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トホホすぎるぜオヤジ「ストーン」

「ストーン」公式サイト

いやあ、これ・・・何ていったらいいのかな?
観る人によって、全然別な姿を見せる作品だと思います。表層に流れるものと、基底をなすものが全然違う、みたいな、ある意味摩訶不思議な映画です。
だいたいね、ロバート・デ・ニーロ、エドワード・ノートン、ミラ・ジョヴォビッチって、それはそれは豪華キャストなのに、ミニシアター作品扱いなのが不可解。
ですが、観ればわかります。ああ、そうかいそうかい(苦)、ってことがね。

まず、さっくりストーリーいきます。
定年退職間際のベテラン刑務官・ジャック(ロバート・デ・ニーロ)は、最後の仕事として、囚人・ストーン(エドワード・ノートン)の仮釈放審査を担当します。
なんとしても刑務所を出たいストーンは、妻・ルセッタ(ミラ・ジョヴォビッチ)をけしかけ、色仕掛けでジャックを言いなりにしようと計画。
さて、ジャックは篭絡されるのだろうか・・・。

あ?「クライム・サスペンス」?
いやそりゃ冗談でしょ。“悪い”冗談だ。
私はですね、この映画は「スピリチュアル系団体の教則本」だと思いましたよ。いや、笑っちゃいますヮ。
何がって?それは─。
スイマセン。ネタバレになりますから、ここから先、未見の方はひき返してね。

では。
・・・ちょっと下げるか。





これでいいかな?
よし。
まず、冒頭。なにやら1960年~70年代くらいの場面。
もろ育児ノイローゼふうの若い妻。そんな妻には無関心で、TVのゴルフ中継に見入る若い夫。
突然、妻は感情をほとばしらせ、「私、もう耐えられない。出て行くわ」と言う。
無表情な夫。しかし、妻が本気だと悟ったとたん、二階へ駆け上がり、すやすやと寝ている赤ん坊(娘)をガッと抱き、今にも窓から放り投げそうな格好で叫ぶ。「出て行くんなら、ほんとにこの子を投げるからな!」
妻は顔を引きつらせ、「・・・わかったわ。出て行かない。だから、やめて」と言う。
いきなりのトンデモ場面。しかし、この夫が若き日のジャックだと、すぐにわかる。
主人公(ロバート・デ・ニーロ)は、ことほどかように自分勝手なエゴイストで、他人のために何かしようなどと決して考えない人物なのだと、最初にどっか~ん!と宣言しているわけですよ。

ところが、一気に時間が流れて、ジャックは定年間際。
最後の担当となる、囚人・ストーン(エドワード・ノートン)に翻弄される姿は、「なんだ、けっこういいヤツなのか」とうっかり思わせられる。
しかし、そうじゃなかった。終盤、「やっぱりどうしようもないク○オヤジだった」と判明。観客はすっかり騙されちゃうわけだな(苦)。
ラストシーンに向かう展開は、かなりトホホです。前半、ジャックがちらちらと後輩の女性同僚を見ていたのは、なんのことはない、スケベ心に過ぎなかったというオチは、まったくもって脱力モンでしたね。
ようするに、このオヤジ、「大抵の職場に一人はいる、とことん嫌われているヤツ」なんですよ。「あっ、いるいる」と思う人は多いはず。
こういうオヤジって、定年退職したらぜったい友達いなくなるよね?っていうか、そもそも奥さんにも愛想つかされて、熟年離婚必至だよね?ってことです。
若い頃、娘を人質にとられて離婚を断念した妻は、マグマのように夫への嫌悪感を溜め込んでいたのです。
ストーンに騙されたと思い込んだジャックは、漏電事故で自宅が全焼したときも、ストーンが放火したのだと思い込み、「やっつけてやる!」と憤ります。が、妻はついに爆発。
「台所の壁が、タコ足配線でボコボコだったじゃない!地下室には燃えやすいものが一杯あったじゃない!どんなに私が直して欲しいって言っても、あなたはなんにもしてくれなかった!」
・・・ああ。ほんとにいるよねえ、こういうオヤジ。っていうか、オヤジに限らず女性でも。
他人のためには、何ひとつしてあげない。“してもらう”専科、してもらって当然。
何か問題があれば、全てを他人のせいにする。
そんなふうだから仕事だってパッとせず、いわゆる出世とも無縁。なのに、自分はこんなもんじゃ終わらない、とマジ思ってやがる。
定年になる年齢まで生きて、いったい何を学んだのアンタ、と言いたくなるような、ガキんちょよりも中身の薄い人間。
で、妻は夫と別れ、娘のもとへ身を寄せる。娘は「お母さん、よく今まで我慢したわよねえ」と感嘆するけれど、まさか「だって、あなたを人質にとられたんだもの」とは絶対に言えませんわな。

その一方で、最初はどうしようもないヤンキーだったストーンは、間近で人間が死にゆくさまをまざまざと見て、スピリチュアル系へ行ってしまう。
これはこれで、なんだか危うい雰囲気を醸しだしながら、それでもトホホオヤジよりはまともな人間なのか、とは思う。けれど、かえって上手に悪さをしながら、世間を渡っていきそうな感じだ。
ストーンの妻・ルセッタも同じ。おんなじような生き方を続けていくんだろう。

と、まあ、なんだかわけのわからないお話だ─私の見たところでは。
しかし、結論はこうじゃないのか。
「人に尽くすことなく、ただ自分勝手に生きれば、末路はこうなるのである。すなわち、全ての人間があなたから離れ、誰もいなくなり、孤独な余生が待っているのである」
・・・うむ。それを、物語仕立てで見せてくれている、ってことでしょうか。
ご説教、ありがとうございます。


余談
この映画の脚本は、もともとは戯曲作品だったそうです。へえ~。
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