ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

宿った命、失った心

2011-06-05 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
能子「あ…」と戸惑っていたら、
池田「クッ」と横顔向け「遠い昔の、話です」と笑った。
その横顔は、紅葉局(もみじのつぼね)…池田さんのお母様に似て端整…でも、それが、冗談か本気か読めない表情を作っている。
能子「もうッ!」と肘で小突いて、その瞬間、池田さんの姉上様 美作君(みまさかのきみ)の横顔が思い浮かんだ。美作君は4年前、亡くなった。
じゃ…「ねぇ…」急に不安の波が押し寄せ、池田さんの着物をグイッと引っ張り「局様、どうしてらっしゃるの?」と背中越しに聞いてみた。
池田「…。駿河の伴別邸で伏せている、と知らせがありましたが、会っては、いません」
能子「そう…」娘と孫の死を受け入れるには、時間が掛かる「…よね」
美作君のお腹には、赤ちゃんがいた。従兄弟 資盛の子が宿っていた、なのに…。
失われた命の前にどうしようもなく…苦しくなって、池田さんの着物をギュッと掴んだら、
池田「それなら、落ちませんね」と、いきなり、馬の速度を速めた。すると、
能子「ご…ッ」と池田さんの背中に頭突きしてしまった「ごめん…」と代われなかった命に謝った。すぅ…と、私の命が落ちる代わりに、涙が数滴、流れて…落ちた。神様に誰にも気付かれないようにと、馬が風を切るように、急いで涙をぬぐい、その痕跡を消したが、
池田「…」涙の痕跡は消せても、紅く染まった記憶は、消せなかった…。
さっきまで穏やかだった空が一変し、月山頂上付近では幾重にも重なる雲が出てきた。
山の天気は変わりやすい。
義経「雲が下りて来たな…」天候が崩れる前兆だ。その雲を見て、
松尾「雲の峯 いくつ崩れて 月の山」
(訳 遠くで見ると美しいが、近くで見ると…峰に幾つもの雲を貫き、崩れて…厳しい顔だ)
義経「ふぅ…」山吹なのか、葵なのか、あいつらの顔が脳裏に浮かんで「おっかねな。今日の女神は…」と呟いた。にわか雨が、すぐそこまで来ている「大きなのが、来るな」
ゴロゴロ…、遠くて雷鳴が轟いた。
頂上まであと少しという所で、志津「ここだよ」ストン…と鹿角君から降りた。
小屋には『月山蕎麦 本店』の看板が掲げてあり、脇には水車が回っていた。
志津「そこン中、入ってご覧」と鹿角君の手綱を裏口付近に繋いで、俺たちを裏口から招き入れた。水車の裏では、三つの作業 蕎麦の石臼挽き、刀の刃研ぎ、繭の糸紡ぎをこなせるようになっていた。ただ、石臼挽きの方には先客がいて、蕎麦の実を石臼で挽いていた。