熱帯魚・金魚・犬

愛するペットとの日々

Construction Time Again

2005年02月24日 | Weblog
私の夢のひとつは世界征服だが、
さらにもう一つ、大きな夢がある。

それは私のピラミッド建造である。

ちゃちな奴ではない。
300メートル四方くらいはほしい。
高さも100メートルはほしいところだ。

しかもそれを作る人々は皆ボランティアである。
私のピラミッドを作ることがうれしくてしょうがないのだ。
彼ら、彼女らはその作業から何か幸福のようなものを得るのだ。

しかもその作成プロセスにおいて
現代技術を使ってはいけない。
ブルドーザーなどの建築機械を使うなどもってのほかである。
神聖な建造物を作成するのに機械に頼ってはいけないのだ。


世界各国から集められた石が港に並んでいる。
人々はエジプトのピラミッドが作られたときのように
丸太を次々と並べ、巨石を進めていく。

非常にハードな作業である。
しかし彼らの顔は常に笑顔だ。
この事業にかかわることができるだけで
大きな幸福に満たされるのだ。


現場近くには作業所や、
彼らのための簡易居住区も建設されている。
そして食事の供給もボランティアによって行われる。

全員が汗を流し、
働く喜びに満ちて働き続ける。
ピラミッドを建築するために。
私のピラミッドを建築するためにだ。


しかしここで問題となるのは私だ。

私は実に小心者で
人が何か私のためにやっていると
いてもたってもいられなくなるのだ。

すると結局は笑顔で重労働をする彼らの横で
気を使う私という図式が出来上がるのだ。

よしむら「いや、あのぉ、皆さんそろそろ休んだほうがいいんじゃないすかね?」
作業員A「そんなことはありません、一刻も早く完成させないと」
作業員B「そうです。われわれの幸せの姿を実現するためにも!」

おろおろしながら重い石を引っ張っている人々の周りを
うろうろする私。
そんなに気を使うなら手伝えばいいのだが
それはそれで嫌なのだった。

ためしにこんなことを言ってみたりもする。
よしむら「あのさ、ちょっと手伝おうか?」
作業員C「いえ、大丈夫です!」
ほっとしたりするのだ。
だったら言わなきゃいいのに。


さらになんだか見るに見かねて
全体に休憩命令などをだすもんだから
作業が全然進まない。
で、結局私が死ぬまでには出来上がらないのだ。

って出来ないのか。俺のピラミッド。
気をつかいたいだけか、俺。

ていうかなんだよ、この夢。


2月23日 水曜
朝:牛乳
昼:カツカレー
夜:岩のり、笹かれい塩焼き、イカとアスパラとブロッコリーのトウチ炒め、ビール、日本酒(出羽桜)

2月24日 木曜
朝:牛乳、カロリーメイト
昼:むつの煮付け定食
夜:まだだけどたぶん豆腐と焼酎。


今日のタイトル
Construction Time Again/Depeche Mode
中学生~高校生初期にかけてのMy Favoriteエレポップグループの3rdアルバム。
名曲Everything Countsが入ってます。

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名前を呼びたい

2005年02月22日 | Weblog
組織というのは本当に面白い。

ただでさえ人自体が面白いのに
それが集まって何かするってーんだから
面白くないわけがない。

しかしここで組織論を話す気はない。
話す能力も知識も実はないだけなのだが、
その組織に名前がそれぞれつけられていることが
さらに面白いことを生んでいる。


例えば私が前の会社で一時期、所属していた組織は
「サイバー事業部」
という名前だった。

サイバー

入り口は絶対無意味な円形の自動ドア。
部屋もなぜか円形で壁面はモニターで埋め尽くされている。
所属する人間の倍を超えるPCが並び、
黒と透明を基調としたデザインのデスク、椅子が
整然と配置されている。

近未来のオフィスだ。


などと、思っていたが、
当たり前ですけどそんなことはなく、
ごく普通のオフィスだった。


しかし名前から自分が受けたイメージも
時間がたてばすぐに慣れてしまうことになる。
そして慣れは怖い。
社内に電話をかけるときの私はこんなことをいいたれていた。

「サイバー吉村です」

エスパー伊藤に弟子入りか。


しかしサイバーならまだいいと思わせる部署を持つ会社がある。
それはとある水産会社のホームページで発見した。

まず目に入ってきたのはこの部署だ。

<オキアミ事業部>

この部門に所属した人からこんな
留守電が入っているかもしれないと思うだけでわくわくする。

 
「オキアミ吉村ですが、お疲れ様です。
   例のオキアミの件決着つきました。」


会話もやはりオキアミだらけ。素敵だ。
これだけでもなんとなく平和な気持ちになっていた私だが
さらにサイトをみてみると、こんな部署まである。

<すりみ事業部>


「えー今日は新しい事業部長からご挨拶があります」

ある日のすりみ事業部でのひとこまである。
担当部長の川崎部長が事業部長を紹介する。
となりに立っていた恰幅のよい紳士がマイクの前に立ち
挨拶を始めるのだ。

「あぁ、この度、すりみ事業部長に就任しました高村です」

昨今のすりみ事情、会社方針などを簡潔に説明し、
就任挨拶の朝礼が終わる。

そして今日から自分の城となるすりみ事業部長室に入る高村。
思えば入社してから30年になる。
あまり出世欲があるほうではないと思っているが、
自分もここまできたかという感慨が沸く。

