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縄文小説家・森裕行のブログです。身近な縄文を楽しみ生き甲斐としています。「生き甲斐の心理学」の講師もしています!

無意識の世界と美!(縄文からの風 ⑥ 7/10)

2015-03-14 | 第三章「無意識の世界」

 最近、昔の記憶のことを考えることが多い。例えば、8歳の時、給食の時間に一人静かに妄想?していたら、突然担任の先生から褒められたことがある。いつも落ち着かない子供が静かにしているので褒められたのかもしれないが、さらに深く考えるとその前後の経緯とか、私がアラスカから帰ってまもなくのころだったこととか、先生の気遣いなども浮かんでくる。

 当時の8歳の私の意識、五感は記憶の中に含まれているのだが、その記憶パッケージを今の大人の眼から再考すると別の解釈が浮かんでくるのだ。その記憶は、結構普遍的な意味のあり驚いたりする。

 心理学というと夢分析とか催眠療法とか想いうかべる人も多いが(かつての私もそうであった)、今は私は通常の昔の記憶だけで充分であるし、感情の解釈など日常活動のことも含めれば、もう手一杯という印象だ。それで無意識の世界の神秘も十分味わえるのではと思う。

 蛇足であるが、無意識とは関係がない話かもしれないが、写真にからめて次のようなことを想った・・・

 写真は忍野八海の湧水池だが、綺麗で澄んでいる湧水は素晴らしい。噴火をものともせず、湧水に惹かれて住居を構えた縄文人の美的感覚も素晴らしかったのではと思う。昔読んだ旧石器時代の本にあったのだが、人がシベリア等の極寒の地に行ったのは食べるためということもあったが、美しい草花に惹かれたのではという推測があった。現在、高原で観ることができる高山植物の大半は氷河期に由来していて、それが高山に限定的に残っているという話を聴いたことがある。富士山は約10万年前からの山であるので、高山植物がないのは若い山だかららしい。

 

縄文からの風⑥ 7/10

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