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国立極地研究所で、1981年から11回南極に派遣された本吉洋一博士から「南極」のお話を聴いた

2019-09-19 | 反核平和 Save The Our Earth

 昨日は、連合の環境・社会政策小委員会現地視察で、東京都立川にある「国立極地研究所」と「南極・北極科学館」に行ってきた。
国立極地研究所では、1981年から11回南極に派遣された本吉洋一博士から「南極」のお話を聴いた。


 「今、地球では、大きな気候変動が起きている。しかし環境を構成する要因は非常に複雑で、予測が非常に難しい。しかし南極には、過去の変動が保存されている。」として、スライドに基づいて解説された。
-南極から見た地球環境。南極は地球のタイムカプセル。氷がつぶやく!気候変動。隕石は見た!地球の誕生。岩石が語る!地球の生い立ち。-
「エベレスト山頂はかつては海底だった!(エベレスト山頂の岩石は石灰岩、石灰岩は海の中でしか出来上がらない、昔はエベレスト山頂まで海だったのか、それとも海底が隆起したのか)
南極探検の歴史、ノルウェーのアムンゼンとイギリスのスコットが有名だが、実は同じ時期に日本人が南極点を目指していた!(白瀬矗中尉、南緯80度5分・西経156度37分まで到達したがそこで断念、地点一帯を『大和雪原(やまとゆきはら・やまとせつげん)』と命名した)
ぜひ彼のことは大河ドラマでも取り上げて戴きたい、とっても偉大な人なのだ!
昭和31年11月8日、『宗谷』が出航、翌年1月29日に昭和基地を開設、第1次越冬隊は11名だった。
昭和基地はオーロラ帯の真下にあり、オーロラの観測には絶好の場所、大気と地場があるとオーロラが出来るので、太陽系では地球以外に、火星・木星・土星・天王星でオーロラが観測されている。(金星と水星には地場がない)
極地、北極は氷に覆われた海(地球の凹んだところ)、南極は海に囲まれた氷の大陸(地球の凸むところ)と全く違う地形。
南極大陸は、日本の37倍の広さ(オーストラリア大陸の2倍、アフリカ大陸の半分)、表面の98%が氷に覆われていて、地球で最も寒い地域。(最低気温マイナス89.2℃が観測されている、ちなみに昭和基地はマイナス45℃くらいで暖かい場所にある)
南極の氷は一番厚いところで4700m、平均で2000m、もしこの氷が溶けたら、世界の海水面は70m上昇する、実は氷の一番下は凍っていないと言うことが最近解った。
南極には2種類の氷がある、一つは海の水が凍った氷、塩辛い、もう一つは雪が凍った氷、この氷は空気を含んでいるので、過去の空気を観測出来る。
皆さんに配った氷からは、2万年前の空気を含んでいる。」


 「気候変動、今は10万年で巡る間氷期で、そろそろこの間氷期は終わる。この表で言う30万年前は、2500m掘って取り出した雪で観測した。
2年前の観測で、二酸化炭素は400ppm、過去の間氷期と比較して高い状態。
南極における温暖化の違い、東南極にある昭和基地では、過去60年の記録ではほとんど変化が無いが、南極半島では、10年で0.5℃、観測開始からの過去70年の記録では3℃の上昇が見られる。
アデリーペンギンの行動を観察すると、海氷があるときに比較して、海氷が無くなると、行動範囲が広がり、移動速度が速くなり、親鳥の体重は増加、雛の成長速度も雛の生存率も上がる、ということで彼らにとっては温暖化はいいことばかり(笑)
南極では、そもそも雪の上に石はないわけだから、石が落ちていたらそれは隕石、南極大陸に落ちた隕石は一度雪の中に埋まるが大陸氷床の動きに従って氷の昇華地点が隕石の集積場となる(やまと山脈付近など)。
雪上車で移動するが、雪上車の時速は7km、燃費は0.25km/L、クレパスやウィンドスケープなど危険はいっぱい。
古代、南半球にある南アフリカ、オーストラリア、インド、南極は、ゴンドワナ大陸として陸続きだった、南極ではスリランカで採取されるのと同じ宝石が見つかっている。(しかし残念ながら南アフリカのようなダイヤモンドは見つからない、隕石からは時々見つかるが、でもあるはず!)
また、2億5千年前のシダ 『グロソプテリス』の化石や、1.8億年前の肉食恐竜『クリオロフォサウルス』の化石は南極で見つかっている、古代の南極は赤道付近に位置していたと思われる。
地球の歴史を1年に例えると…。
46億年前 地球の誕生 1月1日元旦
40億年前 最古の岩石 2月17日、これまでの地球はドロドロだった。
38億年前 最古の生物化石?(最近、39億5千前の生物の痕跡?が見つかった) 3月4日
5億年前 昭和基地周辺の岩石 11月25日
2.5億年前から6千万年前 恐竜の繁栄・絶滅 12月11日~26日
200万年前 人類の誕生 大晦日12月31日の20時12分。
ちなみに人間の一生って0.548秒。
『地球に優しく』って言葉を最近よく聞くが、いかに不遜なことか!
地球が本気で怒ったらほんまに怖い、地球にとって温暖化になろうが二酸化炭素が多くなろうが、屁とも思わない、金星の二酸化炭素濃度は98%!
地球に優しいのではなく、人間に優しい地球をどうするかってことだ。
『今は10万年で巡る間氷期で、そろそろこの間氷期は終わる』とさっき言ったが、過去の間氷期は酸素同位体比(気温の指標)が上がってから二酸化炭素濃度が上がってきたが、今回の間氷期は酸素同位対比と二酸化炭素濃度が同時のように上がり、そして二酸化炭素濃度は観測史上大幅な上昇がある(産業革命以降、地球は未経験の二酸化炭素上昇を経験している)。
まったく未知な環境変動を、我々は経験することになる。
南極は地球と宇宙を観察する窓である、地球環境とその変化のバロメーターであり、地球の歴史の宝庫であり、宇宙の影響を常に受ける場所である。
国際協力と南極の環境保全が求められる。」