椅子に腰掛け、机の上に整然とおかれた物をゆっくりとみる。
高村はまず名刺の箱を開けた。
白地にくっきりと印刷された自分の名前を読んでみる。

「すりみ事業部長 高村 聡史…か。」

高村の感慨はさらに深まるのだった。
名刺入れに20枚程度、新しい名刺を入れ、
箱をサイドデスクの一番上にしまった。

デスクの感触も今までの単なるスチールオフィス家具とは違う。
滑らかな感触を楽しむ高村、
ゆっくりと引き出しをしめる。


そして次に手にしたのは印鑑だ。
事業部長決済のときに押す印鑑。
重要な決定を自分がするときに押す印鑑。
それはいわば権力の象徴である。
高村は朱肉のふたを開け、印鑑をしっかりと押し付ける。

そして手元にあった挨拶の内容を書いた紙を裏返し、
そっと位置を決め、正確に均等に力が入るよう
慎重に捺す。

その甲斐あって
とても綺麗に朱色の丸が、そして文字が紙の上に刻まれた。

そして高村は再びその文字を口に出して読んでみるのだ。


「すりみ事業部長…か。。」


高村、噛み締めすぎなのであった。
本当は出世欲バリバリじゃないか高村。

と、妄想を終えてみると、
組織は面白いと思って書き始めたら
組織の名前が面白い話になってたことに気づいた。

いつものことだがそんな私を
深い愛で許す私だ。




2月21日月曜

朝:牛乳、カロリーメイト
昼:笹かれい?だったか?塩焼きの定食
夜:八つ頭、白子ポン酢、さより塩焼き、牛蒡てんぷら、ビール、日本酒

2月22日火曜

朝:牛乳、カロリーメイト
昼:親子丼そばセット
夜:豆腐、納豆、長いも漬物、焼酎


今日のタイトル
名前を呼びたい:真心ブラザーズ
活動休止前にリリースされたアルバム「夢の日々」に収録された曲です。
2人の方向性が本当に違うのがよくわかるアルバムでした。
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TAKE5

2005年02月21日 | Weblog

嘘に聞こえる数字というものがある。

例えば日本実業出版社から出ているこの本のタイトルなどは
好例であるといえよう。

「今日から読みます 英語100万語」

嘘だ。
嘘としか思えない。
100万という数字には嘘を感じさせるだけの何かがある。
ためしに口に出して読んでみるとさらに実感することができる。

「俺は今日から英語100万語読むぞ」

嘘だ。
なんのてらいもなく
その言葉からは嘘しか感じることができない。

この場合はおそらく桁の問題である。
100万。

幼い頃によく言っていたような気がする。
「罰金100万円」
つまりは現実性がない桁なのだ。

子供に100万円の現実性などない。
そして英語100万語も私にとっては全く現実性がないのだ。
それはどのくらいの分量なのか、
どれほどの本を読めば英語100万語なのか。
リアリティを感じられないとき、私はそれを嘘だと判断する。



しかしさらに検討を進めてみると
それは桁の問題だけではないことがわかってくる。


2月17日付けの朝日新聞に
「大震災これなら生き残れる」
という本の広告が載っていた。

タイトルには特に問題ない。
何しろ数字もない。
問題はその後に続く本の紹介文である。

<現地取材百回の専門家が指南>

嘘だとはいわないが
なにやら「嘘くさい」のだ。
問題は百回である。
ひらがなでかけば「ひゃっかい」だ。
書く必要ないけど。


たぶんそのきりのよさが問題なのだ。
取材という行為に100回というきりのよさが
残念ながらいんちき臭さを感じさせてしまうのだ。

例によって口に出していってみてほしい。

「俺、100回取材にいったんだよ」

嘘だ。
例え行っていたとしても数回どまりだ。
私だったら下手すりゃ1回だ。

今だから言えるが
私がコピー機営業の頃、
毎日提出していた営業日報には
1回行って集めた情報を小出しにして数回に分けて書いていた。
そんな経験を踏まえてみた。
踏まえられましても。


いや別にこの本が嘘だといっているわけではない。
あくまでも言葉の選択が間違っているというだけである。
しかし、そのちょっとした選択ミスが
信憑性を失わせてしまうのだ。


