羊のプチ冒険

フランス語と英語の通訳案内士(未年生まれ)が考える、こんな事、あんな事・・・

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勲章・・・ほしい人、拒否する人、無関心な人・・・あなたは?

2015-01-18 23:56:29 | フランス・メディア
昨年からの話題の本、それも経済に関する本と言えば、トマ・ピケティ氏の『21世紀の資本』(“Le Capital au XXIe siècle”、2013年刊)。和訳ももちろん出ていますが、私をはじめその厚さに恐れをなす人が多いせいか、ピケティ入門といった本まで数冊出ています。しかも、そうした本が売り切れて、数週間待ちの状況になっています。

また、NHKのEテレではピケティ氏が出演する「パリ白熱教室」を1月9日から6回シリーズで、金曜の夜11時から放送していますし、1月29日から2月1日まで、ピケティ氏本人が来日し、シンポジウムや講演会に出席します。まさに、ピケティ・ブームですね。

経済は門外漢の私がピケティ氏の著作や理論について何かを語ることは難しい・・・ここでは、ピケティに関する別の話題をご紹介したいと思います。

その前に、まずは、ピケティのプロフィールから。

Thomas Piketty・・・1971年5月7日、パリ郊外のクリシー(Clichy)で、裕福な家庭に生まれる。両親は、1968年の五月革命を契機に誕生した極左トロツキスト政党 « Lutte Ouvrier »(労働者の闘争:LO)の党員で、後、南仏、スペインとの国境に近いオード県(Aude:県庁所在地はカルカソンヌ)に移り、ヤギを飼育する畜産農家となる。トマは、バカロレアC(Mathématique et Sciences physiques:数学・物理)に合格し、数学の準備学級を経て、18歳で高等師範学校(l’Ecole normale supérieure)に入学。しかし、興味・関心が経済学へと向かい、社会科学高等研究院(l’Ecole des hautes études en sciences sociales)とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学ぶ。1993年、22歳で経済学博士号を取得。その博士論文は同年の最優秀学位論文賞(le prix de la meilleure thèse de l’année 1993)を受賞。

1993年から2年間、MIT(マサチューセッツ工科大学)で教鞭をとる。その後、フランスに戻り、研究・教育に邁進。主要分野は、経済的不平等の研究(l’étude des inégalités économiques)。2002年には、フランス最優秀若手経済学者賞(Le prix du meilleur jeune économiste de France)を受賞。2013年には、経済学の理論・運用でヨーロッパに多大な貢献をした45歳以下の経済学者に贈られるユルヨ・ヨハンソン賞(le prix Yrjö Jahnsson)を受賞。なお、1993年に創設されたこの賞の第1回受賞者には、昨年のノーベル経済学賞を受賞したジャン・ティロール氏(Jean Tirole)も名を連ねている。

政治的立ち位置は社会党(PS)に近く、リベラシオン紙(Libération)の編集委員を務めるとともに、ルモンド紙(Le Monde)にも寄稿をしている。2007年の大統領選挙では、社会党公認候補だったセゴレーヌ・ロワイヤル女史(Ségolène Royal)を支持。経済顧問を務める。また近年では、その研究・思想が、2011年の“Occupy Wall Street”(ウォール街を占拠せよ)に大きな影響を与えたとも言われている。

こうして、いくつもの賞を受賞した高名な経済学者であるトマ・ピケティ氏のプライベートは・・・プライベートは仕事に影響しない限り問題とされないフランスですが、門外漢としてはやはり、興味がありますね。

かつてパートナーだったのは、社会党所属の下院議員で作家、そしてオランド大統領の下、2012年5月から14年8月まで文化通信大臣(ministre de la Culture et de la Communication)を務めていたオレリー・フィリペティ(Aurélie Filippetti)女史(1973年6月17日生まれ)。かつてのパートナーということで、既に解消しているのですが、どうも、2009年、ピケティ氏はDVでフィリペティ女史に訴えられたようです。氏の謝罪を受け入れて、訴えは取り下げられたそうですが、順風満帆の人生のように見えて、プライベートでは、それなりに、いろいろあるようですね。

なお、フィリペティ女史、2012年から14年の夏までは、かつて中道・右派のUMP(Union pour un mouvement populaire:国民運動連合)に属し、シラク大統領の下、担当大臣などを務めたド・サン=セルナン氏(Frédéric de Saint-Sernin)とパートナー関係にあり、同年秋には、社会党の下院議員で2014年8月まで経済相(ministre de l’Economie)などを歴任したモントブール氏(Arnaud Montebourg)との関係が、パリマッチ誌に暴かれてしまったようです。“Vive la République ! Vive la France ! et vive l’amour !”(共和国万歳。フランス万歳。そして、恋愛万歳:前の二つ、大統領の演説などの最後に言われる、言ってみればスローガンのようなものですね)といった、感じですね。さすが、フランスです。

