うだうだ帳

心がヒリヒリするときにイタイ文章を書いています。
実生活は“うだうだ”していないので、そっとしておいてやってください。

持ち物検査・化粧品

2009年09月30日 17時56分42秒 | 持ち物検査
化粧品は洗面所の棚に収まる量だけ。

まず化粧水・乳液・ガラスの入れ物に入ったコットン、そしてコロン。基礎化粧品をジェルみたいなタイプにしたらもっとコンパクトになりそうだけどなあ。


かごの中は、クリーム1・クリームタイプと粉のタイプのファンデーション各1・チーク1・アイシャドー2、ファンデーション塗らない日の日焼け止め1。
立てているのは、しっかり塗る日の日焼け止め1・マスカラ大小各1・眉を書くペンシル1・アイライナー1・口紅1・ファンデーション塗らない日の色付きリップクリーム1・チークブラシ1・はさみ3・毛抜き1・紅筆1・塗り薬3。
もうちょっと減らせないかなあ。

闘う

2009年09月29日 18時28分15秒 | Weblog
大学・大学院と進みふつうの会社で働いたことのない私は、もしかすると自分がとんでもなく常識知らずで社会性が欠如しているのではないかと、時々思う。

#私には世間で常識知らずや社会性が欠如しているといわれている魅力的な知人が結構いて、それは楽しいことだし、常識知らずでも社会性が欠如していても、素晴らしい研究をしていれば(同僚は大変だけど)研究者としてはいいんじゃないかと思う。実生活では嫌な目に遭わされて好きになれないのに、研究は素晴らしくて研究者として好きな人もいる。(ちょっと脱線)

…というわけで。研究者でない同居人と住み始めて、ちょっとしたことで怒鳴られ罵られても、いつも常識知らずで社会性が欠如している自分が悪いのかなと思っていた。穏やかな家庭に憧れていたので怒鳴り返して本格的な喧嘩をしたくなかったということもある。謝れと言われれば納得できなくても謝っていた。

怒鳴られ罵られ続けていると、不思議なことに自分が怒鳴られて当然のような罵られても仕方ないような気分にだんだんなってくるのだ、これが。体調を崩す前は、怒鳴られるたびに自動車にぶつかったかのような衝撃で心身共にヘトヘトになっていた。

怒鳴られていることは恥ずかしくて誰にも話せなかったけれど、ぼちぼち話すと皆私は悪くないと言ってくれる。研究者の友人はもとより、専業主婦の友人も悪くないと言ってくれる。いろんなことがクリアに見えてくると、自分は社会的に常識的に同居人として十分にやっている、怒鳴られたりお前呼ばわりされて罵られるいわれはないと確信するようになった。そしてだんだん自信がついてきて、最後に怒鳴られたこの冬に、もう同居人に気を遣って話しかけるのはやめようと決めた。そうするとほとんど会話がなくなった。

昨夜、久々に怒鳴られたので、怒鳴り返して返事をしてみた。むこうが怒鳴るのをやめないかぎりこちらの返事も怒鳴ってみた。冷静に論理的に怒鳴り返して睨み続けてみた。

これからは闘おうと決めた。睨みながら、同居人の機嫌は日経平均に連動しているなと思って笑いそうになった。梱包の用意をしていた宅配便の箱をブチ投げられたのを、つい片付けてしまったけれど、こういうのも次回からデジカメで撮って記録しておこうと思う。

学生か? クレーマーか?