数字恐るべし。




2月18日 金曜
朝:牛乳
昼:えび入りカレーチャーハン(カレーピラフやろそれっていう感じ)
夜:豆腐、納豆、焼酎


2月19日 土曜
昼:4種類チーズのパスタ、アンチョビ入りピザ
夜:生ハム、サラミ、チーズ、パン、ビール、白ワイン
イタリアンな一日。食事だけは。

2月20日 日曜
昼:カレー
夜:リッツクラッカー、焼酎

今日のタイトル
Take5 Northside
マンチェ大流行の時のナイスガイズ(多分)の3rdシングル。
ファクトリーレーベルから91年に発売されたアルバムに入ってます。
いや、なんか数字がはいった曲ってことで。。。
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Pale Shelter

2005年02月18日 | Weblog
突然だがブログアワードに自薦してみる。

1.URL:http://blog.goo.ne.jp/hiroshiy1/
2.タイトル:熱帯魚・金魚・犬
3.作者:よしむら
4.推薦する理由:少し前向きになってみようと思ったから。


でもCPのメルマガに書いたものを貼る私。



久しぶりに大阪に出張した。

大阪まで新幹線で2時間半。
本を読むのには丁度よい時間である。

私は大体出張に行くときは
ニ冊の本と一冊の週刊誌を買うようにしている。

一冊だと読み終わってしまったときに暇というのと
二冊とも本だと、なんとなく飽きたときに逃げ道がないからだ。

まあ、理由はどうでもよくて、
私にとってそんな本を選ぶのは楽しい時間だ。

一冊は決まっていた。
読みかけの分厚い文庫本があったのだ。

吉岡忍という人が書いた、「M/世界の、憂鬱な先端」という本だ。 

文春文庫から出ているその本は650ページもある。
読み応え充分である。

内容はというと、記憶も薄くなりかけた
連続幼女誘拐殺人事件を起こした<宮崎勤>に関する
徹底したルポルタージュだ。

はっきりいってタイトルどおり、読んでいて憂鬱になる。
でも読み進んでしまうのだ。

その生い立ち、行動、言動。

人間の精神と人間の体、そして取り巻く環境、地域、社会。
それらがどう絡みあった結果、あの事件がおきたのかが、
克明に記されていく。

読んでいるこちらもおかしくなりそうなくらいそれは詳細で、
人間の精神が孕んでいる、本能なのか、ゆがめられた実像なのか
わからないがどす黒い何かが、
行間から立ち上ってくるかのような力作である。


と、まぁそれはおいておくとして
問題はもう一冊である。


実は一日前からある本に目星をつけていた。

決まっている一冊が重過ぎるので、
さくさく読める本にしようと思っていた。

そりゃそうだ。
2時間半も人間の暗闇について、密室で考え続けるのは
決して精神衛生上よろしくない。

で、その本をそこで買っておけばよかったのだが
私はことのほか手荷物がきらいなのだ。

その時は手ぶらだったし、
読んではいけない本を持って歩くのがいやだったのだ。

それ故にその時は購入しなかった。
まぁどうせ東京駅の近くにある本屋で買えばいい。

そんなふうに思っていた私が甘かったのだ。


当日になって東京駅近くの本屋に行った私だが、
その目当ての本がなかったのだ。

しかも出発時間まであと15分しかない。
私はあせった。

どうする。
買わないで乗るのか。
いや、それでは車中が暇すぎる。
じゃあどうするんだ。

と、あせって本棚をみた私だが
皮肉なことに、そういう時に限って
本棚にならぶタイトルをろくに理解できないのだ。

そんな状態の私が吸い込まれるように手にした本は

アントニオ猪木詩集「馬鹿になれ」

だったのだ。
本人としても予期せぬことだった。
馬鹿になれって言われる前からこりゃ馬鹿だ。

しかし時間がないというあせりは私の正常な判断能力を遮断していた。

はたから見たら、何も迷うことなく本を選び出し、
何も迷うことなくレジにむかったように見えたであろう。


ともかく、結果として私の新幹線のお供本は
<宮崎勤>と<アントニオ猪木のポエム>
という壮絶なラインアップとなってしまったのだった。


ここではあえて猪木の詩は紹介しない。
書くまでもなく面白いことが想像できるし、
また実際面白かった。
イノキアイランド。
独特の言葉づかいと風景の切り取りかた。
確かに詩だ。
詩とかいて<うた>とよむって感じでしたよ。

しかし問題があった。
一見厚いその本の構成は

・詩のタイトルとアントンの写真(レアショット満載だ。たぶん)
・詩(2ページ)
・白紙

という感じになっており、読むところがとても少ないのだ。
行間を読むったって限界がある。
しょうがないから吟味して2回読んでみたが
小田原までももたないのだ。

そこからは、ずっと暗黒面である。
週刊誌は特に読むとこなかったし。

精神的に真っ暗になってきたので
ふと窓に目を向けた。
精神だけではなく、空までも厚い雲が垂れ込めていた。

そして救いを求めるように一面に広がる田んぼに点在する
看板を追う私の目に飛び込んできた言葉があった。

彦根の産業

あー彦根まできたかあ、と思う間もなく、
3つの産業が私の目を射抜いていた。

仏壇

バルブ

ブラジャー

上の二つはまあ、無理して可としようじゃないか。
でもブラジャー産業ってーのはなんだ。
あるのかブラジャー産業界。


そんなことを考えていると
彦根地方の厚い雲はすこし割れ、
その間から神が降臨するかのように
光の筋が地上へと注がれた。


なんだかわからないが彦根。
好景気であることを祈る。



2月17日 木曜
朝:牛乳
昼:銀だらの西京焼き
夜:焼き鳥、じゃこ奴、ビール、日本酒(獺祭)