さて、さて、肝心のトマ・ピケティ氏をめぐる話題ですが、1月1日のルモンド紙電子版に“Thomas Piketty refuse la Légion d’honneur”(トマ・ピケティ、レジオン・ドヌール勲章受賞を拒否)という見出しの記事が出ていました。もう半月以上も前の話題で恐縮ですが・・・

プロフィールにあるように、多くの賞を受賞してきたピケティ氏は、なぜ、レジオン・ドヌール勲章の受章を拒否したのでしょうか。記事が伝えるには、「私はこの勲章へのノミネートを拒否する。なぜなら、誰が受賞にふさわしいかを決めるのは政府の役割ではないと思うからだ。国家はフランスとヨーロッパの経済活性化に打ち込むべきだ」ということだそうです。

ピケティ氏を推薦したのは、高等教育研究担当大臣であるフィオラゾ女史(Geneviève Fioraso)で、ピケティ氏の研究・業績とその国際的名声はフランス共和国によって称賛するにふさわしいと推薦理由を述べていますが、同時に「この賞を受け取るか否かはピケティ氏次第だ」と述べています。さすが、「自由」の国、フランスですね。

記事はまた、国際的に評価の高い『21世紀の資本』が本国フランス、特に政府関係者の間であまり大々的に称賛されていないと伝えています。なぜか・・・ピケティ氏は政治的には社会党に近いものの、オランド大統領による政策を非難している。特に、大統領選挙時の公約、高額所得者への累進税率を上げることによる財政状況の根本的改革を葬り去ってしまったことを、支持していただけに残念に思っている。「オランド大統領の財政及び経済政策にはその場しのぎがあるように思う。まったく嘆かわしい」と述べている。

ということで、オランド政権への期待が裏切られたと非難しているピケティ氏、その非難を快く思わない現政権。そのために、『21世紀の資本』への賛辞にもフランス国内と国外では温度差があるようです。

であれば、受賞拒否の真の理由は、レジオン・ドヌール賞の受賞者を決めるのは政府ではない、という一般論ではなく、自分の期待を裏切ったオランド政権からの賞は受け取らない、ということなのではないかと、思えてきてしまいます。以前には、多くの賞を受賞してきたわけですからね。さすが、「個人」を大切にするフランスです。

レジオン・ドヌール賞の受賞を拒否したのは、もちろんピケティ氏が初めてではなく、氏はその長いリストに新たに加わった、ということだそうです。記事が紹介している、主な受賞拒否者は・・・

・レオ・フェレ(Léo Ferré):歌手、“Avec le temp”“La Solitude”など。
・ジョルジュ・ブラッサンス(Georges Brassens):シンガー・ソングライター。“Chanson pour l’Auvergnat”“Les Amoureux des bancs publics”など。フランス国内では、絶大な人気を誇った。
・ピエール・キューリー(Pierre Curie):科学者、有名なキューリー夫妻の夫。
・ジョルジュ・サンド(George Sand):作家、ショパンとの逃避行などでも名を馳せる。
・クロード・モネ(Claude Monet):画家、『睡蓮』の連作がとくに有名。
・ジョルジュ・ベルナノス(Georges Bernanos):作家、『田舎司祭の日記』(Journal d’un curé de campagne)など。
・ジャン=ポール・サルトル(Jean-Paul Sartre): 哲学者・作家。1964年には、ノーベル文学賞受賞を辞退・・・「いかなる人間も生きながら神格化されるに値しない」
・シモーヌ・ド=ボーヴォワール(Simone de Beauvoir):サルトルのパートナー、作家・哲学者。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」(『第二の性』)
・アルベール・カミュ(Albert Camus):作家、『異邦人』など。1957年、ノーベル文学賞を受賞。
・ジャック・タルディ(Jacques Tardi):漫画家、“Aventures extraordinaires d’Adèle Blanc-sec”など。
・アニー・テボー=モニー(Annie Thébaud-Mony):労働に起因する癌など、職業病の専門家。

辞退、拒否の理由は・・・恥辱と不幸のリボン(フェレ)、受け入れ難いとんでもない運命(ブラッサンス)、その必要を感じない(キューリー)、年取った食堂の女将のような雰囲気をまといたくない(サンド)などさまざまですが、自分の芸術、あるいは研究の成果は、政治家なんかに分かるものか、そんな気分というか、気概といったものが感じられますね。王制を自らの手で打倒し、帝政を自らの手で終わらせたフランス人ならではの、意気軒高さでしょうか。現政権への批判があるとはいえ、こうしたニュアンスはピケティ氏にもきっと、あるのでしょうね。「誰がレジオン・ドヌール賞にふさわしいかを決めるのは、政治家ではない」・・・文化勲章は、誰が決めているのでしょうね。

なお、文化勲章辞退者は、河井寛次郎(陶芸)、熊谷守一(洋画)、大江健三郎(小説)、杉村春子(舞台演劇)の4人だそうです。それぞれに、筋を通した辞退だったようです。見習いたい、と思いつつも、同じような状況には絶対ならないだけに、ちょっとさびしい・・・
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