山口日記

その日を記し、その日を残し、来るべき日を見据え、来るべき日を迎えるために。

床屋へ行こう

2006年04月28日 | 日記
今日は髪を切ると休みが決まった時点で決めていて、どうしてそのくらいのことを前々から決めていたかというと一軒もそおゆう場所を知らないから空いた時間にフラッと行くほど簡単な事じゃなかったからで、久しぶりにスニーカーをはいて駅前に出かけた。とはいっても路面に美容室があるようなこじんまりした街ではないからi-modeで調べようとしていたら前々から行きたかったラーメン屋が今日に限って空いていたし小腹も空いていたので立ち寄ることにした。テレビにもよく出ているラーメン屋でこれで不味かったら本当にメディアなんて嘘っぱちだなと思ってたら一風堂の麺を太くしただけのようなべつにたいしたことのないラーメンだった。美味しかったけどそれほどラーメンが好きなわけでもないから次行くこともないかもしれないなぁ、と地元のラーメン好き達のことを思い出した。その友人たちはうまいラーメン屋で私がチャーハンを食べたことを未だに笑いのネタにしていて、しかもそれは高校時代の話だから自分でもよく憶えていないからなんとも言えないが、うまいラーメンとうまいチャーハンならうまいチャーハンをとることは今でも変わっていない。そんなことを思いだしなが歩いているといつも帰りがけに見掛ける床屋の赤と青の看板がクルクル回っているのを見付けて長いこと床屋には行っていないことに気付いた。最後に顔を剃ってもらった記憶は小学生のころでそれからは自分で切るか坊主にするか美容院に行っていた。しかも値段も割高だった。それでも熱いタオルをかけられふわふわの泡で顔を剃られたあの記憶は今でも気持よくてまあいいかと思って店に入ることにした。入ったら即あの特有の椅子に座らされカットが始まった。実に手際よく気持ちよく注文どおりに切ってくれてプロを感じた。カットが終わるとマッサージを念入りにやってくれてもうすでに割高という言葉は頭から消えていた。そして顔をそってもらうのと同時にあの椅子がブルブルと振動しはじめて

疾走

2006年04月27日 | 日記
眠い…ひたすら眠い。私の勤務時間は普通の人より6時間遅くて15時出勤を9時出勤に置き換えると普通になる。だから昨日なかなか寝つけずに気付いたら10時前になっていたのも朝4時と考えると眠いはずだ。昨日は朝の4時ごろつまり普通には夜の10時ごろに寝ようと思って重松清『疾走』を開いたら結局残りの半分、単行本で言えば下巻を一気に読んでしまった。ものすごくスリリングな展開に持っていかれてしまった。前半の悶々とした疾走感のない展開が棒高跳びのよくわからないゆっくりとした助走のように続きいっきにはねあがった。映画にしてほしい。そう思う作品だった。『青い春』を思い出した。北海道を出るときに彼女が同じ重松清の『流星ワゴン』を持たせてくれたので次はそれを読もうと思う。『疾走』には面白い話があって、他人にはつまらないだろうけど、私はこともあろうか古本をジャケ買いしてしまったのが『疾走』で、これまた同じように私の兄もジャケ買いしていた。兄弟というのは怖いもんだ。もう10年近く離れ離れでべつべつの暮らしをしてきたというのにそれはないだろうとおもった。

最近は手帳とここに二つ日記を書いている。手帳は仕事、ここはここ。誰かに見られる日記と見られない日記。一長一短がある。手帳は無理にでもかく。ここは進んで書く。書かなければならない日記はつらい。でも今日を振り返ることで明日を描くことができるのはいいことだ。