2009年09月28日 16時04分52秒 | 研究者の生活
成績を大学に問い合わせる学生が徐々に増えてきたので、後期の講義を始めるに当たって、問い合わせがあればすぐ数字だけ書き込んで事務の方に渡すシートを作った。

問い合わせがあると今まで結構悩んでいたのだが、考えてみればこれが普通の商売だとすると100人お客がいれば1人くらいクレーマーがいてもおかしくない。自分のしていることが「教育」で、相手が「学生」だと思うから悩むのだ。舌講という「商売」を「客」相手にやっていると思えばいいのだ。

今までの問い合わせの大半が、Wikipedia丸写しのレポートを落とされたことに関する抗議だ。次に多いのが、試験形式の評価において、高校レベルの基礎問題がボロボロで応用問題部分が白紙の解答を出した学生。そして前2者と重複するが、シラバスに配点を書いてあるのに、今頃になって「出席点が重視されないのは何故か」という抗議(こういうのは事務の方でシラバスを見るように指示して帰して欲しいのだが)である。

私は学生相手に性善説で講義をしているので、今までは、もしかするとこの学生はレポートというものをわかっていないのかもしれない、と思ったり、高校レベルの問題どころか小学校漢字も誤字の試験に対して、自分の指導力を深く反省したりしていたのである。

でもふと思ってしまったのだ。彼らはもはや「学生」ではなく、ねじ込んだら何とかなると思ってる「クレーマー」なんじゃないか? ああいうレポートや答案で合格するなんてどうやったら考えられるんだ? 騒げば単位が出ると思ってるんじゃないか? だとすれば、いちいち時間を費やさないで事務的にさっさと片付けた方が精神衛生上いい。年を追って増えているああいう学生に、1コマいくらで雇われている自分が不必要に反省したり悩んだりして時間を費やす必要なんてない。その分の時間、自分の研究をするのだ!

というわけで後期はオリジナル「問い合わせ対応シート」で機械的にちゃちゃっと対応して、よけいな時間を費やさないことにする。

1000個捨てる・その13

2009年09月27日 23時08分17秒 | 1000個捨てる
1日1個、1000日で1000個捨てるプロジェクトの週1回報告13回目、累計91個。


  1. 薬。薬を入れている引き出しを整理して、期限切れの物を捨てた。コンビニでもたいていの薬を買えるようになったので、ほとんど新品のまま毎回捨てている薬はもう買い替えないことにする。私の場合どうしても常備しておきたいのは「冷えピタ」と頭痛薬と咳止めシロップだけだ。薬を入れている引き出しを蓋を取った空き缶で区切っていて、今回も自分の物以外は期限切れの物も目をつぶって手を付けないでおいた。

  2. 古い手帳1冊。食器棚の引き出しに何故こんな物が…。捨てる。

  3. 自分の古い住所の名刺。上に同じ。捨てる。

  4. 名刺。古い自分の名刺と一緒にごそっと出てきた。1000個捨てる・その10に書いたように捨てる。

  5. 数年前の書類いろいろ。食器棚の引き出しに置きっぱなしで忘れていた。捨てる。

  6. 毛糸、帽子2個分。ボランティアニットに参加して送るので、いずれ家からなくなる。

  7. 学会誌2種類、間引く。今日帰宅して整理していたが、処分しようと思っている号も読みふけってしまい、この時間になってしまった。


1000個捨てるってば

2009年09月26日 09時17分28秒 | 1000個捨てる
引っ越しなどで思いっきり物を捨てている人の文章を読むと清々しく、羨ましい。私は2年前に引っ越したとき同様に物を捨てたので、今は捨ててもいい基準を大幅に変えないと捨てられる物がない。「1000個捨てる」の今週の報告をしたいのだが、この土日は仕事をしなければならないので捨てる物を発掘する時間がない。そんなことを言っているうちに挫折してしまうのも悔しいので、とりあえず日曜の夜にすることを覚え書き。

  • 下着など毎日洗濯する物は5つあればいいので、ハンカチとタオルハンカチを整理して間引く。ハンカチはかさが低いので引っ越しの時も何も考えずそのまま持ってきた。盲点だと思う。旅先で買ったりもらったり、思い出がらみで捨てにくい物の1つでもある。
  • 学会誌を整理する。これは引っ越しの時にも整理したのにまた増えてきた。図書館に行けばあるので、自分の書いた物が載っているのと、5年以内に引用するだろう論文が載っているの以外は捨てる。
  • 捨てたと思っていた手紙がたくさん出てきたので、とりあえずご挨拶だけの葉書を間引こうと思う。


昨夜はやはり本棚を買うしかないなあと思って楽天市場など見ていた。食器棚の下や押入や物置に入れるという手もあるのだけれど、そうするとどうしても死蔵してしまうしなあ。

では仕事に戻ります。


本を分解する人がいた!

