メドレー日記 Ⅱ

by 笠羽晴夫 映画、音楽、美術、本などの個人メドレーです

サイード音楽評論 1 (エドワード・W・サイード)

2013-04-11 17:29:15 | 本と雑誌

サイード音楽評論 1



エドワード・W・サイード 著  二木麻里 訳  2012年 みすず書房



著者のサイード(1935-2003) が書いたものはおそらく短いものも読んだことがなくて、この本が初めだと思う。音楽についても専門家であるなどということも知らなかった。もちろんアラブ世界の問題についての議論が多くなってきた1990年代だろうか、名前は目にしていたし、この人の意見を引用したり、評価したりするということが、わが国の海外通のそして進歩的な知識人、文化人の共通項(別の言い方をすればアクセサリー)のようになっていたことも知っている。



そういう人たちが嫌いな私は、あえてサイードにも近寄らなかったのだが、彼がダニエル・バレンボイムと対話して理解しあったという話をきき、ちょっとちがった感じを持ったということはある。



 



今こうしてまとまった音楽評論を読むと、ここまで音楽を自らやり、楽曲アナリーゼの力を身につけて、精力的に評論活動をやった人は、そういないのではないだろうか。日本ではむしろ以前、吉田秀和、柴田南雄をうまくあわせると、ということだろうか。



そして、文章はもう少し論争的ではある。



 



さて、本書は1983年つまりグレン・グールド(1932-1982)の死直後から1992年まで、著者が主に米国で聴いたものについて、「ザ・ネーション」誌などに寄稿したものである。



 



ピアニスト、オペラに関するものが多く収録されているが、まずは最初におかれたグレン・グールド論が際立っている。グールドの真価について論じられたものは多いが、ここまで書ききった、それも無駄のないコンパクトな形で、というのは知らない。



私もグールドが、好き嫌い混ざって論じられるようになった頃、すなわちあの「ゴルトベルク変奏曲」(カタカナは訳者の表記による)とベートーヴェン最後のピアノソナタ三曲がモノラル録音で出てしばらく、そのほかのバッハがステレオで出始めたころから、死の直後に出たアルバムまで、ほぼ全部リアルタイムでフォローしているから、サイードの書いていることはよく理解できた。



ところでグールドのよく言われる奇行のなかで、ピアノを弾きながら指揮をすることがここでも書かれている。指揮者がいるピアノ協奏曲でもそれをやるから、オーケストラは困惑しただろうというけれど、私はたとえば死の直前に再度録音された「ゴルトベルク変奏曲」の映像を見ていて、これは指揮者グールドがピアニストグールドに対して指揮してるのでは、と思った。そうなると動きはピアノより半拍(?)先ということになるのかもしれないが、それはまだ確かめていない。



 



また奏者(主にピアニスト)にとっての中年期というテーマを考えたのは面白い。言われてみればかなり納得する。若くして脚光をあび実績も積み重ねていくと、特に連続する公演でクリエイティブな活動を継続することは困難だろうし、それがグールドが公演をやらなくなったことでもある。それでも具体的にピアニストの名前をあげてこう書くのは、日本であれば、かなり勇気がいることである。



中でアシュケナージが取り上げられ、若いころのアシュケナージを知っていて(1965年の初来日公演を聴いている)、そのあとだんだん聴かなくなっていった私としてはやはり、と思う。



 



そこを切り抜けたリヒテルなど、というのは納得だが、ここから先、サイードはポリーニとブレンデルを持ち上げすぎるのでは、と感じた。この人の音楽の聴き方はわたしなどとてもかなわないスコアに関する知識と、音楽構造の意味などをベースに、聴いているときにそれらと対比できる集中力をもとにしている。その一面で、多くのピアノ好きが重きをおくピア二スティックな面(音、フレージング、はじけ方というかなんというか)にあまりとらわれない。



それは本人もそう言っている。だから、コンクール優勝の後しばらくの休養を経て再デビューしたポリーニがあの輝けるショパンのエチュード、ストラヴィンスキーとプロコフィエフ、ブーレーズなどを世に出したのち、かなりたってからピアニスティックな魅力はどうかな、という時期でも、この本に絶大な評価を書いていた。



