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いま、そのとき、かんがえつつあること。

mixiとブログとウィキペディアと読書

2005-12-13 | 議論
mixiをはじめたというのをこのブログに かきましたが、mixiの感想などは まだ かいてなかった。とじた空間(mixi)の、そのなかのコミュニティにたてられたスレッドで議論をするというのは、案外たのしいもんだと感じた。現時点で142のコミュニティに参加している(そのうちひとつは自分でつくったもので、なおかつ参加者ゼロ(笑))。

とりあえず あれこれ参加してみたという感じなのだが、議論をする場としては わたしはチャットのほうが すきだし、参加者が かぎられている以上、それほど注目すべき議論というのはない。もちろん、なかには すんばらしいのもあるが、玉石混淆だし、「みてるだけー」のひとには それほどまでには魅力もないだろう。きめてになってくるのは、自分がどこまで ふみこむかということかな。

で、いま、あるコミュニティで「クローンの是非」という議論をしている。クローンと いってしまうと漠然としすぎていて人の数だけ想定するものが ちがってくるという諸刃の剣。素人にはオススメできない…と いえたら いいが(笑)、わたしも ふくめて、ほぼ みんな素人なわけだ。そこで議論に参加しつつ感じたのは とじられた空間での議論というのは、いまここで どのような議論があるのかという、つまり外=社会への視点が ぬけおちてしまうことがあるということだ。とじられていて、なおかつ2ちゃんねるほどには放言のできない環境であるということは建設的な議論がしやすくなる。けれども、奇想天外な話ばかりが展開されて、あらぬ方向にいってしまうこともあるなぁと。

それでも議論ずきで挑戦的な人というのは、ためになる刺激をあたえてくれる。おかげで、粥川準二(かゆかわ・じゅんじ)『クローン人間』集英社新書やマッキベン『人間の終焉』、『現代思想』の関連論文、はてなアンテナに登録してあるブログの記事などなどを熱心によみこむことになった。

この1年ほど、すこしは おさえておこうと科学論の本をよんでいるが、きのうは、放置していたスタンジェール『科学と権力―先端科学技術をまえにした民主主義』をよみはじめた。なかなかよい。

「ファン・ウソク シンドローム」についてブログに かいたのも、そのながれだ。

で、ウィキペディアなんだけど、「ノート:副島隆彦」が たいへん おもしろい。これも科学論的だし、なおかつ、意見が わかれるものについて いかに合意をえるかという民主主義とも通ずる話だと おもう。

amazonの書評をよく よむ人は、わたしだけじゃないだろう。自分がみた映画の映画評をあれこれ よもうとする人も、けっこういるだろう。いろんな人がもっている意見や知識というものが かいま みれるということは、なかなか便利なことだ。ということで、バークの『知識の社会史―知と情報はいかに商品化したか』をそろそろ よもうかと おもう。

他者との かかわりを通じてしか、わたしは本をよめないのだな…ということで。

グーグル:「知識社会学」

2 コメント

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どーもです。 (ふぉくろ)
2005-12-17 00:30:10
噂のクローントピから思わず来ちゃいました。



とても勉強になるページや本を紹介してくださってる

ので、どんな方かと。



それでは、また。





これは、どーも (ひつじ)
2005-12-17 08:35:28
あれこれ検索したり、本をあさるのは、よくわからない、よくしらないということに対する ひけめのようなものが動機になっています。単純な好奇心というのもありますが。