今日のタイトルは
Tears for fearsの名作ファーストの中の名曲。
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for better or worth

2005年02月16日 | Weblog
ふと気づくと私の家にある食器は
ほとんどが引き出物でいただいたものだった。

グラス、ワイングラス、皿。

これでほぼ事足りてしまう私の食生活もどうかと思うが
読めばわかるとおり、ほとんどが豆腐なので
問題はないのだ。

今度結婚式に招かれた際には
ぜひ、とり皿をいただきたいと思うそんな私だが
話題はその結婚式のことだ。


バブルの頃には、ゴンドラに乗って登場とか
やたらと背の高いウェディングケーキだとか
何かと派手な演出が話題になっていたように思うが、
最近はどうなっているのだろうか。
なにしろ自分に縁がないことなので
さっぱりわからない。

そんな疑問にかられたので、
最近結婚式場に行ったという知人の女性に尋ねてみた。

彼女が話を聞きにいった結婚式場では、
車に乗って新郎新婦登場というのがあるらしい。

席について待っている、両親や親戚、友人の前に
キャデラックかなんかの素敵なオープンカーに乗って
新郎新婦がご登場されるのだ。

当然スポットライトだろう。下手すりゃスモークだ。
ゴンドラが車になっただけじゃないか。

Q:「はずかしくないの?それって」
A:「でも人気あるらしいですよ、式場の人によると」

人気なんだそうである。

恥ずかしいけどなぁ。
なんか馬鹿馬鹿しさとしても中途半端だし、
豪華なのかっていうと、そんなに豪華でもないような気がするし。
どうせやるなら細かいところから演出していきたいものだ。

例えばBGMだ。

ごくごく普通の披露宴を行うわけです。
でもBGMをよくよく聞いてみると歌ってるのは俺。

入場ではやはり思い切ってホイットニー・ヒューストンやら
セリーヌ・ディオンを熱唱する俺。
野太い声でタイタニックだ。

録音は家のラジカセが好ましい。
絶妙に変な音効がきいているはずである。

しかしこれではまだまだ地味だ。

シチュエーションにも凝っていきたい。


先日、車に乗っていたところ、
いつものように看板が目に入ってきた。

「焼肉 平安閣」 

これだ。
ここで披露宴だ。
同じ平安閣でも焼き肉だ。

でも場所と食べ物以外は普通の披露宴をおこなうのだ。
式次第は粛々と進み、司会者が次の式次第を読み上げる。

「続きまして新郎新婦による初めての共同作業でございます」

うやうやしく運ばれてくるのは銀の皿にのせられた骨付きカルビだ。

「入刃!」

司会者の声とともに会場から沸き起こる拍手。

新郎新婦はそっと見詰め合うと、
赤いリボンをあしらった少し大きめのはさみを二人で持ち、
骨付きカルビをジョキジョキと切るのだ。
なんて素敵な絵なんだろう。

そして会場は暗くなる。
お色直しをした新婦の手を引き、
新郎新婦がスポットライトの当たる入り口から入場だ。

司会者の声が会場に響く。

「これより新郎新婦が皆様の席をまわります」

そして二人が手にしているもの。
それはやはり赤いリボンをあしらったチャッカマン。

新郎新婦は談笑しながら、
各テーブルのガスコンロに着火していくのだ。

準備完了である。
列席者は、新郎新婦が自らはさみで切った
骨付きカルビを新郎新婦が着火したガスコンロで
ジュージューと焼くわけだ。

いいと思うんだけどなぁ。焼肉平安閣。


せっかくの結婚式の衣装に匂いがつくのはちょっと
という方には、マグロはどうだろうか。

初の共同作業はマグロの解体。

かなりやりがいがあると思われる。

そしてその後は新郎新婦が
生わさびを持って各テーブルを回るのだ。
やはり鮫皮のおろしが好ましい。

どうだろうか、とはいってみたが、
よく考えたらとんでもなく生臭さそうである。

おまけにコストが高い。
マグロ一本買わなきゃいけないのだから。
500万くらいだろうか。よくわからんが。

マグロ・ローンをくまなきゃいけなくなりそうだ。

結婚後はだんなの昼ごはん代を削って、
風呂のお湯を洗濯に使って、倹約して倹約して
支払い続けるのだ。
マグロの代金を。

でも思い出に残る披露宴でよかったと、
洗濯物をたたみながら彼女は思うに違いない。

たとえ招かれた人の頭の中には
マグロのイメージしか残っていなかったにせよ。


素敵な披露宴は人生を豊かにするはずである。
きっと。



2月15日 火曜
朝:牛乳
昼:寿司
夜:飲み。太刀魚の塩焼き、岩のり、はまち刺身、マヒマヒの唐揚、ビール、日本酒(出羽桜)
  家に帰って焼酎。のみすぎ。

2月16日 水曜
朝:牛乳、アミノサプリ
昼:とんかつ(カレーが売り切れてた。)
夜:豆腐、納豆、鮭フレーク、焼酎

読んだ本。
市川拓司「そのときは彼によろしく」
泣きました。簡単に泣くので。よしあしはわかりませんが。

今回のタイトルは (The June Brides)のベスト盤タイトル。
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Mary's Prayer

