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メーデーの起源である1886年5月1日での要求と、同じ趣旨の要求をしなくてはならない2018年の日本のメーデー集会。

2018-04-28 | 書記長社労士 労働組合
 「メーデー」とは本来五月祭を意味し、この日に夏の訪れを祝う祭がヨーロッパの各地で催されてきた[1]。この祭では労使双方が休戦し、共に祝うのが慣習であったが、これが近代に入り現在の「メーデー」へと転化し、今日の「労働者の日」メーデーが誕生した。
労働者の日としてのメーデーは、1886年5月1日に合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟、AFL)が、シカゴを中心に8時間労働制要求(8-hour day movement)の統一ストライキを行ったのが起源、1日12時間から14時間労働が当たり前だった当時、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」を目標に行われた。
日本では、1920年5月2日日曜日に第1回のメーデーが上野公園で行われ、「八時間労働制の実施」「失業の防止」「最低賃金法の制定」などを訴え、その翌年からは5月1日となった。
しかし、1936年、二・二六事件発生により戒厳令が敷かれた後、治安維持を目的とする内務省警保局通牒「集会及多種運動の取締方に関する件」が発せられ、3月24日にメーデー開催が禁止、第17回メーデーは中止された。
第二次世界大戦敗戦翌年の1946年、「働けるだけ喰わせろ」をスローガンに掲げ、11年ぶりのメーデーが通算で17回大会として盛大に開かれた(全国で100万人、東京の宮城前広場に50万人が集まった)。
その後、労働組合の全国中央組織の再編による組織対立の激化で、1989年以降は統一メーデーの開催ができなくなり、日本労働組合総連合会(連合)と非連合系の全国労働組合総連合(全労連)や全労協による分裂開催となった。
また、前後がゴールデンウィークで長期休暇を取る例が増え、労働組合活動が低調になってきて参加者数が減少したことを理由に、連合は2001年以降4月の最終土曜日や昭和の日といった「4月(April)にメーデー(May Day)」を行うようになり、一方で全労連や全労協のメーデーは5月1日開催を続けており、その分裂と対立の構図は解消されていない。


 というわけで、世界中の労働者がわたしの誕生日を祝ってくれるメーデーやのに、連合の第89回メーデー中央大会は、5月1日でない本日4月28日に、代々木公園で開催された、今年もいい天気!
今年は政党を呼んでないという、なんか異例なメーデー、でも政府代表で加藤厚生労働大臣と小池東京都知事は来てるねんなあ、なんだかなあ…。
神津里季生会長は挨拶で、与党が審議入りを強行した「働き方改革」関連法案に言及、労働者を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度」の創設について、「過労死をなくすためのものだったのに、趣旨が全く異なる内容が入っている」と批判した。
来賓として来ていた加藤勝信厚生労働相は「長時間労働の是正、柔軟で多様な働き方の実現などを内容とし、皆さんと同じ方向を目指している」と、まったく違う方向を目指しているくせに、心にもない、虚偽の挨拶を述べてた。
メーデーの起源である1886年5月1日で求められた「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」と、同じ趣旨の要求をしなくてはならない2018年の日本のメーデー集会。

     

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