったものがサーブされた。くまの絵がついた、キャンデーみたいな包は、豆なしのスニッカーズのようなものだった。デザートなんだろうか。機内食はいつもそれほど悪くはない。ここも問題はなかった。2回ほどだったろうか、昼食、夕食といったところでサーブされ、ドリンクも別途振舞われた。ロシア語、英語、日本語の順で、アナウンスがされるのだが、ロシア語はもちろん嗜みがないので、分からず、英語はある程度わかるのだが、これもなんか早口で、ちょっと怪しい、日本語もやたら丁寧な表現をするのだが、時々不明瞭になる。情報がちょっと取りにくく感じたが、ちょっと乱気流に入ったことを告げたり、着陸前のアナウンスだったり、それほど詳細に知る必要もないところではある。

10時間は長いかと思ったが、旅の初めでもあり、気が付けばモスクワのシェレメチボ空港であった。
20年前にここを経由したとき(BAに乗ったが)、本来は降りる予定が、現地都合で下ろしてもらえず、そのまま飛び立ったところだった。ソビエト時代の統制故の事態であったようで、なにやら空恐ろしい不安感だけを覚えていた空港であったが、今回は問題なく降りられ、ついたところは、近代的な中規模程度の空港であった。なんとTGIFridaysがある。アメリカのレストランで、横浜などにもあるが、まさかロシアにあるとは思わなかった。覚醒の間である。帰国時に寄ったときに気づいたが空港でWiFiが無料で使え、インターネットも問題がなく、スカイプで家人とテレビ電話にして話せたのは、これまた隔世の感であった。

2時間の待ち時間があったが、手続き、セキュリティチェック他で時間もつぶれ、正味1時間ほどであったか。エールフランスと共同運行で、AFのフライト番号もついた飛行機で、フランスへ向かう。
夜9:40と遅い到着である。30分もあれば出られるときいていた。長い回廊を通ると上からなにやら楽しげなざわめきが聞こえる。階上のおとが聞こえるような作りになっているのだろうか、シャルルドゴール空港は作りが気に入った。成田の3倍の広さがあるという。ただ地権者は3人だけだったらしい。。成田空港とは大きくこんなところも違うようである。

さて、バゲッジクレームについて、ターンテーブルの周りで待っていると、ほかの人の荷物が片付いて空になってしまった。
所在無さげにうろうろしておる人が他にもいる。やきもきしていると、係員が、未着である旨を告げた。次の便がまもなく到着するので様子をみる、ということだった。遅くなる時間にやや焦った。すると、ロストバゲージの手続きを先にするよう案内された。次の便に期待していたようだが、手続きを待っているうちに結局荷物はモスクワに残っていることが分かった。明日の夜までに届けるという。ちょっと困ったのは、翌日ジャケット着用が必要なショーを予約していたことだった。全てスーツケースの中だった。100ユーロまでは必要な服などの購入費用を、エールふぃランスが負担してくれるという。夕方までに荷物が間に合うことに一縷の望みを託しながら、間に合わないならこの費用で買ってしまえ、と思うと気が楽だった。
書類を記入したりしていると、夜11時近くなった。ロワシーバスの最終便が近い。このあとはタクシーとなるので大きな出費だ。やや焦りながら、乗り場へ急ぐ。10分前くらいに付くことができた。しかし、実際にバスがきたのは30分後であった。遅れていたようである。
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Kindle 返却

2010-09-16 22:45:48 | Weblog
AmazonでKindleという、電子ブックリーダーを購入した。日本のアマゾンのサイトで広告しているのに、USのアマゾンのサイトで購入しなければならなかった。アカウントもUS Amazonで再度とった。UPS経由のヤマト運輸便でスピーディーに到着。Wispernet経由でAmazonのサイトからキンドル用の電子ブックを購入、その場でダウンロードできるのが大変便利だ。ほとんどが60秒以内でダウンロードできる。無料の古典も多数あり、1500冊保存できるので、まさしく本のipodといったところだ。

と喜んで使っていたのだが、ある日、Wisepernetへ接続できなくなった。携帯みたいなシグナル表示があり、5本のバーが黒くなってくれない。電波が悪いかと外へ持ち出してもみたが、場所のせいではないようだ。

