京都市会議員鈴木マサホひとくち日記

民進党京都市会議員鈴木正穂(マサホ)の日々の活動と京都市や民進党、左京区の話題が満載。

週末の日々           5月18日ー20日

2018年06月02日 | 日記
●5月20日(日)

   <左京消防分団 総合査閲>

 好天に恵まれた日曜日、ぼくの車にこの春吉田消防分団を退団された菊池さん、佐野さんらを乗せて、岩倉の木野の京都精華大学グランドに。左京消防団団の恒例の総合査閲!
 北は久多、広河原から、南は川東、新洞消防分団までの27分団が、今年、左京代表で出場する川東分団を先頭に入場行進。風もなく雨も降らずに良かった。500人余の分団員さんが参加。この4月に異動で左京区長に就任した池内区長のデビュー戦。ちょっと挨拶の始まりのタイミングが狂いました。いつものように各分団、隊列や操法訓練に練習の成果を発揮されました。ほんまにご苦労様です。
京都市の総合査閲の左京代表は川東分団です。がんばってください!

   <映画「風の波紋」と小林茂監督のトーク>
 
 消防の査閲は最後まで見れなかったのが残念。
 昼前、四条烏丸のCOCONの京都シネマに。すでに上映が始まっていて途中入場ができなくて見れなったが、わが友、小林茂監督のドキュメンタリー映画「風の波紋」の上映終了後のトークショーに。

 小林茂君は、同志社大学時代から水俣告発の運動に参加していて、当時からの友人。柳澤寿男監督に師事し、佐藤真監督の『阿賀に生きる』で撮影を担当した。ぼくは阿賀の家に行ったこともある。
彼は、その後、人工透析をしながらも映画作りをしてきてケニアのストリートチルドレンを描いた「チョコラ! 」も制作。
 そして『風の波紋』は新潟十日町市の雪深い越後妻有の里を舞台に都会から移り住んだ木暮さん夫婦を主人公にして村人との交流を描いたという。スタッフの秦岳志さんと掛け合いのトーク。今また性暴力の被害者を描いた作品を制作中とのこと。健康に留意していつまでも撮り続けてほしいよ!がんばって!
 
    <沖縄フェスタ>

 帰途、三条京阪の檀王法林寺での恒例の第11回沖縄フェスタに。境内では沖縄のそばやオリオンビールに泡盛など物産展が並び、本堂の前では三線の演奏やエイサーの踊りなど沖縄の風が吹く。石垣出身の元京都市副市長の上原さんと久しぶりに会う。ぼくは沖縄大好き。秋の錦秋の泡盛同好会も楽しみだよ!

    <清水三雄さん、喜寿のお祝いの会>

 夜は、清水三雄さんの喜寿のお祝いの会。門川市長が呼びかけ人。

 まずは門川市長のFBを転載しておきましょう。
――――【清水三雄さんの喜寿を祝う会。創造力溢れる発想と地域への愛情で幅広いまちづくりにご貢献!民間へリポートの整備やペタンクも!と大活躍!全国から300名もの素晴らしいリーダがお祝いに! 】ユニークな発想で多くの事業を手がけられ、自ら「複々線化人生」と言われるとおり、仕事・趣味・ボランティア等の複数のジャンルを同時に楽しみ、かつ結果も出されてきた清水三雄さん。頭が下がります。各界から清水さんを慕う方々が多数集まられ、喜寿を祝いました。益々のご活躍を祈念!ーーー
 
 若い時の写真から最近の写真まで、テレビ出演の映像や丹波のダッシュ村でギネスに認定された大型のブランコのことやヘリポートの開設やペタンクのことなど、そしてかつて新自由クラブで全国の選挙に立候補したときのことなど、波乱万丈の人生!
 福山、前原、泉ケンタ議員らも参加してスピーチ。前田擁子さんや吉村伸さんや今井信幸さんらぼくの友人にも出会えて、複々線の人生を生きてこられた清水さんの多彩なお友達が集合して楽しい楽しい集いでした!これからもお元気で!
 帰途、熊野神社のジャズ喫茶「ヤマトヤ」にて一服。朝早くから忙しい日曜日でした。

●5月19日(土)

 朝、ぼくが理事をしている障害者の福祉施設の法人の理事会。色々な課題が山積しているが、真摯に向き合いながらスタッフらが苦労しながら運営をしている。もう付き合って10年にはなるのか。スタッフのみなさんのご苦労もたいへんだが、頑張ってください。
 
 昼ごはんは、百万遍を北にいったところにあるグレース田中の階上にある飛鳥井ワークセンターのバザーでカレーとうどん。利用者の保護者の友人らとしばし懇談。

 ゆっくりしたかったが、午後は、民進党京都府連の常任幹事会。5月7日の国民民進党の設立大会を受けて、今後の対応など協議。府連が存続するが、現職の自治体議員や来春の自治体選挙に立候補を予定している幹事の選択を迫られることになる。ここが正念場!
 