2009年09月25日 09時33分54秒 | Weblog
9月18日に本を分解するという文章を書いたが、連休中ネットを見ていて同じことをしている方を発見した。乙幡啓子という方の高校の頃の工夫と怠惰である。そうそう、私の教科書もまさにこんな感じだった。

この記事に行き当たったのは、秋冬に向けて編み物関係を検索していたからだけど、こんな興味深い人の記事を今まで知らなかったなんて!


以下、覚え書き。まねしたい手芸の数々。

アレシボ・メッセージをマフラーにして宇宙人に備える
私はセーターにしたい!

サーモグラフィ・セーターで暖かくみえるか
内蔵とかモノクロで骨とかどうだろう。

「捕らえられた宇宙人」がエコバックに

『妄想工作』という本も出しておられるそうで、ネットに書いている以上のことがあれば買おうと思う!

Rubber Duck

2009年09月24日 11時13分07秒 | Weblog
連休中、ぶらっと八軒家浜にRubber Duckを見に行った。川縁で特に何もせずぼんやり夕方まで過ごしてしまった。
アクアライナーと。
お尻にある秘密。
天神橋を渡って正面から。
さよならアヒルちゃん。また世界のどこかで会おうね。

アヒルちゃんは可愛いだけでなく崇高な使命を負っているのです。浜の看板にもあったCONCEPTより。

 このフローティング・ダックは、
 政治的意味合いで分割される国境など、
 この世に存在しないことを知っています。

 そして、このアヒルが持つ、
 世界の緊張を和らげる癒しの特性は、
 あらゆる世代に優しく、親しみやすく
 受け入れられることでしょう。

 2007年より、ラバー・ダックは
 世界中に浮かべられてきました。
 オランダ、フランス、ブラジル、そして日本へ。

 ラバー・ダックは、オランダ人アーティスト、
 F・ホフマンの作品です。
 詳細情報はwww.florentijnhofman.nlをご覧下さい。

引用終わり。27日までです。個人的には、お昼に辻調の出しているお店で600円の水茄子カレーを食べるか、夜にジャズを聴きながらいっぱいやるかがお勧めです。

1000個捨てる・その12

2009年09月19日 11時35分35秒 | 1000個捨てる
何か捨てなくてはと、午前中ずっと片付けをしていた。それもここで1日1個、1000日で1000個捨てるプロジェクトの週1回報告をしているからだ。12回目、累計84個捨てたことになる。

例えばその3のようにパジャマを捨てても布の形にして残しておくなら数は減らないのでは、と思う。でもそこは嵩が減ったから可、にする。でも1年経ってその布を使わなければ捨てよう。

同じようにモノをデータ化しても捨てたことにはならないのではと思うが、嵩が減ったから可、にする。データも捨てられればなお良し。


  1. 霧吹き1つ。壊れた。園芸用に使ってた。要らない気がするので買い替えないつもり。

  2. 針。手芸用。私には使いづらかったので欲しい人に。

  3. ミッキーの缶。ディズニーランドのお土産。ミッキーは別に好きではないのだ。可愛いからと缶を残しておくと収拾がつかないので捨てる。

  4. ティファニーの巾着1つ。先週宝石箱の整理をしたが、ティファニーの銀のアクセサリーの箱は、ヤフオクに出したり最悪の場合返せと言われた時のために置いておくことにした。でも薄汚れている巾着は捨てる。

  5. 語学テキスト1冊。本の増減はカウントしないが雑誌や教科書は除く。

  6. ファイル、箱1つ分。箱に入れた本や書類が13個あった。使うモノはきちんと整理して、押入に入れっぱなしにしないようにする。ついでにこれはいらんやろというものは捨てた。箱そのものは不要品をバザーに送るのに使うつもり。