土浦へ

2006年04月24日 | 日記
今日お店にいくと「土浦に行ってくれ」と言われた。遠いのかも近いのかも分からない上に少し仕事を憶え始めたくらいで他店を助けるなんて無理な話で半分開き直って店を出たが、その距離に驚いてしまった。そんな遠くから呼ばないと人がいないの!?なんて驚いて、全然開き直れていない自分にも笑ってしまった。今は帰りで常磐線が日本のどこを走っているのかも思い浮かべることができてないし、突然室内灯が消えるし、終電10分前に思い出したかのように上がりを伝えられネクタイもしめずに駅まで走ってきたからなんだか夢見心地だ。移動とはいえ一時間以上自分の時間ができたことはうれしくて読みかけの保坂和志の『季節の記憶』を読んでいたら物質世界と精神世界の話なんて始まって、夢見心地に拍車がかかってしまった。ついついうとうとしまったけれど戻ったらまだ仕事は続くし、終電だから寝過ごしたら笑えないことになるからこうして日記を書いて起きる努力中。北千住や松戸なんかを電車から見ていると、どこがと言われたら困るけど、近鉄電車から見る東大阪を思い出して、そこに住んでいた祖母のことを思い出した。祖母はもう死んでしまったけれど祖父はまだそこに住んでいて、もう何年もそこに行っていなくて、行けるときに行かなくて行けないときに行きたくなる悪い癖がでてきた。

しらないうちに上野についてしまった…朝まで仕事だ。とりあえず飯だけでも食わせてもらえますように。

酔っぱらってまじめになってみる

2006年04月20日 | 日記
明日は休み。赤い電車に揺られることもなくのんびり過ごそうかと思うけど、やっぱり酒が飲みたいから出来るだけ沢山の人を呑もうと思う。でも無理だろうな。甘えてしまう自分、傲ってしまう自分、自虐的な自分、全部反省。くだらないことに腹を立ててしまう自分が最低でどうにかしたい反面、10代に完全否定してきたような人間に対して黙ってやり過ごすことにイライラする。数えきれない人間とすれちがいながら何も感じないわけはないのに次第に何も感じなくなっていく。ここを読んでくれている人達一人一人に抱えきれないほどの想いや出来事があるように、すれちがう人のそれぞれに同じだけのことがある。それでひとつひとつを下らないことと捉えるかとんでもないことと捉えるかで大きく変わる。どうとらえるのか。そうやってとらえると下らないことと思う。

他人のことを考えられる人間ほどうらやましいことはない。私はそんな人のことを想いたい。

2006/04/17

2006年04月17日 | 日記
店に入って一週間。自分の時間なんてもちろん無くて本当にしんどいけれど、もちろんそんなのは俺だけじゃないから弱音を吐いている場合じゃない。こんなことを書いたあとじゃ嘘臭いけどそれでも楽しんでやってる。今は浜松町を越えて意味のない豪華さを放っているJRAのビルを越えて風邪気味の鼻をすすりながら東京駅の薬局の位置を必死で思い出している。

2006/04/11

2006年04月11日 | 日記
二日間の休み。モッズと会い、渋谷を一人散策し、新しいお店も懐かしいお店も見付けてうれしくなったけど、帰ろうと思うとまたあの人混みに合流しなくちゃいけなくて嫌になった。人混みを避けるように、裏通りにひっそりとある店が好き。まあみんなそうか…。もお駅前のお店なんて入る気もしなかったし。夜は北海道組再集結。なんだかみんな変わってたなぁ。いろいろ考えた。今日もいろいろ考えさせられた。文章に出来ない。今日は書くのをやめよう。ただ元気に楽しんでるのは確かです。

2006/04/09

2006年04月09日 | 日記
大戸屋で一人晩飯。明日も仕事。金曜の夜でみんなは楽しそうにしていて、朝の同じ街を歩いてこんな夜の顔を想像することは、地球外生物がキリンを想像するくらい難しい。そんな場所を提供する仕事。きついみたいだ。まあ退屈な仕事をするよりいいだろう。朝出勤した瞬間から帰ることしか考えてない一日は嫌だし。話を戻して久しぶりに一人で食べる晩飯はいい。この街で大戸屋がどんな位置付けなのかは分からないけど、独り暮らしとしてはとっても助かるしおいしい。量も食べようと思ったら食べられるし、なんといってもいきなりリラにでも変わったんかっちゅうほどにははね上がってはいないけど、プチインフレくらいの物の値段の中ではこの値段は助かる。食材なんて倍くらいに感じる。ほんとに大袈裟じゃなくて。そんな日本のどんな田舎に住む人間でも名前くらいはしっているこの街の大戸屋で、NINのTシャツを着てスーツの人間たちの態度のでかさにいらいらしていても、これからはこいつらのために働くんだと改める。

