ひつじ草の挑戦状

色んな思いを綴ってます。

はぐらかされた世界

2011-06-04 | 義経絵巻-芭蕉夢の跡-
池田「鶴岡の黒川です」と、脇からスッとパンフレットを出し、彼女に渡した。
能子「黒川能※…」※国指定重要無形民俗文化財 黒川能の蝋燭能が有名です。
“清和源氏の祖とされる清和天皇”が、ここ黒川の自然をこよなく愛し、そこで能を教えたとされる場所で、古くからの習わしで、能楽師やお囃子は春日神社の氏子が代々務め、春日神や氏神の許しを受け神主が祈祷してから神事舞を行うという伝統が残っていた。渡されたパンフレットのプログラムには、稚児舞の“大地踏”で始まり、能、狂言と書いてあり、
能子「あ…」能の演目に、目が留まった。
池田「ねっ」と横顔向け「見たいでしょ?」と悪戯っぽく笑ったから、
能子「このッ、知能誘拐犯、めっ!」と抓ってやった…しかし、悔しい事に能の演目『羽衣(はごろも)』に、釘付けになってしまっていた。
羽衣をまとった天女が駿河を舞う…私の好きな演目だった。
池田さんに心を読まれているようで恥ずかしいやら、怒りたいやら、歯痒くて、深い溜息と同時に「もう…」と言葉を漏らし、空を見上げた。
すると、月山の神様が、私をじっと見ているような気持ちになって、恥ずかしくて、顔向けできず、スッと視線を外した。外した視線の中の空では、羽衣のような筋雲がすうぅと流れて…風の行方を追っていた。
ピシャッ、と音が聞こえて、うつむくと、
能子「マス…」が、空と太陽を映す鏡のような赤川に、尾びれで水面を蹴飛ばし、キラキラ輝く水飛沫(しぶき)を上げて遡上していた。鱗に傷を作りながら、己を傷に気向きもせず、只管(ひたすら)遡上するマスの雄姿が美しく「きれい…ねぇ」と誰に言うでもなく、呟いた。
池田さんのお姉さんは、海の泡となって消えた。
泡になれなかった私は…雲となって消える宿命(さだめ)かな…と、フッと力を緩めたら、
池田「落ちますよ」と言われて、
能子「ハッ」と現実に引き戻され「ハハ…。ぼぉっとしちゃって…」と現実をはぐらかした。
池田「…。昔、一緒に行きましたね、駿河」
能子「えぇ。お母様の親戚が伊豆に居られる、って…」そこから臨んだ富士を回想した。
池田「母は、300年前、伊豆に飛ばされた伴(ともの)氏族なんです」
能子「…え?」
池田「応天門の放火犯に左大臣 源 信(まこと)を密告した伴善男。しかし、源氏は“清和天皇”により免罪となり、密告者である伴とその氏族が各地に流罪となった…」