29Lib 分館

図書館・情報学関連の雑記、読書ノート、音楽ノート、日常生活の愚痴など。

1980年代前半の政治哲学をめぐる論争

2020-01-19 07:35:26 | 読書ノート
アマルティア・セン, バーナード・ウィリアムズ編著『功利主義をのりこえて:経済学と哲学の倫理』後藤玲子監訳, ミネルヴァ書房, 2019.

  倫理学と経済学。功利主義というか経済学批判の論文集である。一応、批判派だけでなく擁護派も寄稿している。原書のUtilitarianism and Beyond (Cambridge University Press)は1982年発行だが、重要な文献ということで今になって翻訳されたようだ。ただし、抽象度の高い議論が展開されるハードな専門書であり、ミクロ経済学(ゲーム理論を含む)がわかっていないと多くを理解できないだろう。監訳者による「解説に代えて」は内容理解の助けになるので、先に読んでおいたほうがいい。

  寄稿者は、編著者の二人に、ロールズ、R.M.ヘア、チャールズ・テイラー、ハーサニ(本訳書ではハルサニーと表記)など有名どころから、ジム・マーリース、T.M. スキャンロン、パーサ・ダスグプタ、ヤン・エルスター、エイミー・ガットマンほか5人が名を連ねている。率直なところ、いくつかの論考は何を問題にしているのかまったく理解できず(読む側の基礎知識不足のせい)、いくつかの論考は言いたいことはわかるがそれって重要か?という印象で、寄稿者が豪華なわりには個人的に面白いと思える論考は多くなかった。

  そのなかでは、ヤン・エルスターの「酸っぱい葡萄」はなかなか考えさせられる論考だった。功利主義は欲求が満たされたかどうかを考慮するだけだが、エルスターはそもそもの欲求がどう獲得されたかを問題にすべきだという。欲求のある部分は主体の置かれた環境によって形成される。センならば、周囲の環境が悪ければ欲求の水準も低くなり、功利主義はそのような人の境遇を放置してしまうことになると批判するだろう。これに応ずるかのように、エルスターは実現不可能な過剰な欲求がもたらす欲求不満を遡上にのせながら、適切な欲求不満を持つことを正しいとみなす。環境に適応するように選好を形成するのは自律を阻害する。一方で、学習による内発的な選好の形成は自律を保ったまま厚生を高めるので望ましいという。では、選好の内実をどう見分けるのか、という疑問が起こるがそこまでは論じられていない。この論考と同じタイトルの著書があるようなので探してみることとしよう。

  以上。「本人の著作を読んだことはないけれども、誰か別の人の著作でその名が言及されているのを見た」ことがあるというような執筆者の議論を、手軽に(一つ一つの論考の頁が少ないという意味で)確認できる本である。

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 英エジンバラのギタポバンド... | トップ | 東大とオックスフォードじゃ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書ノート」カテゴリの最新記事