   <関西広域小水力利用推進協議会>

 散会後、関西広域小水力利用推進協議会の集いに、総会も終わり映画「ダムネーション」の上映も始まっていたが、北米大陸で山ほどある水力発電のダムがいかに川の生態系に影響を与えたか、ダムを破壊して生態系を取り戻せという人々の試み、映像が綺麗だった。
 そして、元国交省淀川河川事務所所長だった宮本博司さんらのトークセッション「聞いてみよう・話してみよう~ダムと小水力発電」。ダムを役人としてダム建設に従事した頃の裏話やいかに無駄であったかなど興味深い話。

 そして、2017年8月に運転開始した奈良県東吉野村「つくばね発電所」について森田康照社長から現状を報告。大正時代に建設され昭和38年まで稼働していた「つくばね発電所」を復活した経過と現状が報告。奈良コープの支援など市民の力で復活したのです。いかに地域を再生できるかの、大きな取り組みです。
 
   <介護保険にかかわる会>

 懇親会にも参加したかったが、介護保険にかかわる会の懇親会にも顔を出す。理事長の梶宏さんは、鴨沂高校の大先輩で、市役所のOB。長―い長―い付き合いになり、介護保険が制度ができて以来、第三者評価や研修会などもちながら介護保険制度の問題点や改善策を提案されてきた。
 特に新総合事業が昨年から実施されたが、大きな課題があることを指摘されてきた。懇親会の参加者は、ぼくよりちょっと上の人で、退職後の活動としている人が多いかな。

   <「しるら」閉店>

 それから、久しぶりに三条河原町北の韓国料理の店「しるら」へ。
 久しぶりに娘と会食。長岡京の店から三条河原町に移転してからも通ってもう20年かな。この5月25日に閉店とのこと。お疲れさんでした。

●5月18日(金)

 金曜日の朝は、近衛広場で公園体操。初夏の季節になり、新緑もすっかり深い緑になって、木陰にて汗を流す。リーダーの中川さん、杉本さん、そして体操の後は、手話で「今日の日はさようなら」を民生委員さんの指導で歌うのですが、なかなか覚えられません。
 
 その後、百万遍に買い物で行く途中、タテカン問題で揺れる京大正門前を通る。この間、特に連休前後から大学当局とタテカン文化を守れとする学生とのつばぜり合いが続いていたが、ほぼ撤去されて、スッキリはしたが、寂しいなあ。
 
 その後、資料整理や雑務など。
 
     <塚本稔元京都市副市長著、
       「二人の京都市長に仕えてー知っているようで知らない京都市政」>

 ところで、4月初旬だったか、塚本稔元京都市副市長が自分史として、また京都市政の変遷を書いた労作、「二人の京都市長に仕えてー知っているようで知らない京都市政」(リーフパブリケーション刊)をようやく読破。

 塚本稔さんは、1955年生まれで経歴は大阪大学の卒業したのち、昭和57年に京都市に採用。隣保館の職員を振り出しに秘書課長や市長公室長、行財政局長など歴任して平成24年に副市長に就任して28年に退職して、今は国際会館の事務局長。
 塚本さんが2年前の3月の退庁式で、隣保館から市職員としての歩みが始まったことを挨拶されたのを記憶に残っているが、この本では、その頃の隣保館に配属された時の思い出と苦闘も書かれている。その後の秘書課長時代から副市長になるまで、12年に渡る桝本頼兼市長とその後の門川大作市長のいわば側近、女房役として、それぞれの市長の個性を十分に知って、市長を支え、また政策や施策の形成に携わってきたことが素直に綴られているとぼくは思っている。
 特に、当時、京都市政の重要な課題であり、いささかの重荷になり「制度疲労」を起こしていた同和行政については、ぼくが1995年前後に本会議でも問題提起をした議事録を冊子にした「同和行政」も参考文献に上がっているが、当時の同和行政に関わる重苦しい市役所の雰囲気も記録されている。塚本さんは、「市長の孤独」を感じた、と書くが、腰痛に悩む桝本市長や日々動き回る門川市長の仕事ぶりなど読むとぼくも改めて市長が激務であることを思う。
 また、市長選挙の事前の政策づくりや新景観政策や歩くまちなどの政策形成の苦労や京都市政の裏話も書かれてあり、またいかに職員と市長と意思疎通に腐心したのか、組織の在り方なども参考になるし、議員と職員の立場は違えど、ともに京都市政の同時代を過ごして議論してきたぼくとしても、この本を若い議員や市職員にぜひ読んで欲しいと思う。
 塚本稔さん、ありがとう!

 今日のニュースは、NHKの将棋番組をたまに見るぼくとしては、藤井聡太六段(15)が、竜王戦ランキング戦で勝ち、史上最年少の15歳9カ月で七段に昇段したこと。ヒフミンこと、加藤一二三さんの17歳3カ月を61年ぶりに塗り替える快挙を成し遂げたことですね。
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