メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

月と六ペンス(モーム)

2009-05-12 22:11:28 | 本と雑誌

「月と六ペンス」(サマセット・モーム、行方昭夫訳、岩波文庫)
サマセット・モーム(1874-1965)が1919年に発表したもの。
一度読んだことがあり、おそらく中野好夫訳(新潮文庫)のはずで、それもそんなに以前ではない、つまり若いときではない。しかし、そこそこいい作品だったという全体の印象はあるものの、この小説がポール・ゴーギャンの生涯に触発されて書かれたということ以外、内容としてはあまり覚えていなかった。
 
今回、新訳が出たということから、それも昨年読んで感心した「人間の絆」の訳者によるもの、という期待で、再度読んでみた。
 
読んでみるものである。少し読めば、主人公はゴーギャンとことなりイギリス人であり、またゴッホとの友達づきあいもない、ということがわかる。これはこの小説だけと考えて読み進めれば、人間の内部でうごめく、人間を突き動かしていくどうしようもない、暗い衝動、というものを持っている人がいて、人間関係、通常の社会生活、道徳などは省みず、それを表に出し、実現させていってしまう、そういう人がいるということを、納得してしまう。
 
それは、小説の後味がどうとかは関係なく、書かなければならない、と作者は言いたげである。その一方で、随所に現れる、他の作品にもある、作者の解説、言い訳、そういう作者の俗物ぶりはあえて隠していない。
 
作家によるいくつかの化粧を忘れて、最後に画家をまっとうした主人公は、見事に残った。
 
さて、初期に画家の才能を誰よりも先に発見した、絵葉書のような絵しか描けない画家、その妻と主人公の話は、なぜか途中でこうなるのではという予想が、そこだけはあたった。前回から覚えていたのか、それとも「人間の絆」、「お菓子と麦酒」などから想像出来たのか。
 
そのあたりで作者が主人公に言わせる台詞はどきっとさせ、この物語が持つ真実を象徴している。
「女は、男が自分を傷つけた場合には相手を許すことができる。ところが、男が自分のために犠牲を払った場合には、相手を許せないのだ。」

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