【じごく耳】基本的人権は~現在及び将来の国民に対し侵すことのできない永久の権利として信託されたものである

国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。


『風評被害』と放射性物質の『計算違い』*やっぱり、危惧していた事は、実害だったでしょう!

2011年09月28日 | 怒りを通り越して怨

 政府が事あるごとに言い続けてきた「風評被害」という言葉。この言葉、やっぱり易々と使うべきじゃない。

 今日のニュースで『福島県が放射性物質の計算間違いをして、セシウム137が25倍・セシウム134が19倍』だったと知った。福

島県の災害対策本部によれば、容器の中にたまった水の一部を採取して分析用の機械にかけたが、その時「回収率」を考慮

しなかったため、低めの数字が出たとの事。(放射性物質の測定から数カ月も経っている。)こんな重大なミスをして、責任問題

にもならない理不尽さに、もう彼らを信用する事は出来ない。

 先だって放映されたドイツTV局の動画(フロンタール21)が、福島の関係者から繰り返し「風評被害・作為的な構成」と、クレ

ームが入り削除されていたが、あの中に出てくる二本松市でやっぱり「玄米から500ベクレルの放射能値が出た」のだ。風評被

害じゃない実害だった。実害なのに風評被害だと断定しても『罪』にならない怖い日本。色々な事が正に崩壊しつつある。毎日

食べる主食の米に500ベクレル/kgの暫定基準値を設定した日本。農水省は、500ベクレルまでの(499ベクレルならよい)米

を流通させることに意欲満々である。こうして、大切な人々の命が軽んじられる。本末転倒の歪んだ社会。己らの責任を国民に転

嫁して、人々を対立させるような策に決して迎合しないようにしたい。


☆外国特派員によるリポート~大間原発から☆

2011年09月24日 | 社会

 「売らないです。お金では、ないんです、人の命は。売りません。売るつもりもありません。お金では、ありま

せん」*大間原発近くに住む女性は、言う。*

 「大間は、漁師町で・・・朝から漁に出て・・・」*大間は、昔々からずーっと漁師町だったのだ。*

 「網とか有刺鉄線とか、やられるようになってきたら、本当にもう威圧感があって檻ではないのですが、囲ま

れたような感じ。本当に息苦しくなるし私は、本当に人間に扱われてるんじゃないか(扱われていない)と思

うぐらい」

 「母の時は、(買収額)2億円と言っていましたが、母は、お金ではないので『2億だろうが10億だろうが売ら

ない』と云う事は、言っていたみたいです、会社に」

 「母の時は、先ずストーカー行為。母は、車を運転するのですが、必ず後ろにずっと付いてきて、何処へ行

くのでも付いて歩く。後は、ヤクザを呼んで説得に来る。脅迫の手紙・はがき。町長や自治体の上の幹部の

人達が、毎日のように説得に来る。それによって、身体の方にも異常をきたしましたし圧力みたいな感じで、

病気になったりもしました、精神的に」

 160kg、200kgのマグロを採った弟の写真を見て

 「営業で栄えればいいので、そういう交付金を頂いて、人間は弱いもので楽して働かないで、そういうのを

得ると、それこそ麻薬みたいなもので・・」*今までの原発関連交付金は、150億円と言われている。*

 「ものすごい隠蔽工作が進んでいてその為には情報を隠す。例えば、農作物とか食品の汚染に関しても」

☆福島原発事故で、私達はあらゆる原発に関する欺瞞を目の当たりにする事が出来た。原発が導入された

時から、政府や原発推進に関わって来た組織や人が如何に情報操作をしてきたか。事故にならなければ

その全容の一端すら見られなかった事が本当に断腸の思いだ。

海外からのレポート↓

http://t.co/aM4aNX01


☆老木の告白☆不思議な世界~ショートストーリー(フィクション)