考えあぐねて、kindle supportのサイトをチェック、メールでといあわせたら、メール回答が。電話してください、とのこと。リンクから、電話番号を入力後、Call meボタンをクリックすると、間もなく電話が。リセットや、コード入力311, 611など指示どおりやってみたが、結局どれもだめ。結局返品することになった。代品をすぐにおくるという。これまた3日ほどでアメリカから到着。今度は問題なく使えた。

さて、故障品を返却することになった。EMSが安いと聞いたので、郵便局へ。1500円程度と聞き、封をして、渡す段になって、リチウム電池は入っていませんね、と確認を受けた。充電池は入っているけれどリチウムかわからない、というと、今、ほとんどのPDA, PCにはリチウム電池が入っているという。リチウム電池は送付できない、というポスターを指さして、送付寸前で断られた。。電池は組み込みで、取り外せないし。。

今度は、ヤマトへ。送ってきた会社だから大丈夫だろうとおもったら、やはり、リチウムの送付制限が。。危険性がない旨の書類をメーカーから取り寄せて添付が必要、ということだった。またAmazonサイトからメール。MSDSとか無いですか、とメールしたら、電話してほしい、とメールがまたやってきた。またまたCall meボタンで、電話を受ける。MSDS(Material Data Safety Sheet)等安全性証明の書類を欲しい、というと理解してもらえず、担当をかわった。趣旨は分かってもらえたようだが、48時間以内にメールします。ということになった。しばらくして。。解決しましたか?というメールが。資料を送ってくれるはずなのに、と思って解決していない、というリンクをクリックすると、Call meボタンが。。ああまたか。。

今度は電話せず、会社でFedex担当者に聞いてみた。カスタマーサービスに相談したらとのこと。問い合わせたら、インボイス3部添付、FCCの書類を2部添付、伝票にLithium Ion Batteries not restricted as per PI967 と記載すれば、リチウム電池入りでも返品可能ということだった。Fedexのサイトで、インボイスを作る。指示に従って入力すると出来るのだった。AWB#は、伝票を貰わないと出来ないのでFedexと仮にいれ作成。3部コピーして、サインと日付をすべてに手書き。FCCの書類も指示に従って、入力すると完成、プリントできる。Importer or consigneeの欄には、輸出者側で用意する場合は、Importerとあっても輸出者、すなわち、自分の名前をブロック体で記入、すればよい、とFedexに言われた。2部コピーして、両方に日付と自分のサインを手書き。Fedex Kinkosに持ち込んだ。Economyと安いサービスを使ったが、7332円も取られた!インボイスにHAWB#記入、箱詰めしたキンドルを渡した。破損を懸念して、さらにFedex boxにいれてもらった。

Amazonから来ていたメールのリンク先に、トラッキング番号と、運賃を記入してsendすれば、返金してくれる。ここまで10日ほど経ってしまったが、30日以内に返品すればよいので、リンクをクリック。なんと有効期限切れでページが消失。どこまでもトラブルがあるな。。サポートページから、リンク切れなので、こちらから必要情報をメールする、と連絡した。返品金額が高めだが、リチウム電池入りは郵便で送れず、Fedexしか扱ってくれなかった旨も記入した。翌日メールが来た。クレジットカード経由で、運賃返金します、ということだった。またリチウム電池での返品が容易でない点の情報はありがたい、今後に生かします、とあった。やっと完了。まだ現品が先方へとどいていなく、返金が完了ではないがこれで終わりと思いたい。でももしかすると、まだつづきがあったりして。。
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2009-12-06 22:16:48 | Weblog
風邪気味だが、実家へ顔を出しに行った。ひとしきり、お茶などをし、夕食は外食にした。辛味鍋を注文した。食が進むほどに汗が噴き出て、完食時には、体が汗びっしょりだった。気がつけば、それとともに、風邪も抜けてきたようだ。
にんにく、肉食など試していたが、先週は風邪が結局抜けなかった。治りかけもあったのかもしれないが、鍋がその解決法となってくれた。
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たまに町田にいけば

