味園博之のブログ-文武両道「空手道と南洲翁遺訓」他古典から学ぼう

平成の今蘇る、現代版薩摩の郷中教育 
文武両道 「空手道」と『南洲翁遺訓』を紹介するブログ

毎日の工夫は、先づ徳を考し、

2018-06-19 17:02:19 | ブログ
第3459号 30.06.20(水)

毎日の工夫は、先づ徳を考し、次に書に背いて書を誦し、次に禮を習ひ、或は課倣を作し、次に復書を誦し書を講じ、次に詩を歌ふ。凡そ禮を習ひ詩を歌ふの數は、皆常に童子の心を存し、其をして習ふことを楽しんで倦まず。邪僻に及ぶに暇無すらしむる所以なり。教ふる者此を知れば、則ち施す所を知る。然り雖も、此れ其の大略なり。神にして之を明らかにするは、則ち其の人に存す。『伝習録』400

 児童教育の毎日の仕事は、まず児童の操行についての調査であり、次に書物を背後において暗誦させることであり、次に礼法を習うか、または作文を課することであり、次にまた書物を暗誦しこれを研究させることであり、次に詩を歌わせることである。およそこれらの中で礼法を習い詩を歌わせることは、すべて児童の心を常に内に保持して失わず、習うことを楽しんで倦ましめず、邪悪な方面に心の向かう暇をなくさせるために外ならない。教師たるものは、以上のことが分れば、教育の施し方を知ったことになるであろう。しかし、これは大綱に過ぎないのであって、実際に効果あらしめるのは、勿論、教師個々の力に待たねばならないことである。

 【コメント】文章を暗誦し、拝誦し、それを繰り返すことは大変よいことです。私は半世紀前『南洲翁遺訓』と出会ってから、それらを繰り返してきました。私自身奏功したと総括しています。

 今日はサッカーの試合で日本チームがコロンビアに勝利したとして、日本中が湧きたっています。東京ではテレビの前に人だかりが出来、青年・子供たちがニッポン・ニツポンと連呼し熱狂している様子が報道されています。大変よいことです。

 そこで提案です。その躍動する精神をできれば、自分一人ででも持ち続け、学びの世界へつなげて欲しいものです。サッカーに熱狂することと、学びの世界への誘いは、長い人生でどちらか奏功すると思いますか。熱狂だけでは人格は出来ないのです。人格を練る、所謂、修養をするためには、『南洲翁遺訓』外漢籍等の世界を従容することです。

 私が髪の毛がないから言う訳ではありませんが、サッカーの選手たちが髪の毛を赤・黄色等々染めるのは考え物だと思います。憧れている子供たちが真似をして非行へ繋がるからです。
 サッカーの選手たちが、私みたいに真摯にして勤勉な日々に挑んでいるでしょうか。そしてその青年たちが80歳になるまで、健康な体力と勤勉性と人々の範たりうる存在として活動・活躍できますか、と聞いてみたいです。

 50歳位までは多くの人が元気なのです。そして元気を誇る人々へお教え致します。人間は必ず歳を重ねて老いてくるのです。ですから元気なうちに人々への親切を尽くしてください。人々に親切にした人へは天の功徳があり、人々を無視し自分だけの利害を追求する人には、相応の天の対応があるのです。

 私は天風師の書籍を読み、録音し参考にしています。そして漢籍もです。呆けないために漢籍の書き写しをされますよう提案致します。

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 『将来の日本』は、徳富蘇峰が明治19年に活字本としてはじめて世に問うた論説とされています。蘇峰一家が東京に移り住むのを慶賀し意外にも好評でした。曰く、
「余は固より日本全体の利益と人々の幸福とを目的として議論をなすものなり。然れども其の議論の標準なるものは、唯だ一の茅屋中に住するの人民是れなり」
 とあります。何と美しい精神ではないでしょか。そこいらの政治屋に教えたい気分です。

 とにかく天も人々も其の人の一挙手一投足を見ているのです。人間口先だけの美辞麗句ではだめなのです。政治家で親切に丁寧にという御仁がいますが、本当に国民のことを願っているのでしょうか。嘘を言うのはよくないと思います。そういう時私は、荘内の先生方はどうであろうか、と思い回らすことにしています。
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