2011年09月22日 | ショートストーリー超短編小説

 今年で私は、幾つになったのだろう?50年は、過ぎたのだろうか・・・いや、あの戦争での戦火も運良く潜り

ぬけて来たのだから、100年位は経ってしまったのだろうか・・・私の立っている所から、色々な窓が見える。

細い枝先、私にとっては手だが、その枝先が窓を開けているとその中に入り込んでしまって、閉める時に邪

魔にされ、時々挟まったままになる。

窓を閉める人も色んな人がいて、邪魔だと思うだけならよいがバキンと折ってしまうおっかない人もいる。

その痛さときたら、熱湯に浸かったように痛い。あちらさんから見たら、私はモノなのだから仕方のない事かも

れない。余程の人格者か苦労人で心根の優しい者しか、他者の痛みなど判る筈もない。

 私は、元々、広場のような公園のような場所に立っていたのだが、40年位前に突然、ここが整地されて大き

な建物が出来てしまった。毎日、何時私を切ってしまうかとビクビクしていたが、「これは、残しておこう」と云う

誰かの鶴の一声で難を逃れた。

その時の気持ちは、「天にも昇るような気分」だった。安堵したというより嬉しさの方が大きかった。人が集まる

場所は、にぎやかでいい。これから、もっと楽しい光景が見えるかもしれないと思ったからだ。

 今、私は、その建物の裏側にいる。あれから、随分と年月が経ったが、ここから見える窓の中には、動いて

いる人は殆どいない。皆、ベッドに横になっているかベッドの端に腰を掛けているかである。

時々、やってくる元気そうな人は、ここの職員のようだ。ベッドの人達は、皆お年寄りのようで、何かの施設か

しれない。

 私は、最近、心底悩んでいた。「見て見ぬ振りをしていようか?それとも、何かをするか?」

ここの窓の中では、期待していたような楽しい賑やかな風景等殆どなくて、時々、ぞっとするようなことが行わ

れていた。夜になると、それは行われた。何らかの理由で、選ばれた?お年寄りが別室へ連れていかれる。

床に直接マットのような物が敷かれているだけの寒々とした部屋で、お年寄りが何かを言われている。

ここの人が、何かを言い聞かせているようだ。それに、逆らうような素振りを見せるお年寄り。そう思った途

端、ここの人がマットに寝かされているお年寄りの肩辺りを足で蹴った。蹴った人は、そのまま無言で部屋の

扉を閉めて出ていってしまった。

 私は、夜も目が見えるけれど、何しろ窓の外からだ。はっきりとした状況は判らない。お年寄りが心配だ。

けれども、窓から遠い場所にその人が横たわっているので、私の長い枝でも到底届かない。何も術がない。

一晩中、心配で眠れなくて疲れたのか、早朝にうとうとしていた私は、新聞配達のバイクの音でハッが目が

めた。窓の中を覗き込むと、あのお年寄りがいない。何処へ行ってしまったのか?

 何日か経って、この建物の玄関を見ると大きな荷物を抱えた中年の人が、ここの人達に頭を下げて車に乗

り込んでいった。荷物は、あるけれど荷物主がいない。もしかして、荷物主は、あのお年寄りなのだろうか?

 最近、私は、身体の芯がカラカラになっていて、こうして立っている事さえ苦痛だ。水分や養分を吸い上げ

力がもう無くなってきたようだ。命のゴールまで、そう長くは無いだろう。

 或る日の深夜、あの時の人が窓にもたれかかるようにして、私の枝のすぐ前にいた。窓際のベッドのお年

寄りの手を力を込めて掴んでいた。掴まれたお年寄りの手は、ここから見ても赤く染まっていた。

私は、決心した。窓を開け、尖った枝の先を渾身の力を込めて、その人の首に差し込んだ。その人は、うぅ~

と低い声を発して、その場に倒れ込んだ。人がこんな事をすれば、凶悪な犯罪者だ。それでも、私は、不思

議なくらい全く後悔していなかった。今まで、私の身体や枝に絡みついていたドロドロとした空気が、急に爽

なったからだ。

 

 

 

 

 


☆正夢☆不思議な世界~ショートストーリー(フィクション)

