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「仮釈放」

2006-11-27 17:36:49 | 
 吉村 昭著 「仮釈放」 新潮文庫 昭和63年
 菊谷 史郎は、以前、国語の高校教師であった。真面目な人間で、
生徒から信頼され、家庭では良き夫であった。
その彼のもとに、妻の浮気を知らせる投書が届いた。気にしていたところ、
浮気の現場に出くわす。その時の表現。
”彼は、激しくも逆上しなかったし、咄嗟に殺意を生じたわけでもなかった。
窓のカーテンの隙間から、妻の腿とその上に重なる望月の臀部を眼にした瞬間から
急に全身が清冽な水にでも洗われたように冷静になるのを意識した。
殺意といえるものはなく、足が動いて家に入り、手が包丁の柄をつかんで、
望月をついて妻の体に刃先を突き立てつづけただけなのだ。その折の記憶は
きわめて鮮明なのだが、為体の知れぬなにかに操られているように、
意志というものはまったく存在していなかった。敢えて言えば、
憤りも憎悪もなく、感情というものがすべて欠落していた………………”


 妻を刺殺し、相手の男・望月を刺傷し、その母親を焼殺し無期懲役になる。
服役成績良好なので15年余りで仮釈放になる。
小説はその仮釈放に日から、始まっている。

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ブラックティー


 無期懲役のため終身保護観察を受けなければいけない。だから刑期満了で、
自由の身になることはほとんど考えられない。仮出所した彼には、
15年余りの生活習慣からなかなか抜け出せず、社会になじむことが難しい。
刑務所内での時間は止まっていたのだ。

 少しずつ社会にも慣れ、養鶏場への就職も決まり、遅刻欠勤などもなく、
真面目に勤務をする。
”刑務所での長い歳月は、忌まわしい記憶との戦いで、
自分の行為は当然過ぎるほど当然だったのだと反すうし、感情が激した。
判決を言い渡した裁判官は、服役中に罪を悔い改めることを望んだはずだが、
彼には後悔の念は湧いてこなかった”


 仮出所から一年半過ぎた頃、目高を飼い始めた。産卵の様子など観察するのに、
安らぎを見出す。ある日菊谷は、保護司より結婚の意志を打診され、
折原豊子を紹介される。豊子は菊谷の過去をほとんど承知しているとの事である。
新しい二人の生活が始まったが、短期の遠出にも保護司の許可がいることを知り、
豊子はいら立つ。保護司との月二回の面接が「死ぬまで」必要な事を知り、
態度に変化がある。菊谷の過去については知っていたが、
終身監視される身である事は報されていなかった。
恩赦を受けると刑が終了することを保護司から聞き、
恩赦を受ける条件を満たそうとする。それは、被害者遺族への謝罪の手紙と、
頻繁に被害者の墓に詣でることであった。豊子はそれを実行しようとするが、
菊谷にとっては不可能なことである。その事は過酷な仕打ちで、
自分が惨めに感じられ、「そんなことはしないで欲しい」と叫びたかった。
菊谷の気持ちが激しく動揺していることを、豊子は気付かない。
菊谷は前非を悔いてなどいない。
 次の日、豊子は新しい位牌二つを茶箪笥の上に並べ、二人で拝むことを要求する。
激した感情がはっきりと憤りの形となり、抑えがたいものとなった。
自分には自分の世界があり、
そこに他人が無造作に入り込むことは許せない。

菊谷は体を震わせ、「出て行け」と言って、豊子を突き飛ばす。彼女は、
階段を転げ、路地のコンクリートに鈍い音を立てて落ち、こと切れる。
菊谷の足は保護司への道をたどる。
コメント (2)
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