2009-08-16 23:52:23 | Weblog
町田でお盆休み最後に食事に出かけた。TWINSの上にティーヌンというタイレストランがあったはずだが、下でのレストラン表示に見当たらない。上にあがってみると、7/28で閉店。渋谷はラーメン屋だが、町田は、他のタイ料理もあって、よかったのに。。他にもうどん屋が閉店していた。別の皿で、盛りも大きくやってくるかき揚げがうまかったのに。。ただあまり人が入っていなかったのは事実だ。年齢層が低いところにアピールせず、ある程度のごちそうを期待する層には、シンプルだったのか。。まあ、適度に入れ変えないと飽きられるのもこの世界の常かもしれない。ただ両者ともすきだったので、ややもののあはれ、を感じてしまった。もっとも最近閉店は驚くに値しないほどの現象となりつつあるが。。下におりて、雑貨店2店が閉店セールをやっていた。
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さらばカルフール南町田

2009-01-11 22:27:47 | Weblog
カルフール南町田が1/12を持って閉店。6年前から、年に数度であったが、フランス食材、菓子、ワイン、チーズを調達にやってくるのを楽しみにしていた。イオングループに入った時点で、様子が代わってきてはいたが、1フロアで食材から家電まで揃うというそもそものコンセプトが、イオンとしても合わなかったのか、景況悪いからか、ついに閉店となった。1/9に、パエージャ鍋を調達しようか、と行ってみたが、すでに店内は売り尽くし真っ最中で、一部はすでに閉鎖され、棚は空きがかなり見られるほどに、販売が進んでいた。パエージャ鍋は、すでに姿形もない。売り切れたのか、それとも他へ回されたのか。CD, DVDは30%引きから半額と安くなっており、だいぶ片付いていた。ワインをダースで運ぶ木箱が、千円で売られていた。段ボール箱替わりに使われているものだが、木製で、文字、図柄が多少入っており、雰囲気がよいので2つ調達した。木の状態が悪いが、搬送箱だし、1997年ものだったりするので仕方がないであろう。それも味わい、と割り切る。
ワインが、10%引きとなっていた。通例あまりディスカウントは見ないので、数本入手。1ダースも購入しているひとも見受けられた。1階にある、インドスリランカ料理店をはじめすべてが閉店となる。
スーパーであるが、フランス式で、カルフール本国からのオリジナルも入っており、(サーデイーンのトマトソース煮とか)、豊富なワインのラインナップ(いつか特別な時に高価なやつをゲットしようと思っていたのに。)、多様なチーズ(ミモレットは良く買った)、豆などの量り売り、などなどユニークだった。
幕張などにはあるが、簡単に行ける範囲から消え去ったのはややさびしい。
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新年2009

2009-01-10 17:06:27 | Weblog

新年になった。お正月に親戚訪問。話の種に、と巨大パンを持参することを思いついた。アルプスの少女ハイジに出てきそうな、大きなドーム型のパンに目をつけていたが、正月、お店(アンデルセン。あちこちあるところですが。)で出来立てを買おうと思ったらなかった。そこで、代わりに焼きたての巨大エピを購入した。(写真)

この巨大さがインパクトがあって受けました。持って来る時も、両手で捧げて折れないように持って来ました。エピだから手でちぎって食べられるかと思ったのですが、折れそうな長さとボリュームにも関わらず、フランスパン並みに固いものでした。でも焼きたては美味しい。おかげでおせちがあまり食べられなくなりました。まあ、これはこれで。

景況見えない昨今だけれど、穏やかに楽しい一年のスタートを迎えた。

サバイバルの年にはなりそうだ。巨大エピは、そんな気持ちに活をいれるにちょうどよい、めでたいものに思えた。(でも651円。これはちょうどよい。)