2011年09月21日 | ショートストーリー超短編小説

 コーヒーとタバコが一日も欠かせない理子は、少々イライラしながら“缶コーヒー買って喫煙所に行ってこよ

うかな、でも、もう少しで終わるかな”と、義父の診察を待っている間待合室で何度も思ったのだが、その内に

機を逸してしまった。

 「胃が掴まれるように痛い」と、深夜になってから義父が顔を歪めて言いだすものだから、夜間診療をしてく

るこの病院へ車を走らせたのだ。それにしても長い。

時折、救急患者さんが運ばれてくるので、義父のような命に全く別条のない人は、後になるのだ。

“日中に胃が痛いって言ってくれればいいのに、その上どうしてあなたの息子が出張中に病気になるの”と

勝手な事を思ったりしていた。通路の奥に飲み物の自動販売機が置いてある。やっと決心して、缶コーヒー

を買おうと歩いて行くと、そこには夜間診療とは違う治療棟があった。

夜間診療の診察室の向かい側は、『救急治療室』だった。重篤な患者さんは、ここに運ばれてくるのだ。

サイレンを鳴らした救急車が時間外診療窓口の玄関に到着すると、急に待合の通路が慌ただしくなり、医

者や看護師があちらこちらに移動している。

 救急治療室に新たな重篤そうに見える男性の患者がベッドに運ばれてきた。頭部に損傷があるようだ。

医師は、慎重にその患者の頭部に包帯を巻き、たくさんの医療機器と身体に付いたチューブを丁寧に確認

していた。そして、何やら看護師に話をした後、患者の家族であろう人と共にその場を立ち去った。

この患者は、重篤な状態を脱したのだろう。多分、小康状態になったから看護師に引き継がれたのだ。

今では珍らしくもないが、その看護師は大柄な男性で、私としては、初めて接する男性の看護師だった。

しばらく経った頃、ベッドの患者が呻き声を発した。見ると、その大柄な男性看護師が患者の頭を押さえつ

ている。“どうして?頭押さえちゃいけないでしょう。”と、あまりのショッキングな光景に声も上ずっている。

大きな声が出ない・・・身体が動かない・・・

 「理子さん、すまんねぇ、痛みが治まった。」目の前に義父がいる。あぁ、あれは、夢だったんだ。

ほんの少しウトウトとした間に、現実を見たかのようなリアルな夢を見ていたのだ。

この長イスからでは、『救急治療室』が見えるわけがない。少々、ほっとした。

 義父の次回診察は、翌日の午前中の予定になっていて、今度は早い時間に連れて来なければならないと

思ったら、又鬱々とした気分になった。

 翌日、義父を連れその病院へ行ったが、今回は『予約』なので診察も早く、薬を飲んで様子を見るといった

事だった。安堵して会計を済ませ、玄関の方へ歩いていくと向こうから大柄な看護師の服を着た男性がやっ

てくる。すれ違いざまに思わず声を上げてしまった。

「ああ・・・」昨日の夢に出て来た男性看護師だ。

あまりの動揺で胸の鼓動が速くなり、その場を動く事が出来ない。ふと、あの『救急治療室』へ繋がる通路を

見ると、昨日の夢の中で付き添っていた家族であろう人と先生が深刻な顔をして歩いてくる。

 付き添いの人は、泣きじゃくっている。

“あの患者に何かあったのだ”通路の奥には、白い布が被せられた人を載せたストレッチャーがあった。

“正夢だ・・・”義父の顔を見ながら、呟いた。「ここへは、もう来ないようにしようね・・・健康一番!」

 