  7. パジャマ2着。生地の形にした。敷物にするつもりだが1年後完成していなかったら捨てる。


本を分解する

2009年09月18日 10時34分08秒 | Weblog
私は「本」を愛しているけれど、本の形をしている物はなんでも恭しく取り扱っているというわけでもない。例えば語学のテキストは、本という感覚ではないので書き込むのはもちろん平気で切り取ったりばらばらにしたりする。最近は風呂で読んでいるので読み終わったらぶよぶよだ。

中学や高校の時は分厚い教科書を分解して要る部分だけ持ち歩いていた。この話をするとわりと驚かれるのだが、高校の先生が一人そうしておられた。そして5年前のコラムでも同じことをしていた方のことが取り上げられていた。

2005年4月28日の日経のコラムより。

交遊抄 ダンディズム 寺出道雄

 慶應義塾大学で故小池基之教授に教えて頂いたのは一九七〇年代の中ごろのことだった。ある年、名誉教授になっておられた先生からアダム・スミスの「国富論」の講義を受けた。
 ここで語りたいのは講義の内容ではない。先生が当時まだ高価だったキャナン版と呼ばれる「国富論」の単行本をばらばらにむしり取り、毎回の授業に必要なページだけを無造作に携えて授業に臨んだ姿のことだ。
 キャナン版の「国富論」は相当に分厚いものだったから、それをばらばらにして持ち歩くことには実際の便利さもあったろう。しかし先生の振る舞いには、新しい単行本などは原書とは呼べず研究の道具に過ぎないという経済学史家としての自負、ないしポーズがあるように思われた。
 その根元には明治の末に生まれ、まだ戦時色が強くない時代に自己形成を遂げた戦前の知識人が身に付けていたダンディズムがあったと思われる。現在では、私を含めて小池先生のようなダンディズムを身に付けた大学教授にはとんとお目にかかれなくなった。
 コワかった先生には「国富論」をばらばらにしていた真意をうかがえずじまいだったが、かつての「学者」の典型であった先生の姿を、いま懐かしく思い出すのである。(てらで・みちお=慶応義塾大学教授)


私が教科書を分解して持ち歩いていたのには、この先生のように大層な意味はない。強いて理由を考えると、子供の頃から荷物の多いのが嫌いな性分だったからだ。

ふだんの授業だけでなく、試験期間にはできるだけ荷物を少なくした。さすがに手ぶらというわけには行かないから、鞄の中には筆箱だけとか、試験の最終日にはギターケースに筆箱だけ、という風に登校した。休み時間に必死で教科書や参考書を見直す同級生の傍らで、窓の外を眺めたりしていた。

…ここまで思い出すと、我ながら、なんて気取った嫌なヤツ! やっぱり私が教科書を分解していたのはええかっこしたいという気持ちがあったんだろうなあ。ダンディズムとは呼べないまでも。

似非科学の化粧品

2009年09月16日 10時08分44秒 | Weblog
化粧品を買おうと思うといつも困る。説明を読んでいるうちにウヘェとなって購買意欲が失せるのだ。

最近の化粧品でよく聞くのがプラチナナノコロイド。プラチナみたいに錆びない身体になるらしい。本草学の本とか読んでると、薬(になるもとの生物)の特徴が服した患者に効くという考えがあるから、そういう流れのイメージなんだろう。この平成日本に於いても。でも皮膚内部に金属が浸透するのって、もし本当なら想像しただけでも恐ろしい。金属アレルギーには大丈夫なのか。

それでも医者も科学者も化粧してる女性が大半になっていると思う。私が子供の頃かかりつけの女医さんは肌には異物だからと言って化粧をしていなかった。今化粧をしている人達はどこのを使っているのか知りたいなあ。ドクターズコスメとかあるけれど、医学部で勉強しなくても医学博士になれるし、ドクターが開発したんですって言われてもそれだけでは信用できない。

化粧品に限らないけど、マイナスイオンとかゲルマニウムとか言われるともうダメだ。買おうとしたけどやめた物がたくさんある。