hiyamizu's blog

読書記録をメインに、散歩など退職者の日常生活記録、たまの旅行記など

青山七恵「かけら」を読む

2009年12月31日 | 読書2

青山七恵著「かけら」2009年9月、新潮社発行を読んだ。

「かけら」、「欅(けやき)の部屋」と、「山猫」の3編よりなる短編集。
「かけら」は優れた短編小説に与えられる川端康成文学賞を受賞した。



「かけら」
主人公の女子大生とって父は、昔からちゃんと知っていたようにも、まったくの見知らぬ人であるようにも感じられた。その父と2人だけで参加することになるさくらんぼ狩りバスツアーの一日。ただそれだけの話で、ストーリーとしては何が起こるわけでもないが、淡々とした感情のかすかな揺れが父とのもどかしいような会話や、簡潔でイメージを発現させる描写は見事だ。

出だしはこうだ。
綿棒のようなシルエットの父がわたしに手を振って,一日が始まった。
中央通り沿いに続くイチョウ並木の下、すぐ脇にそびえる幹とまったく同じ角度で、父は背中から朝日を受けて立っていた。
そして、
首もとまできっちりボタンをとめたポロシャツ姿の父は、そういう風景に貼り付けられた一枚の切手みたいだった。
と、これだけで、父の姿が目に浮かび、話しぶりまで想像できてしまう。

女子大生である娘にとって、とくに何か確執があるわけでもない父親との微妙な距離のゆらぎが、すこしずつ描き出されて行く。


「欅の部屋」
2年間ともに過ごした背が高く、骨太な昔の彼女「小麦」は、蛇口がひねられたときは恐縮するほど僕の近くにいた。しかし、何かのきっかけで蛇口がひねられると決して自分から僕に接近しなくなる。そして、やがて別れ、もう会うこともない。しかし、他の女性との結婚準備中の今でも「小麦」は同じマンションに住んでいて、僕はなにかのときに思い出す。そして、ときどきボーとして飛んでしまう僕を見て、婚約者の女性が不安を感じている様子もうかがえる。
(はっきりした説明がないのでよく分からない「小麦」なる女性が、私には気になる。村上春樹の小説の女性のように)

「山猫」
東京に一人住まいの新婚の杏子のところに、沖縄の西表島から従姉妹の高校生が泊まりにくる。言葉少なく、うまくコミュニケーションとれない彼女と人当たりの良い夫は問題なく付き合っているのに、杏子はなにかとイライラしてしまう。(そのすれ違いが不自然でなく、面白い。ただ、最後の数行は余計だ。余韻を残すために普通の小説には絶対書かないと思う。)


初出は、「かけら」が「新潮」2008年11月号、「欅の部屋」が「すばる」2009年1月号、「山猫」が「新潮」2009年8月号



青山七恵は、1983年、埼玉県生まれ。筑波大学図書館情報専門学群卒業。2005年、在学中に書いた「窓の灯」で文藝賞、2007年「ひとり日和」で芥川賞受賞。2009年、本書「かけら」で川端康成文学賞を最年少で受賞。その他、2008年「やさしいため息」、2009年「魔法使いクラブ」。



私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)

わずか2作目で芥川賞を受賞、4冊目の本書で川端康成文学賞を最年少で受賞した26歳。感動のストーリーも、独特の文体もない。荒っぽい読み方になれてしまった私には、一見なんでもなく、スルリと読めて、それだけで終わってしまう。しかし、この感想文を書くために、もう一度パラパラと読み返してみると、微妙な空気を巧みに描写していて、完成度が高い。しかし、文章は硬質でなく、やさしい。これでもかといった感動物や、奇を衒ったかのような小説でなく、こんな静かで深い小説が受賞とは嬉しい。さすが川端康成文学賞だ。


コメント
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