2005年02月14日 | Weblog

私の「やる気くん」が行方不明だ。


私のやる気くんはそもそも相当の気まぐれである。
かつてはしばしば行方不明になった。
ひどいときには一週間丸々いないこともあった。


やる気くんがいないときの仕事は苦行である。

私は、眠くないときには眠たくなるまでおきている
というきわめてシンプルかつ、
翌日のことを考えるとリスキーな解決法をとる。

しかし、やる気くんがいないからといって、
見つかるまで仕事をしないというのは
リスキーを超えて単なる職場放棄である。
サラリーマン失格である。

それはさすがにどうかと思って
やる気くん不在のまま仕事をするわけだが、
気がつくと何にもしていなかったり
ネタを考えていたり、非生産的なことこの上なくなるのだ。


しかし会社を移ってからは緊張感も手伝って
そうそういなくなるようなことはなかった。

しかし三連休が明けた今日、
私のやる気くんは忽然とその姿を消してしまった。

朝、目が覚めたときにはすでにいなかったのである。

いなくなったことに気づいた私はあわてて探した。
まず布団をめくってみる。
ベッドの上から部屋をみわたしてみる。
シャワーを浴びながら風呂場を探してみる。
歯を磨きながら、冷蔵庫の中も見てみる。

いない。
さっぱりやる気くんが見当たらない。


しょうがなくやる気くん不在のまま仕事をする私だが
なにがなにやら、ちっとも進まない。


でもこれは私が悪いわけではないのだ。


やる気くんが気まぐれだからいけないのだ。
私が追い出したわけではなくて
勝手に向こうが出て行ってしまったのだ。

私は無力だ。
早くやる気が帰ってくることを祈るしか
私にはできないのだ。



こんな言い訳が通用する社会にならんものか。
なるわけねいな。

ああ。今週持つのだろうか私。



2月11日金曜
昼:そば
夜:ハム・チーズ・パン・クラッカー・ワイン

2月12日土曜
昼:牛カルビ丼
夜:さば一夜干し、かりかりじゃこサラダ、ソーセージ、ビール
  チョコレート、アーモンドフィッシュ、焼酎グレープフルーツジュース割り

2月13日日曜
昼:アンチョビピザ、鮭とほうれん草のクリームパスタ
夜:リッツクラッカー、焼酎

2月14日月曜
朝:牛乳
昼:とんかつ定食


音:Danny Wilson いろいろ
  スティーリーダンフォロアーと呼ばれていたバンドの中のひとつ。
  なぜだかとっても好きだった。
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Power

2005年02月10日 | Weblog
私は35歳になって久しいが
いまだに私の夢は世界征服である。

しかしながら私に権力欲があるかというとそうでもない。
なぜならば権力は面倒くさいからだ。

権力というのは一面では楽しいとは思う。
今でこそ面倒くさいとか言っているが
昔は本気であこがれている部分もあった。

私が考えられる範疇の権力なんて、
きっと権力の、ある一側面に過ぎないだろうけど
自分の言うことで人が動く、
自分の思ったとおりにことが運ぶのは
きっと楽しいんだろうと思っていた。

私が思っていた権力とは、
いうなれば<プチ神様>みたいなもんだな。
たいした想像力じゃないのである。


今はそんなもんいらねーやと思う。


自分の言うことで人が動く。
>人が動いた後の責任とりたくない。
自分の思ったとおりにことが運ぶ
>予想外のことがない世界はつまらん。

大体、権力を持ったところで
沢山の人間に寄りかかられても
大丈夫なほどイナバ物置的な人間でもなければ
そんなにやさしさを持ち合わせてもいない。

欲がないわけではなくて単にものぐさなのだ。
腹が減っていても面倒くさいから我慢するような人間である。
そんな人間には土台無理なのだ。
元々がまめな人間でなければ権力を
うまく使うことなんかできるわけがない。


それでも私がいまだに世界征服を目指すのは
すべて私の幸せのためだ。
私の幸せに影をおとすようなものを
この世から消し去るために世界征服を目指すのだ。


例えば戦争だ。

ろくでもないまめな奴が権力を握るもんだから
あれこれちまちまとした金やら意地やらで
戦争を起こすのだ。
話し出すと異様に長くなるので宗教については触れないが
いずれにせよ、私から言わせれば不寛容である。