一方、私はというと、その後になって、シューベルト、ベートーヴェンなどでも次第に難しいものが出てくると、なにかのたうちまわっているようにも聴こえ、彼の健康状態についてもいろいろ言われていたが、1990年代終盤の「ディアベリ変奏曲」あたりでついにフォローをやめてしまった(とはいえずいぶん付き合いは良かった方だと思う)。



 



そう思っていたが最後の「追悼の音楽」という1992年の文章で、どうなっちゃったのポリーニという感じで書いている。私とは気がついたところは違うのだろうが。



 



ブレンデルについてだが、私の経験ではブレンデルが非常に好きだという人は、相当なインテリで弾かれる曲について深い知識を持ったひとが少しいるくらいで、私のようなピアニスティックが半分というピアノファンにはほとんどいない。サイードの聴き方からすると自然ではあるのだろうが。



ブレンデルという人は、おそらく音楽の先生、解説者としては優れたひとなのだろう。実は1973年の初来日時、生演奏を聴いている。その時、この音では続けて聴くのはと思ってしまった。まあデッドな日比谷公会堂で「ハンマークラヴィア」というのはきつい条件ではある。しかし件のアシュケナージの初来日公演も同じ日比谷だったが、ショパンのエチュード作品25、ベートーヴェンの作品31の3、作品110のソナタの音は素晴らしかった。



 



著者と私が重なっているグールドだけれど、私はこの人のピアノは別の意味でピアニスティックだと思う。ベートーヴェンの変奏曲(エロイカとか)など気持ちよく浸っていられる(録音があまりよくないが)。



 



サイードでおやと思うのは、論述の中で古今の多くのピアニストの名前がひかれる中、あのフリードリッヒ・グルダの名前が一度も出てこないこと。たぶん苦手だろうな。あの、ベートーヴェンなど、二十歳前にもう会得してしまって、あれは楽譜に沿って弾き飛ばせは自然に曲の真価は出てくる、みたいなことをほざいたピアニストは論じるのもいやなのだろうと想像する。本当に聴いたことないのかもしれないが。



ここらが、グルダ大好きの私から見ると面白いところだ。



 



さてオペラでは、リヒャルト・シュトラウスについて多くが語られていて、教えられることろが多い。グールドもシュトラウスが好きだったから、ここらはなるほどである。



でも「影のない女」になると、やはりこの人はすごい聴き手なんだと思う。私はこれを読んだ後でも、もう2度と見たいとは思わない。



最近になって、シュトラウスの作品をそれもサイードが評価する現代風の解釈・演出で、映像で見ることが多くなったから、シュトラウス論は楽しめた。



「ばらの騎士」は「ある種の倒錯となかば公的な厳粛さ」とはなんともな表現だが、言われてみればその通り!



 



上記で、現代風の演出を評価している、それは解釈しなおしてこそのクラシックということなのだろうし、他のところでも古楽器による演奏を支持するものではないと断っているが、これも納得できた。、



 



これらの文章がもし1990年代に翻訳されたら、ここに書かれていることを体験した我が国の論者も多かっただろうから、どういう反響があったかと興味もわく。ただオペラについては著者が文句を言いながらも珍しい作品を見ているメトロポリタンなどについて、私のようにようやく映像でふんだんにみられるようになった者としては、今がいいのかもしれない。



 



この大変な聴き手の文章を翻訳するのは至難と考えるが、訳文はバレンボイムの序文(たいへんすぐれたもの)も含めて、書き手があたかも日本人のような、読んでいて違和感がなく疲れないたいへんすぐれたものである。



そして、一つ一つの細かい事象について詳細な調査と確認を行っていることは、文章からもまた文末の注からも想像できる。



 



これから巻2を読むところで、これも楽しみである。



リヒャルト・シュトラウスに頭がいっているせいか、昨日からオーボエを扱った曲をいくつか聴いている。協奏曲はあのベルリン・フィルのかっての名手ローター・コッホでカラヤンが指揮したLP、そしてハインツ・ホリガーがなぜか自らは吹かず指揮に専念したいくつかの管楽器曲集のCD。



いい。



 





この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ナクソス島のアリアドネ(メ... | トップ | グリモーのブラームス「ピア... »

本と雑誌」カテゴリの最新記事