hiyamizu's blog

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志水辰夫『いまひとたびの』を読む

2019年12月08日 | 読書2

 志水辰夫著『いまひとたびの』(新潮文庫し-35-2、2009年8月1日新潮社発行)を読んだ。

 

裏表紙にはこうある。

ドライブに連れてって。赤いオープンカーで――交通事故で夫を亡くして以来、車椅子の生活を送ってきた叔母の願いは意外なものだった。やがて男は叔母の秘められた思いと、ある覚悟に気づくが……(「いまひとたびの」)。大切な人と共有した「特別な一日」の風景と時間。それは死を意識したとき、更に輝きを増す。人生の光芒を切ないほど鮮やかに描きあげて絶賛された傑作短編集。

 

各々が30頁ほどの短編9編よりなる短編小説集。

 

すべての短編がなんらかの死を底辺にし、切ない過去を諦観しつつ静かに胸を痛める。短編小説の名手による風景描写の中によみがえる人生。
目の前に迫る自分の死、年老いた親の死、しばらく音信がなかった旧友の死。老境と言える年になり、死が見えて来たとき、自分の過去がよみがえる。それは、日常のなんということない出来事であったり、忘れていた切ない記憶であったり、久しく帰っていなかった故郷であったりする。

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき)(最大は五つ星)

 

志水辰夫の小説は、冒険小説でなく、時代小説でなく、ハードボイルドでもなく、現代物の短編が好きだ。

志水の抑制のきいた文章で紡ぎだす背景描写のなかでの、切ない思い、人生のやるせなさが身に染み、漂う諦観が心のさざ波を鎮めようとする。

なかでも私が胸を打たれたのは、気に入った順番で、「夏の終わりに」、「いまひとたびの」、「赤いバス」、「嘘」……。

 

志水辰夫の略歴と既読本リスト

  

 

「赤いバス」
ようやく長男に酒の卸問屋を譲って、ひとり山荘で暮らす男が、知的障害のある少年ミツオに出会う。少年はめったに止まらないバス停によく座っている。赤いバスで姉が帰省するのだという。ある夕方、赤いバスから少年の姉が降りてきて、二人は墓地の手前の桑畑の夕闇の中に消えていった。
男は(以下ネタバレ気味なので白字)

機嫌を直し、自信にあふれ、いっそう楽天的になっていた。……
こうなったら絶対、あと一年は生きのびてやろうとおもっている。来年のお盆にまた、ミツオと一緒にあの娘をバス停で迎えてやるのだ。そしてつぎの年からは、わたしもあのバスに乗って帰って来る。

 

「七年のち」

児玉と共に会社のために奮闘していた井川が亡くなって七年。会社の同期生の児玉、部長になった井上と、子会社に出た温厚な池谷が集まった。中学生だった美代子は、母の美砂子に似て美人で来月から社会人になるという。美代子には毎月匿名で奨学金を送ってくる足長おじさんがいて、そのコラージュが部屋に飾られていた。美代子は思い出した。通夜の夜、ベランダで泣いていると、タバコを吸いに来たおじさんが、たった一ヶ月しか生きられなかった娘がいたと語った。

 

「夏の終わりに」
男は、母が亡くなって空き家になった田舎にリタイヤーして暮らそうとしている。大柄で華やか、自信にあふれたキャリアウーマンである妻が短い休暇を過ごしにやってくる。妻はいう「ほっとするところだとは認めるけど」「東京以外のところはすべて行きずりの土地でしかないのよ。根の下ろし方がわからないの」。

彼が「両方が単身赴任だと思えばよい」と言うと、妻は「わたしも辞めるわ」と言った。
男は、妻が自分の病に気付いたと分かり、駅で「ここに帰って来るのはよすことにしたよ」「できるだけ一緒に暮らしたい。…これからはもっときみにつきまとっていたい」と言う。
「私はあなたに好きなことさせてあげたいのよ」
「だから一緒にいたいんだ」

 

「トンネルの向こうで」

郷里の兄から母が再入院したとの電話があった。しかし、智之は北海道出張の予定があり、本部長としていろいろなところに行かねばならなかった。札幌時代に通った店を求めて道に迷った。

 

「忘れ水の記」
彼は、侑子が女将をしていた旅館「羽生田館」に泊まる。彼女は交通事故で死んでいて、今は娘の由紀子が女将だった。出された料理はほとんど食べられなかった。

侑子は女将の座を継がなければならかった。彼は東京に大学へ進み、以後、本当に必要だったものまで捨ててしまったのではないかと思い続けた。……てるてる坊主の記憶……

 

「海の沈黙」 略

 

「ゆうあかり」
彼と妻・美津子と寧子(やすこ)は学生時代の仲間だった。寧子から妻に、クラス会に出席できなくなったとの手紙が届く。同じ仲間だった磯部が会社にやって来た。磯部はかって寧子へ告白したが、彼女は好きな人がいますと答えた。そして今、彼女は瀕死の状態だという。帰りの電車の向かいのホームに一瞬寧子の姿を見た。帰宅すると寧子が危篤との妻のメモがあった。

 

「嘘」

妻・国子は入院している兄嫁・弥生の介護を、ほとんど顔を見せなくなった弥生の姪の片山美奈子に代わっていたが、耐えがたい意地悪をされていた。弥生の息子の剛と彼の息子・憲一が自動車事故で亡くなったのだが、弥生は運転していたのは憲一に決まっていると言い募った。彼がただひとり弥生を看取ったが、国子に弥生は最後に謝りながら死んでいったと告げる。

 

「いまひとたびの」
叔母・松方柚子は運転する車が事故を起こし、夫をなくし、自分は車いすの生活になった。30年間叔母の前で車の話はしなかったのに、3か月前訪れた時、ドライブに連れて行けといわれた、ニューヨーク転勤が決まり、その前に伯母をドライブに連れ出した。ユーノス・ロードスターという真赤なスポーツカーで箱根に向かった。しかし、レストランに入っても叔母はまったく料理に手をつけなかった。最後に、叔母の頼みで、事故の現場を見た。「帰りましょう」叔母はあっさり言った。「気がすんだわ」

自宅の窓から眺める叔母は手を振り、笑っていた。窓の前を通り過ぎてからUターンして、その前をアクセル一杯踏んだユーノスは凱旋し、彼は「いえーい!」と声を張り上げた。

 

 

都邑(とゆう):まちとむら。都会

花卉(かき):花の咲く草

嫂(あによめ)

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