私が世界征服したあかつきには世界の軍事力は私が持つ。
そして紛争が起きた場合はその圧倒的な軍事力で威嚇する。
制圧はしない。
威嚇、包囲、代替案、説得だ。
人に頼られるのも嫌だが、人が悲しんだり
痛がったりしている様を見るのも嫌いなのだ。


そして私の世界征服後プランには
教育、人口、差別など様々な諸問題の解決プランが詰まっている。
どうですか、私にやらせてみませんか。


と書いていて大学2年になった時の面談を思い出した。
心理学科だった私は、やさしいことで有名な
教育心理学の女性教授の面談を受けたのだ。

大学での生活はどうか、私生活での心配事や悩みはないか、
そして一連の質問が終わり、こう聞かれた。
「最後になるけど、吉村君の<将来の夢>はなに?」
私は当然のように即答した。
「世界征服です。」

しばらく面接室に沈黙が流れる。
やさしい先生は最初からの微笑んだ状態を
なんとか維持しようとしているが
明らかに眉間に<困った>雰囲気が発生していた。
答えを探していたのだろう、
もう少しの沈黙の後、先生は私にこういった。

「そうね、まずは吉村君の内面の世界征服を目指しましょうね」


どこまでもやさしい先生なのだった。

ちなみに私の<夢は世界征服歴>は今年で18年を迎えるが、
世界征服は勿論、第一歩として薦められた
私の内面世界征服もまったくもって進んでいない。
先生、すみません。

それどころか内面世界は現実世界同様、
どんどんと混沌としてきており、
さらにオゾン層破壊もすすんでいるようで
紫外線がエクトプラズムと融合して
エラスムスが形而上の端から端までを…

何はともあれ、
私は私の幸せのために今日も世界制服を目指すのだ。
じゃあ、政策を考えながら
まずはビール。





2月10日 木曜
朝:牛乳
昼:とんかつ定食
夜:まだ。
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Birds Fly (Whisper to a Scream)

2005年02月08日 | Weblog
私はかつて作家になりたかった。
特に理由はない。
ただ純粋に作家になりてーって思ったのだ。

何回か小説を書いてみたこともある。

あるのだが、
一度ストーリーを考えると
早く結末を書きたくてしょうがなくなるのだ。
ああ、早く書きたい、早く書きたい、
と思って書いていると、結果的には出来上がるのは
小説ではなくあらすじだ。

しかもそれを膨らませる気はもうない。
飽きてしまうのだ。自分の物語に。
一度書いたら終わり。
そんなんで小説が書けるわけもなく、
当然作家になることなんて不可能なのである。

しかも後から読んでみると内容もいいとこなし。
はっきり言ってオリジナリティというものに欠けるのだ。

いつの頃からオリジナリティに欠けるのか。
人生を振り返ってみると小学生の頃からそうだったことに気づく。


あれは小学校3年生のときだ。
図工の時間に「空想の絵」というお題をいただいた。

今だったらなんぼでも適当なものをでっちあげるのだが、
その当時の私はそんなに器用でもなく、
はたと困ってしまった。

まったく描くことがないのだ。
頭真っ白、思いつかず。
しばらくの間、鉛筆を持ってぼーっとしていた私だが
ボーっとしていても埒があかないので、
ふと横の清水君を見てみた。


さくさくと下書きを進める清水君。
絵を見てみると
画用紙の左側に向けて飛ぶ大きな鳥、
そしてその上に人が乗っているらしい。


ほお、いいじゃないか。

どこのおっさんだ。
セクハラする寸前って感じだし。

まあ、そんな風に思った次の瞬間私は思いついた。
それを思いついたと言っていいのかわからないが
少なくとも、その時の私は思いついたと思ったのだ。


そうだ、トンボ飛ばせばええやん。


鳥、飛ぶ、飛ぶ生き物か、あ、トンボ!
そんな感じである。
当然人を乗せるのだ。

そしてご丁寧にその巨大トンボは右に向かって飛ばした。
清水君の鳥とは逆方向である。
盗作していることはわかっていたのだ。自分でも。
そのうしろめたさが反対方向にトンボを飛ばさせたのだ。

かくして出来上がった私の空想の絵、
「トンボに乗って」は非常に先生方の評価も高く、
区の展覧会にも出展されなんか賞までもらった。

清水君は俺の絵を真似されたと騒いでいたが
勿論そんなことは知らんぷりである。
本当にひどい小学生である。
そこにオリジナリティのかけらもない。
おまけに倫理もないのだから言うことなしである。