無頓着と言って

2006年04月03日 | 日記
最近は毎朝6時には起きていて、意外とすんなり起きられるようになることに驚いた。まだ給料ももらっていないから社会人なんて自覚はないし、別に明日に備えて早く寝ているわけでもないから不思議だ。たぶんまだふれっしゅな緊張感でもあるんだろう。研修を受けていると周りがとっても子どもに見えることも、自分が子どもに感じることもある。特に自分の場合事務処理的な面の話では子どもどころか人間以下の能力しかないんじゃないかと思うこともある。提出物に不備がなかったことなんて記憶にないし、自分で期日と内容を完全に把握してやりとげた記憶もほとんどない。いつも誰かに教えてもらっていた。今日も、昔付き合っていた女の子に念を押して「大切にしなさいよ」と言われていた年金手帳を紛失し、再発行するのを忘れていたと言うよりも、しないといけないことを知った。それに就職してまず話すような給料の話を(就職の時点で見るのがただしいのかもしれないけど)、自分の基本給も給料日も知らずに入社していて、月末にいくら入るのかなんてその日にならないとわからない宝くじみたいなものだと勘違いしているみたいだ。金に無頓着と言えば聞えがいいが、ただの馬鹿だと言われても抵抗すらできない。

明日は4時40分起きだ。早くねよう

この街に来てから

2006年04月02日 | 日記
兄貴と呑んだ帰り、馬場で電車が止まっていた。どうやら線路に人が入り込んだらしく、安全確認のため停車中らしい。12時も回っているのに迷惑なやつだ。次の日も早かったから少しイライラした。払い背ではないけどブッチャーズの流れるiPodの音量を上げて車内を見回してみると、椅子にうつ伏せに寝転んで完全に眠り込んでいる禿げ上がったおっさんが、これまた完全にまわりに無視されていた。よく見るとなぜか靴を脱いで、これまたなぜか片方だけ靴下を脱いでいた。その片方だけ脱いでうつ伏せに寝る禿げ散らかしたおっさんをじろじろ見ているのは私だけで、去年の春も馬場で女子高生の格好をしたおっさんを目撃して驚いていると、周りの人たちは何もいないかの様な振る舞いをしていたのを思い出した。でも週末の深夜と言うこともあったのか、あとから乗ってきた同じ年くらいの男女も片方の靴下を笑っていた。交通の手段が電車であることが地方都市との違いで、函館であればそんなオヤジはタクシーに密閉して外気に触れさせることはしないか、ぼったくりスナックにでも放り込まれるのが落ちで、環状線を何周も回ることも出来ないし、そもそもそんなものはないし、強いて言うならナンパ待ちとナンパする車が繁華街と称するしがない街角をグルグル回るのを環状線と呼ぼうとするくらいしか回るものが思い付かない。人が多い上に人前にでることが多い街だからそもそも変なやつを見る機会も多いだろうしと思っていたら、電車が動き出して新大久保のホーム入ると、狂い咲きサンダーロードに出てきそうな兄ちゃんが今にも電車に頭が当たりそうになりながらよつんばいになってゲロを吐いていた。後ろでは結婚式帰りなのかきれいに着飾った姉さんたちが楽しそうに話していた。

街には見たこともないような外車が走り回り、につかわしくない汚いオヤジか、情けない男がそこでふんぞりかえっていて、誰が住むのか想像もつかないような立派なビルをニッカポッカを着た男らしいにいちゃんが建てている。この街にいて頭に描く理想の図はもちろん高級車にのり、広くて綺麗な家に住んでるようなお金もちだろう。生活水準を上げたいなんてごく自然な欲求だ。私も出来ることならそうなりたい。ただそうなることを目標にして何かを取り組むことはでない。やったとしても実ことはないだろう。人よりも多くのお金を稼ぎだす努力をするときの目標がお金もちであればの話で、お金なんていらないなんて言いたいわけじゃなくて、ほしいけど目標にはできない。


この街に来て、こんなことばかりが目について、なにかを考えてみるけど何も表すことが出来なくて、頭の中で全く別な映像が、対照的な映像として対になっていき、私に何か選択を迫ってきているように感じる。


どうする?