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坂戸 よさこい

2008-08-24 10:11:04 | Weblog
久々にブログ投稿。世間にはこうしてうちすてられたものも多いときく。まだとりあえずゆっくり続けていこうと思う。
坂戸のよさこいにいった。夜9時ごろまでやってるだろうと思っていたら8時までだったのであわてていった。終わり間際、また小雨の中のため、人通りも昨年見たときより控えめだったが、演者は元気一杯だった。関東は御神輿が多く、男の祭りの様相だが、よさこいは多数の女性が参加しており、優美さ、華やかさが加わる。また男性の演技が加わると勇壮さ、力強さがくわわり、神輿と違う力が加わる。
もう少し早く来ればよかったな。。今日も昼からやるが、また雨もよいの天気。
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日立中央研究所の庭園

2008-04-13 19:30:38 | Weblog
今日は日立中央研究所の庭園の開放日だったので友人と連れだって行きました。小雨ぱらつく中、少々寒かったですが、新緑の青葉のもみじが鬱蒼として美しく、雨に濡れた葉は素晴らしく光っていました。
堪能しました。秋も1日だけ公開するので時間が許せば来たいです。
一つ気になったのが写真の橋。これを渡って研究所に。返仁橋、と漢字で他方に書いてありました。どういう意味合いなんだろう。ひらがなで、へんじんはし、は、ちょっとびっくりでした。場所が場所だけに。。
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川崎市岡本太郎美術館

2008-02-17 23:37:44 | Weblog
生田公園にある美術館。今日は外気温5℃と、冷蔵庫並みの寒さであったが、雪が隅にのこるすり鉢状の土地を降りていくと、母の塔がそびえている。母性を感じさせる力強い塔。大きな白い、母なるモニュメントの上には、大きく手を広げた人たちが多数立っている。このシンプルな形の中に、強い生命力が感じられ、ともかく元気なのだ。太郎をみるといつも生命を感じる。寒空も関係はない。ただ気持ちはそうだが、実際寒いので、室内へと入る。
小田急OPカード提示でなんと20%割引。600->480円となった。(受付に言う必要があるが。知らずに一度買ってしまってから、受付に言ったので払い戻しをしてから買いなおしという面倒をした。)入り口には頬杖をついた愛嬌のある顔のオブジェがお出迎え。奥の空間は、太郎ワールドだ。照明も落としてあり、作品群が生える。両親、岡本一平、かの子を紹介してあるコーナーもあり、興味深い。中央の空間には、照明の中に大きなモニュメントが浮かびあがり、幻想的な異空間となっている。ただカッパをかたどったものや、顔のあるモニュメントは、生き生きとして、アニミズム的で、楽しい。壁面に、トーテムポールや、太郎など様々な映像が投影されては消えていく。この空間は、時折訪れたいところだ。他に座ることを拒む椅子などに座ることが出来るところもあり、しばしこのところに落ち着く。
先の空間で、太郎がフランスの番組か、インタビューを受けている映像が流されていた。流暢なフランス語で手振りを交えて語る様は、初めて見るものだけに驚かされる。フランスではマルセル・モースに師事し、人類学を学んでいたようだ。スキーをしたり、自動車に絵を描くパフォーマンスをしたり、独学のピアノを弾いたり、CMにでたり、写真を撮ったり、舞台デザイン、衣装デザインをしたり、建築デザインをしたり、また多く文章をものし、本を出版したりと多様な活動に、太郎の、職業は、あえて言えば、人間、だというのもわかるような、紹介がしてあった。
その先には、特別展の空間が。岡本太郎賞の受賞作品だ。大きなインスタレーションや、一枚のキャンバスに、絵を描いたものをアニメーションとしてとり、次々にかかれては消される展示にこころ奪われた。かびた巨大な寒天の塊を、何段か、アクリルケースに納めた作品や、関西のとある場所の絵の上にDVDで、人や車の行きかう様子を投影したもの、のびアニキなる、ドラえもんの、のび太のような格好をした人物が、あちこちで、行動する様子を日記のように収めた作品(その本人は、台の上の布団で寝ているのだ!呼び鈴を押すと、煩いなとおきだした!彼は閉館後、そのままの格好でいずこかへ帰って行った。また次の日記を取るのかもしれない。)実に、太郎が好みそうであっただろう作品が選ばれていた。まだ20代の作者の作品もあり、まだまだ日本の新世代の意欲は旺盛であることが感じられた。
また、日を置いて、時折訪れたいと思った空間だった。
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