羊のプチ冒険

フランス語と英語の通訳案内士(未年生まれ)が考える、こんな事、あんな事・・・

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ハラキリからチャーリーへ・・・そして、ウェルべックの『服従』。

2015-01-08 22:01:50 | フランス・メディア
昨夜、8時過ぎだったと思いますが、速報が字幕スーパーで流され、その後、ニュースの時間をそれなりに割いて報道されているパリでの襲撃事件。襲われたのは、 週刊紙« Charlie Hebdo »のオフィス。その『シャルリ・エブド』ですが・・・

「フランスの週刊新聞『シャルリ・エブド』は風刺画が売り物で、前身は1960年に創刊された月刊紙『アラキリ』。アラキリは極左的な過激な紙面が売りだったが、60年代に2度の発行禁止処分を受けた。週刊化後の70年にはドゴール元大統領の死去を巡る表現で再び発禁に。その後、現在の題名で再刊し、一時休刊の後、92年に復刊された。
タブロイドサイズで16ページ。AFP通信によると、平均部数は約3万部。近年、発行を続けるために寄付を呼びかけていた。」

このように、1月7日付の朝日新聞電子版に紹介されています。若干、補足しますと・・・

創刊当初の誌名は « Hara-kiri »、そう、切腹のハラキリでした。フランス語では « h »を発音しないので、『アラキリ』。「アラキリ」は早くからフランスに浸透した日本語の一つですね。もう一つ、長く使われているのが、「カミカズ」。 « kamikaze »、最後の « e »が発音されないので、「カミカズ」となりますが、「神風」ですね。自爆テロを意味しています。今日でも、良くニュース等で聞かされます。

さて、発禁を乗り切るために1969年にタイトルを « Hara-kiri Hebdo »、 « L’Hebdo Hara-kiri »と2度変え、月刊誌から週刊紙へ。 « hebdo »は « hebdomadaire »の略で、「週刊」という意味です。この頃から使用しているキャッチフレーズは“bête et méchant”(お馬鹿で意地悪)。読者からの非難の手紙に書かれていた言葉を、自らのキャッチフレーズに使ってしまったとか。人を食った、新聞の性格をよく表していますね。

そして、1970年に « Charlie Hebdo »へ。紙名を変える際、さすがにもう « Hara-kiri »は使えないと思ったのか、 « Charlie »を採用しました。この「チャーリー」は1968年創刊のコミック誌 « Carlie Mensuel »(月刊チャーリー)から拝借したそうです。人的交流があったからのようですが、この「チャーリー」のルーツは、チャーリー・ブラウン(Charlie Brown)、そうマンガ『ピーナッツ』(Peanuts)の主人公の名前です。

月刊チャーリーをもじって、週刊チャーリーへ。しかし、その風刺精神が度を越したのか、1981年に廃刊の憂き目に。しばしの休刊期間を経て、1992年に同じタイトルで復刊されています。毎週、水曜が発行日。打たれても、打たれても、批判精神、風刺精神は不滅で、さまざまな物議を醸してきましたが、ついに編集長兼発行人や主要な風刺画家を失うこととなってしまいました。

襲撃された今週の水曜日に発行された最新号の一面に描かれていた風刺画・・・一人の男性が描かれていますね。誰だと思いますか・・・たぶん(今週号の実物を手にしていないので、映像でちょっとだけ見た限りでは、ということで、申し訳ないのですが、たぶん)、作家のミシェル・ウェルベック(Michel Houellebecq)だと思います。「若者はジハードを好む」という題の最新号の表紙に、どうしてフランス人作家が?

「フランス現代文学界で最も知名度が高く、最も多くの言語に作品が翻訳されている小説家の1人である」(1月6日:AFP=時事)ウェルベック氏の最新作は、 « Soumission »(服従)。その内容は・・・

2022年のフランス。そこでは、「イスラム政権の下、女性たちはベールをかぶり、パリ・ソルボンヌ大学(Paris-Sorbonne University)はパリ・ソルボンヌ・イスラム大学と改名されている。(略)穏健派イスラム原理主義組織「ムスリム同胞団(Muslim Brotherhood)」による架空の政党が生まれ、2022年の大統領選挙でマリーヌ・ルペン(Marine Le Pen)氏率いる極右政党、国民戦線(National Front、FN)を打ち破り、「モハメド・ベン・アベス(Mohammed Ben Abbes)大統領」率いるフランス史上初のイスラム政権誕生への道筋が描かれる。語り手の「フランソワ」が働くパリ・ソルボンヌ大学は「パリ・ソルボンヌ・イスラム大学」と改名され、女性たちは西洋風の衣服を脱ぎ捨てベールをかぶることを支持し、非イスラム教徒の教授たちは改宗しなければ失職する・・・」(1月6日:AFP=時事)

こうした作品と『シャルリ・エブド』最新号のテーマが結び付けられているのかもしれませんね。しかし、それにしても、描かれているウェルベック氏の顔、本人が嫌がるであろう所が強調されていますね。だからこそ、似ている、似顔絵になっているのかもしれませんが。ごく最近、件の本の出版に関してFrance2の夜8時のニュースに出演した際には、もう少し見てくれが良かったと思うのですが・・・

