メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

最相葉月「証し 日本のキリスト者」

2023-04-02 11:54:29 | 本と雑誌
証し 日本のキリスト者
 最相葉月 著  KADOKAWA
「証し(あかし)」とは、キリスト者が神からいただいた恵みを言葉や行動を通して人に伝えること

本書の広告を見て次に書店で実物を見て驚いた。こういう本が出るとは思っていなかった。日本のキリスト者は人口の1.5%、きわめて少ない。
 
その一方、私にとって読書や音楽、絵画などでキリスト教との関連が出てくることは少なからずあった。とはいえもし私がキリスト教の信仰を持つとすれば、近親、付き合いなどで特に影響をうける信者がいるわけでもないから、聖書を読むなどのなかから頭の中で信仰にいたるという形なのだろうと考えていた。

その上で、ここで2016年からコロナ禍にいたるまで全国の教会をめぐり多くの信徒にインタビューし、135人の言葉をまとめたものを読むと、キリスト教とのかかわり、信仰に至る道のり、そしてその中での人生の波乱は、まったく想像を絶するものであった。
 
かなりの人たちには、神の、神の言葉が降りてきた経験があり、そこは理解しにくいが、そこから洗礼、また司祭、牧師を志すということは確かにあるらしい。
 
しかし読んでよかったと思うのは、信仰に関するもの以外に、この100年ちかく、全国いろんなところのいろんな境遇に生きた人たちの、読んでみるまでは想像もできない人生である。よくこんなことを経験しながら生きた、これは日本の文学、映画などいくら見ていても気がつかない要素が数多く、それは変な言い方だが凄い。
 
それもキリスト教の布教が盛んだった北海道、東北、長崎、奄美、沖縄などでさまざま固有の要素もあり、また小笠原では、知らなかったことだが、もともと日本の国籍を持たない外国人が普通の民だったわけで、戦後これまでのプロセスは大変だったらしい。またブラジルなど移民が関係した話にも驚かされた。
 
キリスト教というと、すぐに思い浮かぶのはカソリックといわゆるプロテスタントだが、後者にはいくつもの派があるらしいし、そのほかにも聖公会(英国教など)、正教(ギリシャ、ロシア)、救世軍など、これらの話もヴァラエティがあり、また人生との関わりが衝撃的なものが多い。
 
なにか近代日本の個人レベルにおける様々な苦難はこんなにあり、それにもかかわらず人たちは生き抜いてきた、という大きな感慨がある。
それにしてもこの内容で1000頁、分冊でなく全一冊、買って読む気になったのは著者が最相葉月だからである。この人の書く本はほぼすべてノンフィクション、詳細、膨大な調査がベースにあり、そしてあまりおしつけがましい主張はなく、調査内容に語らせるという感じだが、これまでに「絶対音感」、「青いバラ」、「セラピスト」、「星新一」など、多くを読んできた。私にとっては沢木耕太郎に続くノンフィクション作家といってよい。
 
本書の執筆についての苦労は著者自身の記述からもうかがえるが、ほかにもあって、それぞれの話者が自分で語る(かなり個性的な口調もある)という形をとっているから、その話は世代、地方、出自、経歴の他、さまざまである。それを、オリジナルは出来るだけのこしたまま、今の日本の読者が読めるような文章になっているのは、気がついてみるとたいへんなことである。著者がおこした原稿を各人に見せ承諾を取っただろう。さらにその上、こういう本にするにはそろらく「校正」でも問題は出てくるにちがいない。それらをクリアして、よくこの前代未聞の本を出してくれた。
KADOKAWAもこれを3,180円で出したのは英断? この著者ならある程度は売れる見込みがあったとしても。


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