そんな私が大人になったからといって
オリジナリティ溢れる作品が作れるわけない。
作家への道は限りなく遠いのだ。

しかし、それはまだいい。
作家への道が例え遠くとも
せめて倫理だけは身に着けていることを
願わずにはいられないのだった。

自分のことなんですけどね。




2月6日 日曜
朝:ぬき
昼:ちゃーはん
夜:豆腐、納豆、キムチ、焼酎

2月7日 月曜
朝:牛乳
昼:カツ丼、そば定食
夜:いも煮、厚焼き玉子、たけのこサラダ、ビール、日本酒(田酒)
  家かえってから焼酎

2月8日 火曜
朝:牛乳、カロリーメイト
昼:ハヤシライス
夜:ショーロンポー、しそ、クレソン、シャンツァイのサラダ、
  唐辛子鶏、パンみたいなやつを細かくしたのに羊肉のスープかけた
  ビール、紹興酒。

2月9日 水曜
朝:ぬき
昼:パスタ(クリームチーズとトマトソース)なんじゃそれと思ったら
  学食のミートソーススパに粉チーズを沢山かけたときと同じ味がした。
夜:まだ
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Falling And Laughing

2005年02月06日 | Weblog
私の興味の大半は随分と前から
<人間の心>に向けられている。

そのせいもあって、
学歴としては心理学を学んでいたことになっている私ですが、
学生時代は心理学を学ぶよりも
マージャンやパチンコや日払いの肉体労働や
女の子にふられて泣いたり、
ビール瓶一気をやって吐いたりとかで忙しく、
とても心理学を学ぶどころではなかった。

もったいない。
今から考えると実にもったいない。

あの時もっとまじめに講義を聴いていれば
深い知識を生で得られていたのに、
などと思うわけである。


でもこれは典型的な
<遠くからみれば大抵のものはきれいに見える>
ということなのだろう。
今だから思うのだ。きっと。

仕事でも勉強でも私の頭の構造は同じような
反応をするようにプログラミングされている。

勉強=拒絶
仕事=まず拒絶、義務感でやる

実にシンプルでわかりやすい。
わかりやすければいいってもんじゃないですけどね。

ところが、
勉強と思わないとこれが非常に楽しい。

ここが難しいところだが、
これは別に勉強をしなくちゃいけない時に
自分で「これは勉強じゃない、これは勉強じゃない」
などと、自己暗示馬鹿みたいなことをすると
きっとあなたの人生が開かれます、
とかそういうことではない。


<誰も君にそれは望んじゃいないよ>的な知識を
ガンガン頭に放り込んでいくのが楽しいのだ。


だから現在の私は、学生の時は試験の時以外、
開くことが無かった心理学のテキストを読みながら
晩酌したりしているし、
今、一番好きな番組は放送大学の講義だったりするのだ。


そんな私が最近読んだ中で最も興味深かった本は
学生時代にサブテキストとして指定され購入したものの
今までほとんど開くことなく、本棚に埋もれていたものだ。

リチャード・サイクスというイギリスの学者が書いた
「笑う/人間と構造」である。

<笑う>という、人間独特(だと思われる)
コミュニケーション手法に対し、
心理学、社会学、自然科学、哲学など
著者の豊富な知識を駆使して分析を行っているのだ。

何しろ丹念に現存する記録の中から
<笑う>ということに関する記述を
拾い集めていることに驚かされる。


この本によると人類最古の笑いに関する記述は
紀元前7世紀頃のものだそうだ。

アッシリアの首都であるニネヴェには王立の図書館
があり、そこには神話や英雄伝説をはじめとして
農業、建築にいたるまで、2万点に及ぶ粘土板が
所蔵されていた。
19世紀にイギリスの調査隊により発見され、
現在では大英美術館にその一部が保存されている。

そうした膨大な記録の中の一つに
当時の貴族の暮らしを書き留めたものがあり、
そこに貴族たちが<笑う>様子が描かれているらしい。

2700年前の貴族たちは何を笑っていたのか。

狩りをしているときに、無様に転んだ従者を見て笑っていた
というのだ。

私はここに感動した。
2700年前も笑いの基本は<こける>ということだったのだ。
いや、笑いの基本を知ってるわけじゃないんですが、勢いで。


その他にもサイクスは、膨大な文献資料・調査データをもとに
<笑う>ということの分類を試みている。

こける人をみて笑うような「滑稽」
人を馬鹿にするときの笑いである「侮蔑」
「誘惑」の笑い(この場合は微笑といった方が適当かとも思うが)
など、あまりにも沢山あって忘れてしまったが
全部で23通りにも<笑う>ことを分類しているのだ。


私も普段なにげなく笑っているが、
ここまで徹底的に分類されると、
「あ~確かにそんなこともあるよなあ」
と思わざるをえない。
私たちは笑うということを様々な意味で使っていることに
気付かされるのだ。


日常的なことほど、奥深い。
笑うということ一つをとってもこんなに沢山の分析が可能なのだ。
人間についていくら考えても、考えすぎということは無い。
本当に面白い対象物であると私は思う。

この本を見つけたら買ってください、とまではいわないが
手にとって少しでも読んでいただきたい。
そしてそこに記述されている、膨大な<笑う>ということの分析に
驚いて欲しい、そして人間の心の不可解さを感じて欲しいと私は思う。