ところで、空想の近未来と言えば、 « Africa Paradis»(アフリカ・パラダイス)というフランスとベナンの合作映画が2007年にフランスで封切られました。その内容は・・・

時は2033年。アフリカは「アフリカ連邦」としてひとつにまとまり、経済等も急成長。いまや世界の中心のひとつに。一方ヨーロッパは、かつての栄光や今いずこ。疲弊しきった社会で、職もなく、教育もおざなり。まったく良いところなしの社会に成り果て、アフリカ移住のためのビザを求める多くの人が大使館前に長蛇の列を作る有様。しかし、いくら学歴があろうと、フランスの教育レベルは低いから同等とは認められず、アフリカ連邦に必要な人材として認められない、つまり移住が認められない。そこで、不法移民になってでも職のため、暮らしていくためにアフリカに渡りたいという人たちが現れる。主人公カップルもそうして不法移民としてアフリカにもぐりこむ・・・(弊ブログ『50歳のフランス滞在記』2007年3月17日「立場逆転の映画」)

見果てぬ夢とは思いつつも、こうした作品が生まれてしまう、そんな時代、そんな社会なのでしょうね。

さて、『シャルリ・エブド』での編集会議中を襲われ、命を落とした中には、著名な風刺画家たちが含まれています。『ル・モンド』の記事 “Attentat contre « Charlie Hebdo » :Charb, Cabu, Wolinski et les autres, assassinés dans leur rédaction”(1月8日)を基に、若干補足しつつ、数人ご紹介しましょう。

・カビュ(Cabu)
本名はJean Cabut(ジャン・カビュ)。1938年生まれで、風刺漫画の大家。15歳にしてすでにランス(Reims)の新聞に挿絵が採用され、20歳のときに『パリ・マッチ』を活躍の場にしました。2年の兵役を経て、1960年から『アラキリ』でも活躍。1970年代からは、マンガによる世相批評(BD-reportage)の先駆者として、さらに活躍。歌手、シャルル・トレネ(Charles Trenet:『ラ・メール』(La Mer)や『詩人の魂』(L’Ame des poètes)で日本でも有名ですね)の熱烈なファンでした。因みに、シャルル・トレネには“le Fou chantant”(歌う狂人 / 道化師)というニックネームがありました。作家のアンドレ・ブルトンが名付け親だそうです。
*カビュの作品等は、弊ブログ『50歳のフランス滞在記』2006年10月6日の『「Cabu展-パリの風刺漫画』でご覧いただけます。

・ヴォランスキ(Wolinski)
本名はGeorges Wolinski(ジョルジュ・ヴォランスキ)。1934年、チュニジアのチュニスで、イタリア系フランス人の母とポーランド系ユダヤ人の父の間に生まれる。80歳。カビュと共に、漫画家、風刺画家の精神的支柱。生まれながらのアジテーターであり、折り紙つきの悲観主義、皮肉屋そのもの、といった性格。1960年に『アラキリ』で活躍を始める。1990年代には広告業界でも活躍。レジオン・ドヌール勲章を受勲している。芝居や映画の台本・脚本も手がけている。

・シャルブ(Charb)
本名はStéphane Charbonnier(ステファーヌ・シャルボニエ)。1967年生まれの漫画家。2009年から « Charlie Hebdo »の発行人を務める。2011年に『シャルリ・エブド』のオフィスが放火され、脅迫文が届くなどしたため、警察の警護がついていた。

・ティニュス(Tignous)
本名はBernard Verlhac(ベルナール・ヴェルラク)。祖母が南仏方言であるオック語で彼を呼んでいたTignous(今日のフランス語ではpetite teigne、性悪坊主、といった意味)をそのままペンネームにしている。Charlie Hebdoをはじめ、L’Humanité(かつてのフランス共産党機関紙)、Marianne(左派系の週刊誌)、L’Express(日本の店頭でも手に入る有名週刊誌)などに作品を発表。死の脅迫を受けた « Charlie Hebdo »を描いた、ダニエル・ルコント(Daniel Leconte)監督のドキュメンタリー映画に、ヴォランスキ、カビュらとともに出演。この作品は、2008年のカンヌ映画祭で最優秀撮影賞を受賞。

これら4人以外に『シャルリ・エブド』関係者が6名、そして警官が2名、計12名が凶弾に倒れています。そして、フランスはもちろん多くの国々で、報道の自由、言論の自由を守れというデモ・集会が行われています。さて、日本では・・・「ふらんすへ行きたしと思えどもふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん」と詠ったのは、萩原朔太郎。この詩編の発表(1913年)から1世紀を経て、どう変わったでしょうか。やはり、フランスはあまりに遠し。ヨーロッパの方のどこかで、怖い事件があったみたいだね、でおしまいでしょうか。心の国際化は、どこまで進んだのでしょうか・・・
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