ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

再生・再建

2010-06-19 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
しかし、ひれ伏しているだけでは円盤は片付かない。お母の命令は絶対である。
撤退命令が下されたからには散乱する円盤を片付けなければならない。
つべこべ言わずに、さっさとべっこべこ円盤を片付けた。
片付け終えて「ふ…っ」と一休み、徐に一枚の円盤を手に取り、プレイヤーに乗せ、針を置く。そして、電源ONで円盤回し、耳を澄ます、と?
少年 鉄郎「め゛ーぇ゛ーーーーでーーーる゛ぅぅ…」と伸びた音でメーテルを呼び止め、
メーテル「でーづーろ゛ぉーーぉーー…」と、美しきメーテルから想像できない程の野太い声で少年 鉄郎に応えたメーテルの声が聞こえた。
イメージ内の鉄郎の声は置いといて(無関心)、美しきメーテルの容姿から想像していた声とはかけ離れた野太さにイメージ崩壊の危機到来。
筆者 幼少松郷「あ゛ぁ゛…」
音声が作り出すイメージの崩落で、それ以来、気分とイメージを害した筆者 幼少松郷はレコードプレイヤーにレコード盤を乗せる事はなかった。
その後、イメージ“再建”を図るのに苦労したことは言うまでもない。
よくよく思うのだが、例えば、漫画を読んでいて、その漫画がアニメ化になりました。で、そのアニメの第一回目の放送を見て、ガックリ来たという経験はないかな?
私はある!
私は漫画の登場人物の声をある程度想像しているので、自分のイメージとアニメの声優が不一致だった場合、かなり凹むのだ。
それだけ音声というはイメージを作るのに大切な役割を果たしていると私は考える。
つまりだ、メーテルはイメージをぶっ壊すほどの声となって“再生”された。
もう、決してレコードをべっこべこすまいと反省したが、もう再生する機械がなくなった。
時代はレコードからCDに変ってしまったというわけだ。
その後、ひっそりと部屋の片隅で絵本を黙読する筆者 幼少松郷がいた。
別に読み聞かせしてもらわなくても自分で読めるしな…と結論付けただけである。
全く読み聞かせの意味を成さないレコード付き絵本だったよ。読み聞かせを聞いたのは一回あるかないかで、最後まで聞いた試しもない。
そんな絵本の中の憧れのメーテルは、機械王国の国王の娘だった。私はその立派な肩書き[国王の娘]に変に捻じ曲がったネジの歪んだような憧れを抱いていた。しかし、その美貌と異様に長いまつ毛は、他の人(男女問わず)たちに妬み狙われることが多かった。


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