 冷蔵庫で作られた氷と南極の氷を比べる、南極の氷は空気を含んでいるので多数の気泡があり、溶けるときに空気がはじける音がする、2万年前の空気だと言うが臭いではわからん(笑)
南極で採取された隕石、左の隕石は鉄が主体なので驚くほど重い、こちらも南極で採取されたルビー・サファイヤだが、スリランカのと全く同じ組成なのだそうだ!



 これが南極の岩石、よく見ると宝石のように綺麗なの!
その後、南極・北極科学館を見学、ここにも本吉先生が来てくれたので、とっても奥深い解説が聞けた。
これまでの観察隊で、死者は1名、ブリザードの吹き荒れる中、犬の様子を見に行った隊員が帰ってこずに凍死、ホワイトアウトで建物を見失い、建物と建物の間を通り過ごして死んでいた、それ以来、各建物の間にはロープが張ってあり、ホワイトアウトになってもそのロープまでたどり着き、そのロープに沿って移動すればいずれかの建物にたどり着くようにしたとのこと(すべての建物には寝袋などと数日分の食料が保管されている)。
なぜ、建物と建物は離れて建てられているのか、それは火事が怖いから(冬は水が凍るので水を使った消火が出来ない)。
今時の越冬隊には、ヤンマー、いすゞなど民間の隊員が3分の1ほど参加しているが、それは発電機はヤンマー製、雪上車がいすゞ、など、通信設備(KDDI)なども含めて技術者が参加している、しかし、すべての作業に参加して貰うので大変な訓練を経て、そして病気になっても本格的な治療は出来ないので徹底的な健康診断で太鼓判を押された強者が参加している、若い人も多いが、でもやはりベテランが仲間として心強い。
娯楽室があって、卓球台とかビリヤード台とかがある、そしてバーもある、しかし1年間補給されないので飲み過ぎ厳禁!(昔はどぶろくを造ったこともあるがそれは内緒、どぶろく作った技術者はヒーローだった(笑))
最近は水耕栽培をやっており、プチトマトや葉物野菜を栽培している、初めてプチトマトが3粒なったときには、39人の隊員でどうやって分けて食べるかもめた、釣りをする人もいるが食料にはならない、あくまでも趣味の世界、などなど。



 そして立川から新宿に戻ってきて、懇親会は「八十八」(東京都新宿区新宿1-29-7 ウエステリアビル B1F 03-3355-3883)。
なぜこのお店かと言うと、なんとこの店のオーナーは、21歳の若さで、昭和36年の越冬隊にコックとして参加したとのこと!!
南極マグロのポキ、南極水耕栽培ゴーヤチャンプル、南極大陸ピザ、カツレツ昭和基地風味…、って嘘嘘~。
お料理はもちろん「南極料理!」かと思いきや、奥様が沖縄出身の方で、大将はそもそも洋食コック、ってことで沖縄料理・洋食料理と、なんとも振り幅が大きなお料理を食せる!


 少しお店が落ち着いたら大将も座ってくれて、めっちゃ濃い、めっちゃ興味深い、そしてとっても過酷な、昭和基地南極越冬隊裏話を披露してくれたが、ほとんどは書かない方がいいかも~(爆)
でも、一つだけ書いておきたい。
昭和36年当時は、モールス信号による電報が通信だったが、1文字いくらで、とっても高価なものだったそうだ。
それで、日本に残してきた妻から「あなた」って3文字の電報が来る、夫は「おまえ」って3文字の電報を送り返す、これだけで愛を育んでいたそうだ💖
ちなみに今は衛星通じたネット環境が整っているので、Lineも使えるが、いやいや、「3文字」ってロマンチックやな~🤣
しかし、とっても貴重ないい勉強になったのやけど、ハイタク、バス、鉄道軌道のうちの組合員に、今日の経験をどう伝えたらいいのかわからん…💦
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