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生得的能力差を考慮する新しい教育システム

2020-06-20 08:18:30 | 読書ノート
キャスリン・アズベリー, ロバート・プローミン『遺伝子を生かす教育:行動遺伝学がもたらす教育の革新』新曜社, 2016.

  「遺伝」を視野に入れた教育を、と訴える一般向け書籍。親や先生、教育関係者を対象とした内容である。著者二人とも英国の研究者で、英国の教育制度への言及がある。特にプローミンは、双生児を使った行動遺伝学の第一人者だ。原書はG is for genes: the impact of genetics on education and achievement ((Wiley Blackwell, 2013.)である。

  学力は認知能力と学習意欲に影響される。認知能力と学習意欲は、環境と遺伝によって形成される。環境、特に家庭のSES(社会経済的地位)の学力への影響は昔から問題視されているが、著者らは遺伝を無視すべきではないとする。具体的な数値は示されていないけれども、読み書きそろばんに関する認知能力には遺伝による違いが見られる。運動能力もそう。科学(理科)にはそういう違いは観察されないので、男女で嗜好の差が生まれるのは文化の問題である可能性が高いという。

  また「環境」と一口に言われるが、同じ環境でも遺伝子が違えば異なる影響となるという。ただし、環境の話は、「どのような環境がどのような遺伝子にどう影響するのか」という話は詳しく展開されておらず、「共有環境より非共有環境のほうが影響が強くてコントロールすることが難しい」ということが強調されている。いちおう、学力を下げる可能性のある要因も挙げられていて、クラスメートから受けるストレスや、家庭の無秩序さ(家族が落ち着いた勉学の環境を提供できない等)などがそうらしい。

  以上を踏まえて著者らが提唱するのが、子どもの遺伝的能力に合わせてカスタマイズされた教育指導である。指導法については具体的な提言はなく、また一人の教師がクラスの30人の子どもそれぞれに個別指導するというのも現実的ではないとして、今後コンピュータを通じた学習システムが開発されることに期待を寄せている。ただし、こうした教育のカスタマイズによって学力差が無くなるとは決して言わない。

  以上。学力の低い層に対して早期に介入すべきというのには同意。一方、カスタマイズされた教育をコンピュータで、というのはちょっと躊躇するところがある。米国では実際、貧困層の子どもがそのようなコンピュータを通じた教育を受ける一方、富裕層の子どもは先生から少人数指導を受けている、という何かの報道を見たことがある。というわけで現状のコンピュータによる学習プログラムを十分に信用できない。でも、将来性まで否定する気はない、というところ。
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