ドイツのTV局「福島原発事故、その後」☆動画が繰り返し削除されるので『文字起こし』保存2☆

2011年09月01日 | 社会

☆「福島原発事故、その後」文字起こしの続きです☆

 日本人の主食、米も同じ運命のようだ。Oさんの田んぼは、二度検査所に提出された。最初の検査は合格

したが、二度目の結果は公表されない。

(Oさん)「今年も作付を出来るか知りたかったので自費で独立の研究所に検査して貰った。53,000ベクレル

のセシウム137が検出された。基準値の7倍だ。米作りは、諦めた。」

 福島市の殆どの住民は、こうした汚染値を知らされていない。おりしも夏祭り。売られている物は、何でも食

べる。空中線量が下がって以来、人々は日常生活に戻った。子供の被曝許容量が20ミリシーベルト/時間に

引き上げられた事への怒りも忘れ去られたかのようだ。

 英国のクリストファー・バスビー氏のような専門家は、正に、その事に警鐘を鳴らす。「日本政府の無責任

ぶりは、犯罪的だと思う。子供に平気で高い被曝をさせている。都合がいいと云うだけで短期間でこれ程、

基準を変えてしまうとは。この判断は、間違いなく多くの子供を死に至らせるだろう。文明国のやる事と思え

ない。」

 だが、ここは、正に『原子力ムラの国』なのだ。権力を握る電力会社・政治家・官僚が原発のあらゆるスキャ

ンダルを隠蔽し、大したことがないように見せてきた。何兆円ものビジネスを、守る為に今回も同じ手段を使

おうとしている。Oさんは、正に文字通りそれを『身』を持って体験した。

(Oさん)「自分の身体がどれ位放射能被曝しているか検査したかった。だが、福島大学には、拒否された。

市民の検査はしないと。友人は、隣の県の病院に問い合わせた。ところが、福島県知事から福島県民の診

察を受け入れないよう指示されているそうだ。」 そのような指示の出された事実は無いと当局は、言う。

 しかし、Oさんは農家を捨てなければならない。自宅で90マイクロシーベルト/時間を測定したのだ。

9日間でドイツ原発作業員の年間許容量に達する数値だ。原発から80Kmも離れた場所なのに。

(クリストファー・バスビー氏)「これは、人間の想像力を越える惨事です。制御不能の状況である事は、当初

から明らかだった。どうしたらいいのか、誰にも判らないし簡単な答えは無い。これは人類史上、最悪の惨事

だと思う。」

 福島の至る所に『ひまわり』を植えた。土の中の放射能を吸収するといわれている。

☆動画☆↓

http://t.co/7ybEETd


ドイツのTV局「福島原発事故、その後」☆動画が繰り返し削除されるので『文字起こし』保存1☆

2011年09月01日 | 社会

 ドイツZDF局フロンタール21「福島原発事故、その後」の文字起こしです。

動画がドイツTV局以外から繰り返し削除されるとの事で、文字を起こして残します。(どうして、著作権のな

い他の組織から削除されるのでしょうか?大変、不思議な出来ごとです)

☆福島原発事故、その後☆ <( )は、映像の説明です。>

 この美しい風景が悪夢の舞台です。(福島の田園風景)日本屈指の豊かな農地、福島県。都会の人の観

光地としても人気だ。原発事故で、その広域が汚染されてしまったのだ。

Oさんは本宮の農家。原発から80Km離れている。畑で採れたジャガイモ・ナス・ネギを隣町の市民放射能

測定所に持ち込んだ。原発事故以来、自分で栽培した野菜は食べていない。放射能汚染を恐れたからだ。

(Oさん)「政府の発表は、もはや信用できない。最初から、事態を小さく見せようとばかりしている。直ちに健

に害がないの繰り返し。正確な数値も出さない。まともな測定もしない。汚染問題の中にみんなを放置し

た。」事故後、Oさんは直ぐに作物の検査を行政に依頼したが(行政側)「畑は20・30キロ圏内から遠く離れ

ている。検査の必要はない」と断られた。市民放射能測定所の意見は、正反対である。汚染の無い作物は

無い。特に、セシウム137が酷いからだ。(市民放射能測定所)「こんな汚染数値の場所は、本当は絶対避

難するべきです。」Oさんのジャガイモも例外では無かった。原発から60Km離れた伊達市のシイタケからは

7000ベクレル/kgの汚染が測定された。基準値は、500ベクレル/kgだ。(市民放射能測定所)「もはや食べ

物ではなくて、放射性廃棄物です。」汚染調査は、本来県の食品衛生検査所の管轄だが、殆どパニック状

態である。コンセプトもない人手も計測器の数も追いつかない。(行政側)「一般の方の検査は、お断りせざ

るを得ません。我々が選んだサンプルを検査して判断を出しております。それだけで、手いっぱいの状態で

す。市民の検査を引き受けたら役所の仕事に手が回りません。」

 我慢強い日本人もだんだん食品の汚染問題に気付きはじめている。野菜・緑茶に続いて牛肉。

原発を所有する東電の反応は?今まで通り、ノーコメント・管轄外の一点ばりだ。

(東電)「私達の仕事は原発の中です。測定は国と地方行政の管轄で、私達は、お手伝いするだけですから

コメント出来ません。」

Oさんの農作物検査結果に付いて我々が質問すると、原発担当大臣は、うろたえるばかりだった。危機管理

担当の役人達は、長々と書類をチェックした挙句、大臣はついに不備を認めた。(細野大臣)「万全の監視

体制のつもりでしたが、牛肉問題で検査の強化の必要が認められました。今後、汚染食品が出回る事を防

止しなければなりません。」

 一方、グリーンピースは、独自の調査結果を発表魚も汚染されていた。「原発から55Km離れた所まで調

査した魚の半分が基準の500ベクレル/kgを大きく上回っていました。汚染が広範囲である事を物語っていま

す」

☆重くなってきました。続きは、次ページ2へ

動画 ↓

http://t.co/7ybEETd