労組書記長(←元)社労士 ビール片手にうろうろと~

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ドリフト No Surfin' No Lifeを自分は勝手に再確認。

2013-05-28 | いい映画観てますか?

=29 うち今年の試写会5】 昨夜は、去年の8月のラボパーティの仲間との再会に引き続いて、こんどは東京にいる仲間とおそらく30数年ぶりに会って飲んだ、楽しかった。
で、日曜にテラスモール湘南で鑑賞した映画。(109シネマのマナーアップ映像がおもしろかった)

 1970年代のオーストラリア。子どもの頃から波に親しんできたアンディ(マイルズ・ポラード)とジミー(ゼイヴィア・サミュエル)の兄弟は、母親とともに海辺の小さな町で慎ましく暮らしていた。ある日、町に流れてきた旅暮らしのカメラマンJB(サム・ワーシントン)に出会い、その生き方に大いに触発された兄弟は、仕事を辞めて夢に向かって生きることを決意。サーフショップを立ち上げる。何とかビジネスが軌道に乗ったかに見えた矢先、2人にトラブルが襲いかかる。次々と襲い来る問題に立ち向かううちに、兄弟、そして家族の絆が揺らぎ出す。彼らは、迫り来る人生の荒波をどう乗り越えるのか……?


 サーフィンにのめり込んでしまった若者が、サーフィンを通じて描いた夢を実現させるべく自分の心にきちっとコミットメントして、そして降りかかる様々な困難を乗り越えていくという、そう書いてしまったらどってことないようになりそうだけど、そうではない物語の深みをしっかり描いている作品。
サーフィンのことを知っていようが知らないであろうが関係なく、見終われば、明日からの元気が湧いてくる作品だった、ってことを総論的に一般的な感想として書いておくとして・・・。


 ハワイを発祥とするサーフィンは、60年代にスポーツとして確立したんだが、アメリカでのサーフィンは当時のヒッピー文化やドラッグとかのご時世に引き摺られてしまって、アウトサイダー的な、ドロップアウト的な、ドリフト(漂流)した人種のものとなってしまった。
そのあたりのサーフィンの時代を上手く描いたのが、サーファーにとってバイブル的な映画である「ビッグ ウェンズデー」だった。
そのビッグ ウェンズデーとほぼ同じ時代のサーフィンを描いているのだけど、この映画の切り口はずいぶんと違う。


 1970年代初め、サーフィンという競技に「プロ」というものが誕生し、そうしたことによってサーフィンにも本格的なビジネスというものが発生した頃。
リップカールが1969年に、クイックシルバーが1970年に、ビラボンが1973年に、これらの現在の世界的なサーフィンブランドが揃いに揃ってオーストラリアで創業された。(ちなみにクイックシルバーのマークって葛飾北斎の『富嶽三十六景』中でも特に知られる神奈川沖浪裏をモチーフしているって知ってた?)
これらのブランドは、目先のマネーに振り回されることなく、サーフィンをこれまでの退廃的で厭世的な駄目な奴らのものというイメージから脱却し、しっかりとしたスポーツとしてカルチャーとしていかに確立させていくのかを目指しそして成功した。
この作品は、そんなオーストラリアのビッグブランドの創生期にインスパイアされて作られた作品だ(どこか特定のブランドではなくフィクションとして)。


 この映画のロケーションは主にマーガレットリバーだろう、波ははんぱない。
これまでサーフィンを絡ませた映画作品というと、サーフィンを真摯に描こうとすると物語が陳腐になってしまったり、物語を立てると波乗りがあり得ない扱い方をされたりと、両立することが非常に難しいようで、なかなか納得出来る作品が現れず。
最近ではソウル・サーファーがかなりの出来で興行的にもかなりのものとなったが波乗りという観点から見るとツッコミどころが満載、ハート・ブルーはメジャーが作ったせいで物語はしっかりしたけど波乗りがステレオタイプで興醒めしきり、ブルークラッシュは波乗りを真摯に描こうとしたがそのためにお話し自体がB級でかなり陳腐なものになってしまった。
しかし、この映画は、ビッグウェンズディに匹敵したとまでは言わないが、極めて近い、素晴らしい出来の映画になったと言って過言でない。


 サーフィンは、人生を狂わす魔性の魅力がある。
こんな言葉では、波乗りの魅力を知らない人や、波乗りに接したけど波乗りを理解出来なかった人にはこれっぽちも伝わらないだろう、でもそうなんだ。
「いい波に乗りたい、いい波の時にはいつでもそこにいたい」、波乗りが好きになれば好きになるほどその思いと闘わなければならない、さらに「いい波があると知ればそこに行ってみたい」という思いも募ってくる、さらに誰かがどこかでいい波に乗っているのを知ってしまうと「なぜ自分はいまそこにいないのだ」と悔しさを味わってしまう。
その感情に流されてしまうとまさに人生の中でドリフト(漂流)してしまう、それがいいことなのか、駄目なことなのか、そこには正しい答えはないし、自分の価値観で決めることであって、人がとやかく言うことでも無い。
ドリフトしながらでも上手く生きることが出来る人もいる、この映画では、サム・ワーシントンが演じたJBがそこを体現しているように描かれているが、実際にはプロサーファーとかサーフィンビジネスで成功されている方たちとか、仙人のような暮らしぶりでサーフィンしている人たちでも、思うようにはなかなか上手くいかないようで・・・。
「波乗りだけしていたい」という欲求と、自分の人生や自分を取り巻く環境と、その折り合いを上手く付けなくてはならないのがほとんどのサーファーの現実。


 他人のサーフィンライフをうらやんだりしてもしかたがない、自分は自分。
自分のサーフィンとの関わり方って、人によっては「なってない」って言われるかも知れないけど、または人によっては「羨ましい」って言われるのかも知れないけど、そんなことはどうでもいい。
いつまでもサーフィンを、ほんの少し「ドリフト」なエッセンスを混ぜ込みながら、自分なりのライフスタイルとして追い掛けていきたいなってことを、この映画を観て改めて確信した。
No Surfin' No Life。

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1 コメント

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Unknown (チィ)
2013-10-04 22:36:26
サーフィン映画って何本観ても突っ込みどこ満載で期待してなかったけどこの映画はバランスいい作品でしたね。

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「ドリフト」 (元・副会長のCinema Days)
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