もちろん見つけられたらの話である。
というか見つけるのは無理だとは思う。

なんだか関白宣言みたいになってきた。
まちょと覚悟はしておけ。古いな。

要するにそんな本は存在しないのである。


すいません、また嘘ついてもうた。




2月4日 金曜
朝:牛乳、カロリーメイト
昼:ハンバーグ定食
夜:ラフティ、島ラッキョウ、もずくてんぷら、ビール、泡盛
  ジントニック

2月5日 土曜
朝:起きられず
昼:チキンカレー、ナン、ラッシー
夜:豆腐、めかぶ、焼酎


音:
真心ブラザーズ「橋の上で」
Great3「Fool&The Gang」
など和物から
Cloudberry Jamなど北欧もの。


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スラッシュ

2005年02月03日 | Weblog
なんだか眩暈がしたのだ。

そういえば会社の中で
何人も風邪をひいてる人がいる。
それに電車の中でもせきをしている人がたくさんいた。

風邪か?
俺は風邪をひいたのか?
明日は休みか?まだ金曜だが。

そんな軽い期待と本当に目が軽くまわっている
不可思議な感覚ながらも
タバコをすう私。

タバコ部屋にいた会社の人に早速質問だ。

「今のはやりの風邪はどんなんですかね」
「なんか最初は下痢になって、それから微熱で、それからせきがでるみたい」

違う。
眩暈はないのか。
下痢?
してないぞ。

しかし確かに眩暈がしている。
微妙に目は回り続けているし、
少し気を抜くと徹夜明けのように一点を凝視してしまう。
お、こころなしか寒気がしたような、
そして関節が痛いような気もしてきた。

そういえば今日休んだ人もそんなことを昨日いってた。
しかもその人と一緒に昼飯くったし。

こりゃ熱だ。熱があるんだ。


なぜそんなにも風邪を実証したいのか自分でもよくわからないが
というのは嘘でただ単に仕事を休むお墨付きが欲しいだけなのだが
熱を計ることにした。

会社の健康保険組合から配られた救急箱に
体温計が入っていたことを思い出したのだ。
とっても懐かしい水銀の体温計。

ああ、なんだかまた目が回ってきた。
そんなことを考えながら5分間。
なぞの期待感とともに脇から取り出す体温計。

36.5度

俺の平熱36.4度。
健康かよ。

そう簡単には風邪ひかないのだった。
毎日食べてる豆腐のおかげか。
大豆イソフラボンパワーか、納豆キナーゼか。
大体考えてみれば最初の症状の下痢してないし、
ってところで思い出したのが電車内の広告だ。


下痢型過敏性腸症候群。

そんな言葉が書いてある広告が目にとまった。
そしてその下には様々な症状が書いてある。

会議に集中したいのに。
デートの途中なのに。
電車で途中下車して。

これらの言葉の後に全部<下痢>がつくのだから
事態は深刻である。
なんかのテレビでストレスが原因のようなことを見たが
ストレスで下痢というのは本当に大変だ。
いや大変なんだろうな、としかいえないのだが、
どうやらその症状を抑える薬を山之内製薬が開発したらしいのだ。

「なんかすごい大変そうだよなぁ」
私は仕事で同行している人間にそういって広告を見せた。
「大変ですよねぇ」

のんきなもんである。
でも心底、大変だよなぁと思ってみていたのだ。
見ていたのだが、
しばらく広告を見ていた私はその広告の最後の部分を見て
笑ってしまったのだ。


詳しくはサイトをご覧ください。

http://www.yamanouchi.com/jp/geri


いや、わかるよ。
わかるんだけどそのURLはどうかと思うのだ。
ラジオで紹介されるとこんなんになっちゃうぞ。

くわしくはインターネットで。
ダブリューダブリューダブリュー ドット
ヤマノウチ ドットコム
スラッシュ ゲリ

スラッシュ下痢。
ものすごいスピード感、
そして緊急事態感は伝わってくるけど
そんな言い方はないじゃないか。

URLをみて2人で笑っていた我々だったが
やはり人が大変な思いをしていることで笑ってると
てきめんに<ばち>があたるのだ。

ひとしきり笑って気づくと
目的地は既に通り過ぎていた。

乗り過ごしちまったのだ。
スラッシュ下痢で。

でもスラッシュ下痢はなあ。
まだいうか。


そして結局、今のところは健康な私だ。
あーあ、明日も仕事か。







2月2日 水曜
朝:牛乳
昼:そば、とりそぼろ丼
夜:ソーセージ、チーズアンドスティック、ビール
  家かえって焼酎。

2月3日 木曜
朝:牛乳 カロリーメイト
昼:チーズをはさんだポークソテーのランチ
夜:豆腐、納豆、キムチ、焼酎
  あと豆まきをした。例年一人で一人暮らしの部屋にまく俺。
  歳の数だけ豆くいました。大豆イソフラボン過剰摂取。


音:キリンジ「ペイパードライヴァーズミュージック」
  マイナスターズ
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