ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

散華の如く~美しい方だった…~

2013-11-07 | 散華の如く~天下出世の蝶~
茶筅丸「…ん」
愚問。恋しいに決まっている。
兄が羨ましいに決まっている。
甘えたい時に、母に甘えたいに決まっている。
母の手からまんまを貰いたいに決まっている。
帰蝶「では、」
体を起こして、
「大事なお話をしよう。これへ」
傍に座らせた。
茶筅丸「…」
帰蝶「そなたの母上様は、それはそれは美しい方だった…」
触れれば壊れるのでないかと思うほど、繊細な西洋ガラス。
倒れて割れるのではないかと思うほど、艶やかな東洋陶器。
聖書の天使と仏典の天女があいまった、美しい方であった。
「ほれ。そこ、見えるか」
蝋燭の灯りでぼんやり映る、御本尊を囲んで舞う天女を指差した。
「そなたの母様は、あの白い雲の精霊となられた」
茶筅丸「せい…れい?」
帰蝶「魂といって、体から抜けた心の姿…あのように白い衣を召して、天で舞っている」
茶筅丸「母上様…」
筅丸は乳飲み子の時、母と引き離され、
それ以来一度も、母に抱かれていない。
母に抱かれた記憶すら、もう無かろう。
帰蝶「母様は、そなたが逞しく、独りで生きる事を望まれた」
茶筅丸「…ん、ん…ん」
大きく首を横に振って、いやいやを繰り返す。
自分も連れていけと届かぬ天女に手を伸ばす。
私はその小さな手を掴んで、ぐいと引っ張り、
こちら現実と事実の方へと、引きずり戻した。
帰蝶「良いか、そなたの母様は、もうおらぬ」